第13話 女神、泣き落とし作戦で挑む

 ローラが考えたストーリーは、至ってシンプルだった。ダリルがローラに甘いことは、彼女自身よく把握している。それどころか、最近身体強化を精度を上げたことで調子に乗っているのである。


 それならばと、いままでのように親バカのダリルを刺激する作戦に出たのである。つまり、泣き落としだ。


「ガストーネがわたしのことをいやらしい目で見ていたの知っているでしょ?」


 ローラが声を震わせ、身体を両手で掻き抱いて視線を床に落とす。


「そ、それは……」


 当然それをダリルも承知しているのだろう、歯切れが悪くなり口をつぐむ。


「それなのに……それなのにっ!」


 鼻を啜り上げ、碧眼に涙を滲ませたローラが嗚咽を伴わせ、


「そんなことをいうお父様なんか大っ嫌い!」


 とトドメとばかりにいい放った。


「ろ……っぐ、いや、だめなんだ。ローラ……そんなんじゃ騙されないぞぉ……」


 寸でのところで踏みとどまったダリルは、そういいながらもローラの言葉に相当なダメージを負い、泣きそうになっている。


「本当よ! ホントのホントに嫌いになっちゃうもん!」


 いっけぇぇえーッ! とばかりに渾身の儚げな幼子バージョンを前面に押し出すローラ。


「く、くぅー!」


 歯を食いしばってダリルが下を向く。


(ど、どうかしら?)


 ローラはそのダリルの様子に、なんかいけそうな気がしてきた。


 が、


「や、やめなさい! 本当のことを話してくれれば、婚約はさせないっ! 絶対だ! というか、させてなるものか!」


 耐えに耐えるダリルがガバっと顔を上げて断固として拒否の姿勢を崩さない。というよりも、心の声がだだ洩れだった。


「え?」

「え?」


 そんな二人の間の抜けた声が連続した。


 あ、やっぱりダリルはバカだわ、とローラがゆっくりと口元を円弧に割く。


「なぁーんだ。やっぱり、そんな気なかったんじゃないの」


 勝ち誇った笑みのローラに対し、ダリルは食い下がる。


「なっ! いやいや、そうじゃない。ちゃんと話をしてくれればという条件付きだ」


 いくら取り繕っていい直しても、ダリルの本音を聞いたローラとしては、既に勝った気でいた。


「な、なら……レックス殿下と婚約させる!」


 ダリルが唐突にべつの名前を上げた。


「はっ、はぁぁあ! な、何よそれ! ズルいわ! てか、他に婚約の話は無いっていったじゃないのよ」

「ふん、それは二つ目の条件ではないだけだ」


 ダリルが鼻を鳴らして開き直る。


 まさに、ああ言えばこう言うといった感じで、子供の口喧嘩のような低レベルの戦いだった。それでも、ローラが黙ったままでいるハズがない。


「そもそもレックス殿下って誰よ? どうせ皇帝の息子でしょうけど、そんな縁がある訳ないでしょ!」


 ダリルは、かつて近衛騎士団の団長をしており、皇帝の信頼が厚いことをローラも知っている。それでも、国母となる存在がこんなくだらない理由で決まるはずがないのである。


「はっはぁ~ん。それが、あるんだな、これが」


 今度はダリルが勝ち誇った笑みを浮かべる番だった。


「おっ、知りたいか? そうだろう、知りたいだろう」


(ムキー! 何なのよコイツ。ダリルの分際で腹立たしいわね)


 ローラはダリルに釣られてヒートアップする。


「ええ、納得のいく説明をしてみせなさい! でたらめなこといったら許さないんだからっ」

「ああ、当然だ。これは騎士の誇りにかけて誓おう」


 それを聞いたローラがまずいわね、とほぞを嚙む。騎士として生きてきたダリルが騎士の誓いを出した時点で事実だと判明したからだ。


 途端、ローラの旗色が悪くなる。


「お披露目会のときに宰相のクニーゼル侯爵がいらしたのを覚えているか? ほら、あのローラの騎士団のためなら資金提供をするといってくれた人がいただろ」

「ええ、覚えているわ」


 あのときは、ローラもその言葉に驚いたためよく覚えている。


「どうやら、翼竜騎士団の演習を視察なされたときにモーラのことが目に留まったらしい」


 ローラの婚約の話と紐付かず、眉をハの字にさせて小首を傾げる。ただ、そのことはローラを嬉しくさせた。何といっても、ローラの指導が効果を発揮したことを意味するのだから。


「ああ、それで、モーラがローラに訓練を受けた旨を説明したらしいんだ」

「なっ、まさか!」


 魔法の三大原則が嘘っぱちだと教えたが、それはデミウルゴス神教の教えに反するため、周りには話さないように注意されていた。そのことをモーラも承知しているハズであり、ローラはモーラがそれを話してしまったのかと心配になったのだ。


「大丈夫だ。あくまで、ローラから詠唱のコツや精神集中の方法を指導されたという説明で逃げたらしい。実際、閣下からはそのようなことを聞いたといわれた」


 ダリルの説明を聞いてローラがほっと胸を撫でおろす。せっかく、ローラがモーラの未来のために魔法教練を行ったのに、それが原因で異端扱いされたらたまったものではない。


 ここしばらくダリルがテレサを離れたことはないハズだ。おそらく、マジックウィンドウでの定期報告の際に雑談でもしたのだろう。


「で、話の続きだが、閣下の娘がアイトル陛下の正妃であり、皇后様という訳さ」


 つまり、もうわかるだろ? とでもいうようにダリルが片方の眉だけを上げた。さっきから同じような表情をされており、段々イライラしてきたが、ローラは一先ず堪えて頷いた。


「ああ、要は、孫であるなんちゃら殿下を、とかいう話かしら?」

「その通りだ! てか、レックス殿下だ。さすがに不敬だぞ」


 え、マジで? とローラは、名前のことを完全にスルーし、たかがそれだけの理由で妃候補になれるものだろうかと思った。それでも、魔法の優位性が高いこの世界で才能は遺伝すると信じられている。帝国の皇帝ともなると、かなり高いレベルの実力が必要とされ、それを維持しなければならないのだ。


 そうでもしないと、謀反を起こされかねない。


 ローラが住むサーデン帝国は、各種族を併合して大きくなった多種族国家だ。いつ何時、そんな事態になるかわからない危険性をはらんでいる。


 ヴェールター・フォン・クニーゼル侯爵は、ローラの演説にいたく感動していた様子だった。


 おそらく、たったの七歳にしてそんな清廉せいれんな考え方を持ち、魔法の才能まであるローラは、喉から手が出るほどほしい人材なのかもしれない。


 そう思うと、ローラは妙に納得してしまう。


「ここだけの話、俺はローラさえ良ければ、その話は受けたいくらいなんだ」

「なんなのよ、まったく……」

「ん、どうしたんだ?」

「わたしは…………のよ」


 バカだと思っていたダリルにここまで追い詰められると思っていなかったローラは、誰とも結婚する気はない。


 とどのつまり、婚約の話を白紙にするためにローラは、ついに覚悟を決めて語り出すのだった。

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