第27話 女神、うじうじお姉様に呆れる

 フォックスマン家の全員が食堂に集まったのは、実に一年振りである。モーラとテイラーが到着したのが丁度お昼時ということもあり、自然な流れだった。久し振りに全員が揃っての食事と歓談。楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。ただそれも、いつの間にか空気が変わったのをローラが感じ取り、視線を上げる。


 ダリルが、金色に縁取られた真っ白い陶器に満たされたハーブティーを一口飲み下し、ソーサーにカップを戻す。打ち合わせをした訳でもないのに、誰もが口を閉ざしている。


 この雰囲気にはローラも慣れたもので、「ああ、そういうこと」と、これから起こることを理解した。けれども、「何かしたかしら?」という疑問が浮かんだ。


 が、それは思い違いだったようである。


「それで、結局どっちにすることにしたんだ?」


 と口を開いたダリルは、モーラの方を身体ごと向いてじいっと見つめていた。ローラが何かしでかしたときに向けられる、呆れた眼差しではなく、真剣な眼差しだった。


(ああ、そうよね。てっきり、また何かやらかして、お姉様たちを巻き込んでわたしを責めるのかと思っちゃったじゃないの。まったく紛らわしいんだから)


 ローラは、自分の行動がダリルの頭を悩ませていることを自覚しているが、自重する気はさらさらない。そもそも、悪いことをしているつもりもない。ダリルたちが勝手に大騒ぎをしているだけだと、むしろ面倒に感じているのだ。


(それにしても、お姉様は何をやらかしたのかしら? 全然答えないけど……)


 ダリルに問い掛けられた瞬間、モーラは、俯いてしまい、カップを両手で掴んだ姿勢のまま黙り込んでしまったのだ。


 十数秒の沈黙の後、 


「……ほ、本当は翼竜騎士団が良かったのですが、素直にテレサに帰ってくることにしました」


 とモーラは、俯きながら話し始め、最後にはダリルを窺うようにゆっくりと顔を上げた。ローラの位置からは、モーラの顔色がわからない。それでも、声音から元気がなさそうだった。


 どうやら、モーラは進路のことで悩んでおり、最終的な答えを出したようだ。


 だがしかし、ローラは、思い出した。ある日の訓練効果を実感したユリアが、『これなら翼竜騎士団にも入れそうだ!』と、いっていたのだ。翼竜騎士団は、馬の代わりにワイバーンに騎乗するサーデン帝国の花形騎士団である。


(帝国最強と謳われる騎士団を目指していたほどなら、何故こんなちんけな村に戻ってこようと思ったのかしら?)


 当然、帝都には他にも騎士団がいくつもある。


「……そうか。俺としては嬉しいが、何なら近衛騎士団に推薦しても良いんだぞ?」

「い、いえ、これでもかなり腕が立つ方だと自覚しています。でも、さすがにそこまでとは自惚れてはおりません」


(ダリルはアホなのか! いやっ、親バカだったわね……)


 帝都の近衛騎士団は、皇帝直属の騎士団である。実力では二番手だが、格式は一番高い。当然、求められる実力も相当高い。つまり、翼竜騎士団より格上なのに何故ダリルが近衛騎士団を進めようと思ったのか、ローラは不思議でしかなかった。


(ダリルは、元団長だったし、もしや、皇帝と仲が良いもんだから調子乗ってるのかしら?)


 考えたところで、ローラにダリルの考えがわかる訳もなく、直接モーラに聞くことにした。


「ねえ、どうしてこんな村に戻ってくるの? 帝都なら他にも騎士団がありましたよね?」

「ローラ、こんな村とかいわないでおくれよお……」


 娘からこんな村といわれてしょげているダリルのことは、当然、無視である。


「はは、素直なところも相変わらずなのね」

「モーラまで!」


 どうやらモーラもテレサのショボさを自覚しているようだ。


「それはね、ローラ。翼竜騎士団の誘いを断って他の騎士団になんか入れないわ」


 モーラの言葉の意味を理解できず、ローラの頭に疑問符が浮かぶ。入団希望の翼竜騎士団から誘いが来ているのにも拘らず、断るつもりだと聞こえたからだ。


「それって、入りたいけど入れない理由があるのですか?」


 ローラは、何気なく尋ねたつもりなのだが、モーラが息を呑むようにして黙り込む。予想外のモーラの反応に、ローラは戸惑う。


「お、お姉様?」

「……実はね……私は、魔法の詠唱が苦手なのよ。翼竜騎士団は、ワイバーンに騎乗しながらの魔法行使で一撃離脱する戦法が主流なの。だから、攻撃のタイミングで詠唱に失敗したら話にならないのよ」


 沈黙。


 ダリルだけではなく、テイラーも俯いている。どう言葉を掛けてよいのかわからないのだろう。何とも微妙な空気が流れるが、ローラには関係なかった。


(ほへー、つまりは、自分の能力では、足手まといになるということで諦めたということよね?)


 何とも殊勝な考えをお持ちなのだろうかと思いつつ、ローラはくだらないとも思った。


 本当に、くだらない――


 モーラがテレサに残ってくれた方が、ローラがここを離れたとしても守りの心配がなくなる。しかし、それと同時に人材の無駄遣いである。


「くだらないわっ!」


 言下、ローラが両手でテーブルを叩きつけて立ち上がると、あまりの豹変ぶりにみんなが呆気にとられた様子で目を見開くのだった。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ、ローラ」


 ローラが、キッとモーラを睨んだものだから、モーラが狼狽する。モーラは、立ち上がるも、わたわたと慌ててダリルやセナの様子を窺いはじめる。誰もが首を左右に振る中、ローラはモーラにズシズシと近付く。


「わたしがその性根を鍛え直してあげるわ!」


 こうしてローラは、いままで必死に演じてきた繊細で可憐な娘や妹の仮面を脱ぎ捨て、抵抗するモーラの手を無理やり引き、修練場に向かうのであった。

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