第06話 ポンコツ領主、腐っても領主、でも親バカ(▲)

 ダリルが山のように積まれた書類と格闘している真っただ中、突然扉が開かれた。ダリルが執務中であるなどお構いなしといった感じで、ローラが執務机に乗りあがるような勢いで突撃してきたのだ。


 突然で、しかも、あまりの勢いにダリルは驚かされた。ダリルが呆気に取られていると、ローラがフライングカートを利用した運搬業を矢継ぎ早に説明してくる。


「おいおい、ちょっと待ってくれ。いきなりどうしたんだい?」


 書類の山を脇にずらし、ローラの話に耳を傾けるダリルであったが、終始圧倒されっぱなしで、


「今朝は、訓練用にといっていたんじゃないか」


 と今朝の記憶を呼び起こして確認するのが精いっぱいだった。


「それはそうなんだけど、閃いちゃったんだもん」


 ダリルの前には天使がいた。


(可愛いな、おい!)


 ローラが、ぷくぅーと頬を膨らませて駄々をこねる姿に頬が緩みそうになるダリルであったが、ここばかりは領主の顔となる。何せ事業を起こそうというのだから。


「さすがにそれは無理だろ。そんな数を揃えられるはずがない」


 考える素振りすら見せずにあっさりと首を左右に振ったのだ。


「えー、じゃあいくつなら揃えられるの?」


 簡単に同意を得られるとは、ローラも思っていなかったのだろう。ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら食い下がる。


「かわ……いや、いくつ? うーん、まあ、ローラたちが討伐した魔獣がすべて引き取ってもらえたとしても、金貨四枚がいいところだろう」


 ダリルは、ふやけた顔を瞬時に威厳ある当主のソレに切り替え、「それでわかるだろ」という目と共にローラを諭す。


 が、


「何がいいたいのよ」


 ローラには、ダリルの意図が全く伝わっていなかった。


 それは、さすがのダリルもガックシと肩を落とし、わざとらしく盛大にため息を吐く。


(まったく、子供らしからぬ姿を見せるときがあると思いきや、こういう話はてんでダメなんだよなぁ。まあ、そのギャップもいいんだがな)


 どういうことか説明しなさいよ、と催促してくるローラを他所に、ダリルは関係ないことを考えていた。それでも、社会勉強に丁度いいだろうと思い、丁寧に説明をすることにした。


「いいか? フライングカートは、一番質素なものでも金貨数枚もするんだぞ。まあ、今朝渡したのがそれだ」


 価値自体は知っていたようで、それでそれでと、ローラがコクコクと頷いている。


「うむ、ローラは知らないかもしれないが、中には白金貨といった信じられないほどの高値が付くものもある」

「えっ、マジ?」


 白金貨と聞いたローラが瞳をまん丸にさせて驚いている。ただ単に驚いただけなのだろうが、一際大きな海色の瞳が輝いてる、ようにダリルの目には映った。


(うんうん、この表情も可愛いじゃないか)


 数年前まではお父様お父様と呼んで慕ってくれていたのに慕ってない、最近では冷めた目で見られることばかりでダリルは悲しかったのだ。しかも、名前を呼び捨てにされ、タメ語である。どうか、ダリルの心中を察してほしいものだ。


 ダリルは、ローラの愛に飢えているのだ!


 閑話休題。


 ローラが普段しない表情をしてまで驚いたのも致し方ないだろう。


 白金貨は、一般的に金貨一〇枚程度の価値とされている。ただそれも、相場としてであり、現存する技術で鋳造することが不可能な代物。古代遺跡から発掘されるものが全てであり、どんな貴重なモノと比較しても圧倒的に絶対数が少ない。好事家によっては金貨一〇枚以上、または、白金貨でしか取引されない商品もあるくらいなのだ。


「で、マジなの!」


 コロコロと変わるローラの愛らしい表情を見ただけで昇天しそうになっていたダリルは、ローラの言葉で引き戻される。


「まじ? そ、そこは本当ですかと……まあいいや。おおマジだ!」


 ローラの言葉遣いに苦言を呈したダリルであったが、もう一切を諦め、ローラの口調を真似して断言した。


「なぜそんな……」

「それが貴族というものだ。うちには関係ないことだが、晩餐会やお茶会などの際に使用されることが大半で、見栄のために代々使っているくらいだ。うちのはそんな価値はしないが、代々引き継いできたという点では、同じかもしれんな」


