第12話 女神と父親、親心子知らず(▲)
デミウルゴス神歴八四三年、四月二日、維持――ローラの曜日。
ラルフ同伴で東の森と洞窟で実践訓練を実施した次の日。
「はぁ~、急にどうしたのかしら……」
陰気なため息を漏らしながらローラは、屋敷の最奥の扉の前に佇んでいた。
ローラたちは、今日もラルフを連れて森で魔獣狩りを
当然、ローラは必死になって食い下がった。が、それを破ったら騎士団を解散させるといわれてしまった。そうともなると、従うざるを得ない。
ただそれも、理由があるらしく、こうして呼び出しを受けているのだった。
「いわれた通り来たわよ」
そんな口上と共にローラが気持ち強めにダリルの執務室の扉をたたくと、すぐに扉が開かれた。
「ありがとう」
扉を開けてくれたスコットにローラが微笑むと、にっこりと彼は頷き、入れ替わるようにダリルの執務室を出て行った。
「ああ、来たか。悪いな、ローラ」
「いいわよそんなの。それで? 理由を教えてくれるかしら」
仏頂面でいい放つローラのそれは、当主どころか父親に対する口の利き方ではなかった。ダリルはそんなローラにすっかり慣れてしまったようで苦笑いをするのみ。
「今日も相変わらず絶好調だな」
「は? そんな訳ないでしょ。何よ、それ?」
ダリルの意味不明な声掛けに対し、ローラは訝しむ。
(ポンコツ領主の癖に頭のネジまで外れたんじゃ目も当てられないわよ)
ローラとしては、ガストーネの誕生日会に参加しなければならないことと、外出禁止になったことで、すこぶる機嫌が悪いのだ。ローラはそんな心情を隠すどころかわざと不機嫌な表情を浮かべており、絶好調なハズがない。ローラは、ダリルがボケてしまったのではないかと心配になる。
「うーん、まあいいか。そこのソファーに座りなさい」
指示された通りに窓際のソファーにローラが腰を下ろすと、背の低いテーブルを挟んだ反対側のソファーにダリルも座って向かい合う。
「今朝は、あんなきついいい方をしてしまってすまなかったね」
この通りだ、とダリルが座りながら頭を下げた。その行動の意味がわからずローラは少し困惑する。
「だから、なんなのよ。理由をいってくれないとわからないわよ」
こんな様子のダリルを見たことがないローラは、不安が募るばかり。
「ああでもいわないとローラのことだから抜け出すかもしれないと思ってね」
ダリルの予想は正しかった。ローラは、騎士団解散といわれなければ、あの手この手を使ってラルフを味方につけて魔獣狩りに繰り出していただろう。隠すこともないだろうとローラは、素直に答えた。
「ああ、確かに……」
「否定はしないんだな」
「あ、えーっと……まあ、そうね」
真剣な表情のダリルに少したじろぎつつ、ローラが頷く。
それに対してダリルは、困ったように深いため息を吐く。
「なぜなんだ? 何がローラをそこまでさせるんだい?」
ダリルとしては、ローラの行動原理が全く理解できなかった。ローラは、冒険者の救援が無かったら生まれなかった可能性があった。当初、そんな命の恩人ともいえる冒険者の存在に憧れを抱いているのかと思った。かといえば、七歳のお披露目会の際に、騎士団の団員を募集した。
ローラの挨拶から、勇者が魔族に討たれ、魔獣災害にこの世界の人々で対抗しなければならないことに危機感を抱いているのだとダリルは感じた。民を守るためのその行動は、まるで騎士に憧れているようにも感じたのだ。
ただそれは、子供らしからぬ考え方であり、そんなことをする必要はないと考えていた。ローラが魔法の才能に秀でていることは前々から知っていた。それに、モーラの夢を後押ししたローラの魔法教練には、さすがのダリルも舌を巻いた。
だがしかし、それだけではなかったのだ。
一年間もの間、コッソリと東の森で魔獣を討伐していたことを最近知ったが、まさか、たったの一日で二〇〇匹近くの魔獣を狩る実力があるとは思ってもいなかった。
そうなのである。
昨夜、ダリルは、ローラたち四人の戦闘の様子をラルフから報告を受けていたのだ。
彼女たち四人の実力は、間違いなく帝都の騎士団に入団できるほどの実力であり、決して子供の戦闘能力ではなかった、と。
さらに、好戦的な性格であり、その戦い方は危うさをはらんでいる、とも。
しかも、一時噂になった洞窟の話が真実だったらしいことまで判明した。様子見のためにダリルとラルフが
どうやら、ダリルがその噂話をローラに聞かせたものだから、調査前に彼女たちが洞窟の魔獣たちを殲滅したようなのだ。ふつうならそんなことが出来るハズもないのだが、ラルフから魔法の痕跡も残さずに戦っていたという話を聞き、ダリルは確信したのだった。
いまとなってはまったく面影がないが、可憐で、清楚で、愛くるしいローラのことを危険な目に合わせたくないというのが、ダリルの親心だったりする。故に、それを止めさせたかった。
