第25話 女神、反省の意味を知らない(★)

 デミウルゴス神歴八四三年、一月二二日、維持――ローラの曜日。


 ローラがあと一か月で九歳となるこの日。朝食を終えたダリル、セナとローラの三人の前に、メイド長のマリナが、ティーセットとクッキーをフライングカートで運んでくる。家族団らんの時間だ。


「なあ、ローラ」

「何でしょうか」


 ダリルから話し掛けられたローラが、ティーカップを持ち上げるの止める。 


「本当に今年は、誕生日パーティーを開かなくていいのかい?」


 話題は、やはり、来月に迎えるローラの誕生日のことであった。


「はい、特に必要ないですわ。優秀な子がいれば話はべつですけど、去年と同じでそういったことではないのですよね?」


 ローラがわざわざ確認したのには、当然理由がある。ローラのお披露目会のときにスカウトできた子供は、ミリアたち三人だけだったこともあり、ダリルに頼んで八歳の誕生日パーティーにも多くの子供たちを招いたのだ。けれども、散々な結果に終わった。お披露目会で査定済みの子供たちはいわずもがな、ローラがはじめて会う新社交界デビュー組――七歳の子供たち――でさえ、誰一人として優れた潜在能力を有していなかったのだった。


「まあ、そうだな……」

「なら結構ですわ」


 ローラは、ダリルが渋りながら頷くのを見るや否や、いい放ってハーブティーを啜る。「ああ、いい香りだわ」とローラは、鼻腔を刺激する香りに目を細め、ダリルの話を完全に思考の彼方へと追い出す。


 どうせ、ガストーネの執拗なアピールに嫌な思いをするのが明らかだ。優秀な子供を発掘できる可能性もあるにはあるが、そんな期待よりもローラは、確定的なマイナス要素に辟易している。


 一方のダリルは、あっさりとローラに断られて苦笑い。


 すると、セナがローラの左手に手を重ねた。


「ローラ、あまりしつこくは、いいたくはないのだけれど、本当に良いのかしら?」

「去年のパーティー後にいったように、ミリアたち三人でわたしは満足していますわ」


 ローラは、カップを置くこともせず、左目だけをパチリと開けてセナの様子を窺った。


「そうなんでしょうけど……ほらね。いつも、勉強と訓練ばかりじゃない? べつにそれが悪いとはいわないけれど、もっと交流を持った方が今後の為にもなるわよ」

「もちろん、持っていますわ」

「本当?」

「……はい」


 セナの眼光が一瞬光った気がしたローラは、セナの手が重ねられていた左手を思わずさっと引き、言葉を詰まらせてしまう。ローラの第六感が警鐘を鳴らす。


「そう、じゃあ誰と交流を持っているというのかしら? 当然、ミリアちゃんたち以外とのことをいっているのよ」

「そ、それは……ミレーネさんとか、テレーナさんとか?」


 ローラが時間を稼ぐためにハーブティーを一口飲むも、セナの答えになっておらず、自分で首を傾げてしまう。


「ほら、ミリアちゃんとディビーちゃんのママさんじゃないの」


 結局、セナが困ったように嘆息する。


「あっ! あとは、門番のジョシュアさんとか!」

「そうじゃありません! ローラは、貴族の娘ですよ――」


 呆れた様子のセナが、ローラに説教をはじめる。珍しいこともあるようだ。それほど、ローラの将来を心配しているのだろう。悲しきかな。ローラは、セナの言葉を右から左へと聞き流す。


(お母様には悪いけど、わたしにそんなものは必要ないわ)


 ローラは、セナの瞳を見てコクコクと頷きつつ、本心では違うことを考えていた。ローラは、既に冒険者になることを決めている。貴族社会で生きていくことなど、これっぽちも考えていないのだ。それでも、セナを完全に無視することは出来ず、ローラがそれとなく答える。