 ダリルの説明に納得しているのかしていないのかはわからないが、ローラは押し黙ってしまう。眉根を寄せたり、器用に片方の眉だけを上げたり下げしたりと何やら考えているようだ。


「そもそも、誰がそれを操縦するんだい?」


 ダリルが、ローラが計画した事業の穴を突く。


「そ、それは……」


 思いもよらない指摘だったのだろう。ローラが俯いてしまった。


「万が一、数を揃えられとしよう。でも、フライングカートで空を飛べるなら、なぜ、そのような事業が展開させていないんだい?」

「あっ」


 どうやらローラも気付いてくれたようだ。ダリルは、フライングカートで空を飛べるとは思ってもいなかった。故に、それが誰にでも可能であれば、ローラの提案は、画期的なアイディアどころか、革命が起きるほどの話だ。


 が、そうは問屋が卸さない。


「操縦者を確保するのが難しいわね」

「だろ?」

「まだ数時間しか訓練をしていないけど、一番見込みがあったディビーですら先が長そうだったわ」


 ローラが先程までの訓練の様子を聞かせてくれた。


 ローラ曰く、ディビーほどの魔力を持った人物は、ローラが知っている限り、セナ以外でテレサにはいないようだ。たった一〇歳にも満たない子供が二番手ということに驚いたダリルだが、いまの問題とは関係ないため頭の片隅に留める程度にしておく。


(可能性としては、他の町や村から適性がある人物を移住させるのも悪くないかもしれない。いや、これといった特産のないテレサに移住してくれるかと考えたら、難しいだろうなぁ)


 ローラの落ち込みようがあまりにも不憫であったため、策を考えたダリルであったが、自分でダメ押しをしてしまい、今度はダリルが惨めな気分になってしまうのだった。


「テレサのことを考えてくれるのは嬉しいが、それは大人たちに任せない」

「はい……」


 ローラの目の付け所は良かったが、所詮子供の考えだ。ローラに甘いダリルであっても、穴だらけの計画を推し進める訳にはいかないのだ。


 ただ、ダリルの執務室を訪れたときのキラキラと輝かせていたローラの瞳は見る影もなく、肩を落としてしょんぼりとした様子に胸が苦しくなってしまう。


 ダリルは、ローラの下に歩み寄り頭を撫でる。最近のローラは、避けるのだが、今朝と同じように素直に撫でさせてくれた。どんな心境の変化なのか知らないが、ダリルにとっては良いことなので気にしない。


(すまん、ローラ! 俺が領主として不甲斐ないばっかりに! 頑張るぞ、俺は頑張るぞ!)


 ダリルは、子供であるローラにまつりごとの心配までされたことで、俄然やる気を出したのであった。



――――――



 ローラがダリルの執務室を出ると、ミリアたちが待っていた。目が合うなり、「どうだった?」とでもいいたそうな表情のミリア。


 ローラは、何もいわずに四人の間を割って通り過ぎ、肩を落としながらトボトボと何の飾りっ気もない廊下を出口に向かって歩いて行く。


 ローラの試みが失敗したことを察してくれたのだろう。ミリアたちは、何もいわずに後ろを付いてくる。


 ミリアたちには、フライングカートを使った運搬業の説明を一切していない。みんなへの説明よりも、ダリルへ話したい一心でローラは気付いたら修練場を飛び出していたのだ。


 結果は、惨敗だった。


 何だか申し訳なく感じ、立ち止まってローラが振り返る。


「ごめん、みんな!」


 が、これは申し訳ない気持ちから出た謝罪ではない。そう、ローラは、まだ諦めていないのだ。みんなを巻き込んでことを進めるための前置きだったのだ。


 いきなりローラが謝罪から始めたものだから、みんな揃って身構えている。ローラがいい出したら止まらないのをみんなよく知っているようだ。


 特にラルフなんかは、ミリアたち三人より付き合いが長い。


「危ないことはないんですよね?」


 念のための確認といった感じでラルフから問い掛けられた。眉を顰めたラルフの表情は、本当にローラのことを心配しているようだ。ラルフは、ローラが無茶をするのを知っているから猶更心配なのだろう。


「ええ、そのためにも作戦会議よ! みんな、わたしについてきなさい!」


 ローラがいうや否や身を翻し、空を切るように大きく歩き出す。


「そういえばお腹も空いてきたわね」


 目的地はカールパニートに決めた。


 今日ならおいしくアップルパイをいただけそうね、とローラが気持ち足早に歩を進めるのだった。

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