第07話 女神、ティータイムにいたずら心

 ミリアの両親が営むパン屋――カールパニートの扉を開けるなりローラが、


「アップルパーイっ!」


 と大声で叫んだ。


 一見傍から見たら頭の悪い発言だが、そんなことは気にしない。ローラは、腹ペコなのである。


 来客を知らせるのに十分なインパクトがある叫び声を聞きつけ、ミレーネがパタパタと床を鳴らしながらお店の奥から迎えてくれた。


「あらあら、ローラ様。本日はとてもお元気ですね」


 ミレーネが嬉しそうに淡い緑色の双眸を細めてにこやかに微笑んでいる。最後に会ったのは、モーラのことで落ち込んでいたときだから、そのときの様子と比べたのだろう。


「はい、元気ですわよ。それよりも、お腹が空いてしまって」

「あらあら、それでアップルパイと叫んでいらしたのね」


 お腹の辺りを両手で押さえてローラが頷く。それを見たミレーネが上品に口元に手を添えてコロコロと笑っていたが、突然青ざめた。


「あっ、いけない……先ほど全て出てしまったんだわ……」


 ちょうどお昼をすぎた時間帯だ。売れてしまったのだろう。ミレーネがオロオロとし始める。


「それなら何でもいいですわよ。今日は作戦会議なので、ずっといるつもりですの」


 正直、アップルパイが売り切れてしまったと知り、ローラは残念に思ったが仕方ない。いまは空腹を満たすことを優先し、何でもいいから口にしたかった。それに、そのうち焼いてくれるだろうから、アップルパイは待つことにする。


「そうなんですね。うーん、そうしたら……」


 何を出すべきか考え込むように唸るミレーネを見かねたのか、ミリアが助け舟を出す。


「ママ、そんな考えなくていいわよ。残り物でいいのよ、残り物で」

「そう? それならあれがいいわね、うん。それでは、少々お待ちくださいね」


 ちょうどいい物があるのか、ミレーネが店の奥に姿を消す。


(確かに、何でもいいといわれても困るわよね)


 ローラは、自分の発言の雑さを反省しつつ、席に着く。


「それで、今回は何を思いついたのよ?」

「やっぱり、あれか? フライングカート関係なのか」


 ミリアとユリアが椅子に座るなり、テーブルの上に身を乗り出した。何もいわず、腰深に座っているディビーですら、ローラを見つめる眼差しが真剣で興味津々の様子だった。


「まあ、ユリアのいう通りね」


 ローラは、ダリルに説明したようにフライングカートを利用した運搬業の説明をみんなに披露する。


 が、その話を聞いた三人曰く、「馬車の方が早いだろ」だとか、「大した量の荷物も積めなそうだしね」だとか、「あれ、無理、飛ばない……」などと、ユリアからはじまり、ミリアとディビーの意見は、全て否定的だった。


 けれども、ローラは主張する。


「速度は、訓練次第だって! それに空を飛ぶんだから馬じゃ通れない場所も通れるのよ。迂回せずに最短距離を真っすぐに、ぴゅーっと行けるんだから!」


 むきになってローラが説明したが、ラルフの一言で決着がついてしまった。


「ローラ様、それだったらワイバーンの方が速いのでは?」

「……」


 ローラは、何もいい返すことが出来ず、うなだれるようにテーブルに突っ伏してしまうのだった。



――――――



 残り物ですが、とミレーネにいわれて出されたのは、冷めててもおいしくいただけるホウレン草のキッシュだった。塩気があり、訓練で汗をかいた身体には最適だ。


 ホークでほどよい大きさに崩し、ローラが口に運ぶ。


「はぁ、なんだか味がしないわ……」


 当てつけの意味でローラがラルフに向かっていうと、工房の方から何かが盛大に割れる音がした。


「ちょっ、ママー!」


 ミリアが音が鳴った方へ駆け寄り、工房の入口で立ち止まった。


「うわ、どうしたのよ、ママ」

「ああ、ごめんなさいね」


 どうやら、お皿を割ってしまったようだったが、この遣り取りに身に覚えが――


「ローラ様……」


 やっぱり、前回と同じ流れじゃないの、と思いながらローラは、面白がって同じセリフを繰り返してみる。


「味がしないの、まったく……」


 すると、ミレーネが沈痛な面持ちで近付いてきた。


「申し訳ありません!」


 前回と同様に神の御前に跪くように両膝を地面につけたミレーネが謝罪する。


「ミリア、あとは宜しく」

「ええー!」


 ローラは、「ミレーネさんには悪いことしたな」と思いつつ、エルフ族の耳の良さに感心しながらその対応をミリアに任せ、もう一口キッシュを食べ、ハーブティーをすすった。


「はぁ……落ち着くわ……」


 ミリアがミレーネにローラのアレコレが冗談であることを説明している様子を視界に収めつつ、ローラは違うことを考えていた。


 女神の知識があるローラだからこそ、魔力操作の応用でフライングカートを飛ばすことを思い付いたのだ。ただそれも、たかが食事を運ぶカートが飛べたくらいでは意味がなかった。


(ダリルやラルフがいった通り、フライングカートを使って事業を起こすことには無理があったのかなー。やっぱり、わたしは戦の女神らしく戦闘に集中したほうが良いのかしら)


 ローラは、名案だと思ったことをことごとくみんなに否定され、初心に返ろうかと思い悩む。


「目の付け所は良かったと思ったんだけど、魔力操作の訓練が精々なのかしら」

「うん、あれは楽しかった」


 ローラの独り言をディビーが拾い、励ますように微笑んでいる。


「あら、そう?」

「うん、本当」

「ありがとう」


 優しい笑顔にローラがほっこりして、素直に感謝を述べる。


 ディビーは、口数が少ないのと変な見た目のせいで勘違いされやすい。けれども、意外に負けず嫌いで、知識欲も旺盛で、何でも一番にやりたがる。


 それには嫌らしさがなく、他人を思いやる気持ちも人一倍強い気がする。そして、ライトグリーンという珍しい髪色で、この世界でまず見かけないお河童頭のディビーは、とても変わっていた。さらに、ヒューマンの子供にしては多すぎる魔力量と魔力操作のセンスの高さ。


 神眼でディビーを見ても、「ヒューマン」としか出ない。しかし、ディビーの母であるテレーナは違った。


 ディビーとまったく同じライトグリーンのお河童頭をしているテレーナは、この世界の人々が恐れる、「魔人」そのもの。本来、ファンタズム大陸の最北端にある魔族領にしかいないといわれている魔人なのだ。


 ディビーの父であるテッドが行商をしている先で、道端で倒れているテレーナを救ったことが二人の出会いだと聞いた。


(まあ、話した感じ悪い魔人ではなさそうだったからいいんだけど、どんな種族にも変わり者はいるってことかしらね)


 当然、ローラはテレーナを隅々まで神眼で覗き見ている。ステータスを見た限りでは、ノーヴィスといわれる最下級の魔人なのだろう。毒にも薬にもならないと判断したローラは、特に気にはしていない。ただ、その娘のディビーの潜在能力は、魔人であるテレーナを凌駕している。


 そのことに感謝し、ローラはディビーに微笑み返すのだった。

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