第14話 女神、墓穴を掘る(▲)

「わたしは女神なのよ」


 例え婚約の相手が帝国の皇太子だろうが、そんなことに興味のないローラは、観念したように呟いた。ただそれも、ダリルの耳には届かなかったようで、聞き返されてしまう。


 ダリルは、両手を組んでやや前屈みになってローラを注視していた。


 その視線が真剣なあまり、ローラは、


「だ、だからぁ……わ、わたしは、前世の記憶があるのよ!」


 と咄嗟に考えを改めて適当な理由を口にした。ただそれも、あながち間違ってはいない。


「前世の記憶、だと……何をいっているんだ」

「そ、そりゃあ、信じられないわよね」


 ダリルの呆けた表情を認め、ローラは自嘲的じちょうてきな笑みを浮かべる。女神というよりは信じてもらえると思ったのだが、どうやらダメだったようである。


「あ、いや、そ、それは……」


 ダリルが困惑したように言葉を詰まらせる。ローラ自身、なぜその理由を選んだのかよくわからない。ただ、嘘の中に真実を少し混ぜた方が、現実味を帯びると思った。それをダリルが信じなくても構わない。そう思った瞬間ローラは、スラスラと口が動いた。


「本当よ、断片的だけど……どこの誰だったとかまでは覚えてないわ。それに、過去の記憶といっても、なんとなく魔獣との戦い方や呪文が思い浮かんだりするだけ」


 これまで、魔法眼のスキル持ちだと勘違いされていることを良いことに、色々と無茶なことをしてきた。それでも、さすがにやりすぎたみたいね、と少しは反省して真実を打ち明けるつもりだった。


 だがしかし、嘘の理由を述べてしまった。


 結局、ダリルが信じてくれたようには思えなかったが、それを理由に子供らしからぬ能力や言動を認めてもらえるきっかけになれば良いと目論み、路線を変更したのだった。


 もはやそこまでくると、ローラ自身呆れを通り越して頭の回転の速さに感心する外ない。


 まさか、そんな打算が含まれているとはダリルも考えが及ばなかったようだ。まったくべつの感想を漏らした。


「なるほど……いや、でも、まさか、な……ローラがだったとは」


 継承者――希に生まれながらにして超人的な能力を持って生まれてくる者の総称らしい。その特徴は、まさに、たったいま意図せず適当にいったローラの説明と合致するのだった。


 ただそれは、非常に稀であるのだとか。


 現在、継承権として認知されているのは、デミウルゴス神皇国の聖女オフィーリアや、世界に数えるほどしかいないアダマンタイト冒険者の中に数人いるくらいだとダリルが説明してくれた。


 ただ、その言葉を知らないローラは、眉根を一瞬顰めただけで肯定も否定もしなかった。継承者? 何よそれ? と、いったところだろうか。


 それも当然だ。本当にに述べたのだから――


 神界でまことしやかに囁かれていた適当女神の称号は、伊達じゃない。はたまた、相手があのダリルだったからなのかもしれない。そんな複雑な表情をしているローラの姿に何を思ったのか、ダリルが勝手に納得したように頷いた。


「さすがに、それは予想してなかったが、通りで……なるほどな」


(なんかよくわからないけど、納得してもらえたのかしら? これでどこの馬の骨ともわからない奴と婚約しないで済むならいいんだけど)


 ローラは、国母の椅子に興味はない。それが魔王討伐の近道になるならば一考する価値が見いだせる。が、その可能性はかなり低いだろう。ヒューマンの価値観に疎いローラであっても、それ位はわかる。ヒューマンからしたら誰もが羨むことなのだろうが、ローラはヒューマンとして生を終えるつもりなどない。故に、レックスなる者と婚約をする訳にはいかないのだ。