「お母様が仰る通り、わたしも貴族の娘。わたしなりにしっかりと考えていますわ」

「じゃあ、どう考えているのか説明なさい」


 セナは、追及の手を緩めない。どうやら、はっきりさせないと気が済まないようだ。

 が、ダリルが、珍しくカットインする。


「まあ、セナよ。俺がいい出したことだが、その辺りにしてやったらどうだ?」


 ダリルが苦々しく笑を浮かべていることから、いつもセナにガミガミいわれているときの自分を重ね、ローラに同情しているのかもしれない。


「ときに、ローラ。ジョシュアから報告を受けているが、あまり森の方へ行くんじゃないぞ」


 ダリルの表情が険しくなる。どうやら、セナを遮ってまでダリルが仲裁してくれたのは、ローラが門番の名前を出したのが原因だったようだ。


「それまた急にどうしたんですか、お父様。以前は、お許しをいただけたではありませんか」

「ここ最近、魔獣被害の報告が少ないから許可を出しているが、状況が変わったんだ」


 はて? とローラは、小首を傾げて東の森の様子を思い返す。


(そうかしら? 普段と何ら変わりは無いけど……)


 ほとんど毎日、森で魔獣狩りをしているローラは、ダリルの言葉の意味がわからずに呆けてしまう。


「まあ、約束通り、森の中に入っていないのならその表情も納得だな」


 ローラの間抜け面に何を勘違いしたのか、ダリルが安心したように表情を和らげた。おそらく、ダリルは、ローラの性格を考え、無茶をして森の奥まで行っている可能性を危惧していたようだ。


(あー、ごめん、ダリル。木の実採取や野苺狩りをしているといったのは嘘なのよね)


 ローラはローラで、ダリルの表情の変化から思い違いを察して心の中で謝るのだった。


「そ、それで、森外周部の散策でも危険なの?」


 一先ず、思い当たる節がまったくないローラは、ダリルに尋ねる。先のセナとの会話からわかる通り、ローラの情報源は非常に限られているのだ。


「うーん、そうだな。自分の目で確かめた訳じゃないから何ともいえないが、今週末にでもラルフと様子を窺ってくる予定だ」

「大丈夫なのですか?」

「心配してくれるのか?」


 一瞬、「誰があんたなんかを心配するのよ」という本心が漏れそうになったローラだが、必死に堪える。


「は、はい……」


 ローラは、眉をハの字にして父親を心配する心優しい娘の演技をする。経験則から、過剰にやってしまうと親バカダリルの対応が面倒なことになるのを承知している。案外調整が難しいのだ。


「ろ、ローラ……」


 ローラとしては、大分控えめな演技のつもりだったのだが、ダリルが目尻を下げ、いまにもローラの元へ駆けだそうと腰を浮かせる。


「で、森で何か起こったのですか!」

「あ、ああ、そうだな」


 ローラが話をもとに戻すために慌てて質問すると、ダリルが我に返って腰を落ち着かせる。


(まったく、いつになったら治るのかしら? もう少し症状が軽ければ、もっと楽なのよねー)


 ローラは、ダリルの親バカを病気と認識している。理解しているからこそ、それを利用してダリルを誘導することがあるのだが、ダリルに飛びつかれたり、頬擦りされたりと代償を払うことにうんざりしている。


(まあ、それだとダリルがダリルではなくなってしまうわね)


 ローラの一方的な評価を知らないダリルは、ローラに心配されて幸せを噛み締めている表情から一転、真剣な面持ちへと変えた。


「テレサを訪れる冒険者の数が増えてきたんだよ」


 何を意味するかわかるか? とでもいいたそうな表情でダリルがローラを見つめる。もはや親バカダリルではなく、領主のテレサ騎士爵の顔となっていた。


(そういえば、以前より冒険者を見掛けるようになったかしら)


 ローラは、危なく頷きそうになるのを堪え、初耳だというように演技を継続する。


「自らいらっしゃる冒険者様たちが、ってことですわよね? それならより安全ですわね」

「うむ。当然、それを知ったときは、ローラがいったように喜んださ。害獣系魔獣討伐のために、冒険者ギルドに依頼を出さなくて済むからな」


 テレサ村の開拓が進むにつれ、貨幣を得るために東の森を切り開いて木材を輸出したり、そこを開拓して農地にすることが増えている。元が森だった畑は、当然森が近い。ともなると、ゴブリン、ボアやウルフといった害獣系魔獣が農地を荒らすことが増えていた。