その一方で、ローラの好きなようにさせてやりたいと考えているのもまた事実。
ただそれには、ローラの考え方を理解できない限りは、安心できない。というよりも、ダリルはローラのことを犯罪者にしたくないのだ。
対してローラは、ダリルがそんなことを考えているとは露ほども思っておらず、いつも通りだった。
「なぜって……それは、強くなりたいからよ」
魔王を倒すには、まだまだこんなもんじゃ足りないわよ、とローラは心の中で付け足す。
「だから、なぜそこまで強くなりたいんだ? 冒険者や騎士の存在に憧れるのも理解できるつもりだ。それに、民のことを思って魔獣の討伐をしてくれていたのも領主としては嬉しい」
「それなら、何がいけないのかしら? わたしとしては、迷惑を掛けているつもりはないのよ。まあ、心配かけたのは反省しているわ。お母様にもいわれたし」
ダリルのいい方が気になり、布石としてローラは反省の姿勢を見せることにした。それでも、今回ばかりは逆効果だった。
「うむ。いや、全然わかっていない。親心としては、全然安心できないんだよ」
すると、扉がノックされ、ダリルがその主を迎え入れた。
スコットが給仕台車にティーセットを乗せて戻ってきたのだ。スコットが、「どうぞ」といってダリルとローラの前にそれぞれを置くと、すぐまた出て行った。
緊張で乾いた喉を潤すためにローラがティーカップを持ち上げる。
ハーブティーの青臭さの中にフルーティーで清く爽やかな香りが鼻腔を刺激する。
(むむ、なんと答えたら正解なのかしら? さすがに、神に戻るために魔王討伐するなんていえる訳ないし……)
ローラは、ハーブティーの香りを楽しむフリをして間を繋ぎ、何か良いいい案がないかと考える。必死に考える。
が、
「そこで提案が二つある」
ダリルが親指と人差し指を伸ばした右手を上げてローラを見た。
「二つ?」
「ああ、そうだ。先ず、一つ目だが、今度のガストーネ卿の誕生日会で彼との婚約を発表する」
「はぁっ?」
あり得ないダリルの提案にローラが素っ頓狂な声を上げ、立ち上がる。
「何をいっているのよ! イヤイヤイヤ、そんなの絶対嫌よ!」
力の限りそう叫び、ローラが怒りをあらわにする。興奮状態といってもいいだろう。ダリルのことをバカにしているローラであっても、ここまで怒ったのははじめてかもしれない。
「まあ、待つんだローラ。話は最後まで聞きなさい」
「だって!」
ローラは、絶対受け入れられない提案に語気を荒げる。
「ああ、わかったわかった。それなら、その話は断ることにする」
「本当!」
ローラが拒否することをダリルはわかっていたのだろう。ローラの反応を受け、易々とその提案を引き下げたのだ。ローラがほっと胸を撫でおろし、静かに腰を下ろそうとする。
「ああ、ただし、二つ目の提案を受け入れたらの話だがな」
そこでローラが再び膝を伸ばして目を細める。
「それも誰かとの婚約かしら?」
「いいや、そうではない。今後の魔獣討伐の条件の話だよ」
「あっそ、それならいいわ。話してちょうだい」
今度こそローラが腰を下ろしてソファーに座り直した。
「では、二つ目の提案だが……」
ローラは空唾を呑み、その続く言葉を待つ。
「隠していることを全て話なさい」
「……え?」
思いもよらぬダリルの言葉に、ローラが間の抜けた声を漏らす。これまた、意味を理解できない。魔獣討伐の条件とそれがまったく結び付かないのだ。
ローラが反応できないでいると、ダリルがゆっくりと語り出す。
「色々と調べたんだ」
その前置きにローラが、はて? と小首を傾げる。これまた何をいいたいのか理解できないのだ。
「ローラの才能は、魔法眼故のものだろうと……でも、どんな文献を調べても、ローラがいっているようなことは、どこにも載っていなかったんだよ」
(え、まじ?)
ローラは、ついにバレたのかと焦りはじめる。
「先日セナがいっていた通り、異次元収納というか、空間魔法はロストマジック。技術転用の魔導学書はあったが、呪文が載った書物は、セナの所有物の中にもない」
となると、いいたいことはわかるだろ? とダリルが片方の眉を上げ、ローラを覗き込んだ。
白状しない限り、ガストーネと婚約しなければならない状況にローラは、観念せざるを得ないところまで追い詰められた。
(あちゃー、まじかー! ど、どど、どうしよー!)
ローラは、内心パニック状態で冷や汗が止まらない。ダリルがそこまでするとはまったく予想できなかったローラは、必死に心を落ち着かせ、話を誤魔化すためのストーリーを組み上げていくのであった。
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