「まあ、これで納得してくれたかしら?」


 念のために口に出して確認したローラがダリルをじーっと窺う。


「ああ、俺たちはてっきり、余りある正義感から暴走してローラが悪い子になってしまったのかと心配になったんだよ」

「悪い子? 意味がわからないわ」


 突拍子も無いダリルの言葉に、ローラは疑問符を浮かべる。


「そのー、なんだ。さっきもいったと思うが、空間魔法や色々なことに関して、俺はローラの才能だと思っていたんだ」

「ふーん、それで?」

「だが、セナがそれを才能だけでは片付けちゃいけないといい出したんだ」


 それを聞いてローラがハッとした。


「もしかして、魔法書うんぬんかんぬんっていうのは……」

「そうだよ。セナが屋敷中の書物を全て調べた結果だ。それに、テッドのとこにまで行って調べたらしい」


 なるほど、とローラは合点がいったように頷いて左手に拳を乗せた。


(あーまじか……てか、そうよね。ダリルは、わたしのことになると周りが見えなくなるから、そこまで深く考えないもんね。ダリルにしてはよく調べたと思ったけど、お母様の差し金だった訳ね。はぁー、通りで……)


 ローラは納得しながらも、新たに生じた疑問を解消すべくダリルに尋ねた。


「テッドって、ディビーの家よね? 何で?」

「ん、ローラは知らないのか? あそこのテレーナは、セナの元部下だぞ」


 いやいや、そんなの知らないわよ、とローラは、


「へ、へぇーそうなんだ」


 と、取り敢えずそう答えた。


 デッドとテレーナの出会いの話はディビーから聞かされて知っていたが、その他のことは、彼女が魔人である以外知らなかったのだ。しかも、それを知ったところで、セナがディビーの家に行った目的までわからないため、ローラは続く言葉を待つ。


「それでだ。テレーナは、古代魔法の研究者でな。その分野が空間魔法って訳だ」

「え、それって……」

「そうだ。俺たちはてっきり、人様の研究成果を勝手に盗んだのだと考えていたんだ」


 ダリルがバツが悪いように後頭部をかいて苦笑する。


(はい? 何でそうなるのよ)


 さっきから、思いもよらぬ情報が飛び出し、ローラは困惑するばかり。


「結局、呪文を解読したまではいいが、成功しなかったらしい。でも……でもだ。それを許可なく見たとなると法違反になる」


 混乱するローラを他所に、ダリルが真剣な表情に切り替えて意味を解説しはじめ、「まあ、そうでなくて、正直安心したぞ」と、一人だけ満足そうに笑いだしたのだった。


(え……何よ、それ? もしかして、わたしはいらん告白をしたってことかしら?)


 魔法は、イメージ力が重要だと教えたのだから、わざわざ呪文を知った経緯など説明する必要はなかった。前世の記憶で呪文を知ったなどと説明せずに、異次元収納が出来たら良いなと思ったらできたの、とでも説明していれば、ことは全て済んだかもしれない。


 詰まる所、ローラは墓穴を掘ったのだ。


 気付いた途端、ローラは乾いた笑いと共にガックシと下を向いた。けれども、今回ばかりは仕方がなかったのだ。婚約の話が出たとなれば、ローラも平常心でいられる訳がない。


 実際、大分興奮していた。


「まあ、なんだ、勝手に疑って悪かったと思ってる。ただ、わかってほしいんだ。俺たちは心配なんだよ。何がローラをそこまでさせるのか知りたいんだ」

「はは、そ、そういうことなのね……」


 どうやら、ダリルとしては、ローラの行動原理を理解したくて今回の質問をしたようだ。今回ばかりは、セナの行動力とダリルの熱意にしてやられたようだった。


 ポンコツと思っていたダリルに心を乱されたことは癪でしかないが、女神であるとローラが一度は口にしたほど追い詰めたのだから、彼の方が一枚上手だったと思って諦めるしかない。


 ダリルには聞こえなったことをせめてもの救いと思い、ローラは新たについた嘘をどう処理するか再び頭を悩ませることになったのだった。

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