 テレサに来る冒険者といえば、ダリルが領民のために冒険者ギルドに魔獣の間引き依頼すことでやって来る冒険者、あるいは、狩場を確保できない低級の冒険者たちが、日銭を稼ぐためにわざわざテレサまで足を延ばして東の森で魔獣狩りをすることが稀にあるだけだったのだ。


「だが、理由が理由なだけに安心はできないんだよ」

「理由、ですか?」

「どうやら、メルヌーク冒険者ギルドで東の森が話題になったらしいんだ」


 ダリルの口から出た、「メルヌーク冒険者ギルド」にローラは、ハッとなった。


(あっ、もしかして、去年のアレが切っ掛けじゃないわよね……)


 ローラが冒険者と接触したのは、三か月前がはじめて。しかも、一度きりであった。度々森で冒険者を見掛けることがあっても、避けるようにして直ぐにその場を離れ、干渉しないようにしていたのである。


「話題の内容は、どうやら、森の奥にある洞窟に大量のゴブリンが出るとかいう噂らしいんだ。しかも、ゴブリンのクセに戦術的な行動を取るらしい。それで、熟練の冒険者が危なくゴブリン相手に全滅するところだったらしいぞ。ただそれも、ハイランカーらしき冒険者の助力があって事なきを得たらしいんだ」


 確定だった。その話題を提供したのは、「荒ぶる剣」で間違いないだろう。まさか、適当に煽ったローラの言葉が原因で、隣町の冒険者たちが目的地として東の森を選ぶようになるとは、ローラ自身、想定外の事態である。


(まあ、ファントムを使ったから、わたしたちだとバレることはないと思うけど、これは反省しないといけないかしら)


 ローラは、バートたちの援護をする前に幻惑魔法を行使し、姿を変えていたのだ。きちんと仕事をしてくれたようだが、問題はローラたちの素性がバレたかどうかではない。この調子で冒険者たちが増えでもしたら、ローラたちが魔獣狩りを楽しむことが出来なくなる。


(よし、こうなったら、ダリルが調査に行くまで今週は、毎日洞窟に潜ってゴブリンを根絶やしにするしかないわね)


 いまでは、訓練のために程よい数を残し、ローラたちは洞窟探索を切り上げているのだ。当初は魔力が足りず、そこまでの数を狩れなかった。それでも、毎月六回の安息日に洞窟探索をしてギリギリまで酷使したおかげなのか、四人の最大魔力は、格段に増えているのである。ゴブリンの二〇〇匹や三〇〇匹程度は、現在のローラたちにとって大した数ではないのだった。


「――ラ、ローラ?」

「あ、はい?」


 ローラは、体感以上に思考の世界にいたようだ。ダリルの呼びかけにローラが顔を上げる。


「いや、そんなに怯えなくていいんだぞ。父さんが今度の安息日に様子を見てくるから、何か問題があればその場で対処する」


 難しい顔をしていたのかもしれない。それを、ダリルは、ローラが怖がっていると勘違いしたようだ。ローラがそれくらいのことで怖がることはないのだが、ダリルにわかるはずもない。念のためローラが、ニコッと微笑んで問題ないと意思表示をする。


「お父様が行くなら頼もしいですね」

「そうだろそうだろ。頼もしいだろ」


 ダリルが目を輝かせて胸を拳で打つ。ダリルの物欲しそうな表情に、敢えてローラは何も言わず、頷くのみに止めた。これ以上何かいったら、本当にローラ目掛けてダリルが突撃をしかねないのだ。


 勘違いしたダリルをそのままにしたローラは、誓うのだった。


 わたしは反省したの。同じ失敗は繰り返さない。ダリルには、所詮噂だったと思わせるんだから! と。

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