第05話 女神、閃いちゃった
修練場に春の心地よい風が吹き、ローラの艶やかな金髪が揺れる。が、それは自然の風だけのせいではなかった。
颯爽と地上に降り立ち、碧眼に掛かる前髪を耳に掛けてみんなに宣言する。
「どうだったかしら? 今日から暫くは、これで訓練するわよ!」
ローラの前には、いつもの三人とラルフがポカーンと突っ立っていた。
あれ? 反応が薄いわね、とローラは少し眉を寄せる。
そんなローラを他所にユリアは、天板と幕板を外され、底板と骨組みだけになったフライングカートを指差した。
「な、なあ。あれってこういう使い方なのか?」
「そんな訳……ない」
「うん、ディビーのいう通り。てか、本来は人を乗せる物じゃないし……」
ディビーの呟くような返事にミリアが同調し、さらに突っ込みをしている。
「じゃあ、ローラだからか?」
「そうね」
それならというようなユリアの問いに、ミリアが気安く頷いている。
「なるほど!」
納得するなー! と内心でローラが叫んでから、腰に両手を当てて不満を漏らす。
「ちょっと何よ。みんな揃ってわたしを変人みたいにいわないでくれるかしら!」
さらには、これからみんなも同じことをやるというのに、まったく! とローラは、頬を膨らませた。
「そうとはいってないじゃないか。あたしは単純に驚いただけだ」
「いや、ユリア嬢のいう通りですよ。相変わらずローラ様は凄いですね」
「え、あー、そ、そうかしら?」
ユリアだけではなく、ラルフからも褒められ、ローラは満更でもなかった。
ラルフは、ダリルと同様にローラのことをよく褒める。それでも、ダリルの親バカからくる賞賛とは別種の敬意のような物を、ローラは感じていたのだ。
ラルフは、ダリルの従者である以前に、戦いで生計を立てていた口なため、女神ローラの信者である。
実のところ、ラルフは、このテレサ村に神殿を誘致したいらしい。
ただそれも、人口が少ない上に、貧村すぎて無理――寄付金を捻出できない――らしいのだ。
それはさておき、褒められて頬を緩ませたローラに、ラルフが尚も続ける。
「ええ、先日のモーラ様との訓練でも身に染みて実感しました」
「ちょ、ちょとラルフ師匠!」
「え、あっ……」
ローラは、つい今朝までモーラとの別れが原因で引き籠っていた身なのである。ミリアはそのことをよく知っていたため、ラルフの発言を失言と捉えたように咎めたのだ。
が、
「どうしたのかしら?」
ツンと澄ました顔でローラはいってのける。
モーラのことは既に吹っ切れており、あの感情をヒューマンに転生した特典であると、ローラは捉えることにしたのだ。そもそもヒューマンとして生きていくしかないのだから、「感情」とは今後長い付き合いになる。
「もう大丈夫なのですね?」
ローラの胸の内など知らないだろうが、ラルフがローラの反応から何かを悟ったように優しく問い掛けてきた。
「だから、何がよー」
「いえ、それは良かったです」
再度ローラは、満面の笑みを浮かべてとぼけたが、ラルフがそれで理解したといわんばかりに頷き、真っ白な歯を見せて微笑んだ。
「もー、何いっちゃってんだかわからないわ。それより! あとでラルフにも同じことをやってもらうからね!」
「えっ、私もですか!」
「当たり前じゃないの、もうっ。ラルフもわたしの騎士団の一員なのよ!」
「はっ、承りました!」
ラルフが冗談っぽく大げさに敬礼し、快活に笑った。
ローラは、その敬礼に頷き、ラルフに釣られるようにしてにかっと笑う。
そんな風にお互い笑い合ったあと、
「よーし、それじゃあ、誰がはじめに挑戦する?」
ローラはミリアたちの方へ向き直り、挑戦者を募る。
「当然あたしだよ」
「だめ、それは私の役目……いつだって、そう」
「あはは、私は最後で良いかなー、なんて……」
ユリアとディビーが我先にと挙手をし、ミリアの立ち位置は一歩後ろだった。いつも通りの光景だ。
「じゃあ、この間モーラお姉様との模擬戦に協力してもらったし、ユリアにお願いしようかしら」
「やったね」
喜び勇んでユリアが前に出てフライングカートに乗ろうとする。
「それに、ディビーがやって簡単に成功されても困るしね」
「な! それはどういう意味だよ。それじゃあ、まるであたしが失敗するみたいないい方じゃないか」
失敗を前提としたローラの発言に、苦虫を潰したような表情のユリア。
「まあ、そうね」
「えー」
断言されたユリアは、悪い例に使われると知り、膝からその場に崩れ落ちた。
そんなユリアの様子を眺めてからローラは、心地よい感覚に瞼を閉じる。
(ああ、楽しいわね。この三人といると飽きないわ。本当に……)
その感覚を噛み締めてから瞼を開いたローラは、ユリアに右手を差し出す。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。魔力が見えるわたしだから簡単なだけで、ディビーでも難しいから」
それを聞いたユリアは、ローラの右手を取り復活する。
理論説明をしても難しくて子供の三人には理解できないだろうからと、実際に体験してもらうことにした。それでも、壊されでもしたら大変困る。
ローラは、危険だと判断したら必ず補助をすると約束し、訓練を開始する。
いままで魔力操作の訓練をしているだけあって、三人共バランスを保って移動することは問題なかった。ただそれも、手で押したのと大差ないスピードで、惰性で進んでいるようなもの。
当然、高度を上げるなんてことはできなかったのだ。
「ディビー、やっぱり難しいかしら?」
いまフライングカートに乗っているのは、三人の中で魔力と魔法操作のステータスが最も高いディビーだ。
「フライの方が、断然速い……」
「そんなのわかってるわよ。これは訓練なんだから。でもね、これを乗りこなせばフライの魔法で消費する魔力の一〇〇分の一程度ですむのよ」
フライの魔法は比較的有名である。それでも、浮力を与えるのに周囲の気流や地面との反発力を操作するため上級魔法に分類されており、大量の魔力を消費する。
とどのつまり、空飛ぶ魔法少女など存在しない。
そんな事情があるため、ローラはフライの魔法と比較し、いかにフライングカートを乗りこなした場合の有用性が高いかをディビーに力説する。
「まあ、わかっているとは思うけど、魔道具で既に浮力を得ている物を操作した方が断然消費魔力が少なく済むんだから、その術を身につけたら長距離移動だって可能なのよ」
(ん? 長距離移動……?)
ローラは、閃いてしまった。
「やばい……やばい!」
「ん……どうした、の?」
話し中にいきなり挙動不審になったローラを、ディビーが心配そうに覗き込んでくる。
「キタコレぇええー!」
そんなローラの絶叫が修練場にこだまする。
「だから、どうしたのよっ!」
ディビーにしては珍しく、ローラに釣られるように大声を上げた。
が、
その声は、既に思考の世界に入ったローラに届かなかった。
(フライングカートを利用した物資の運搬で儲けられるかもしれないわ。うふ、これが成功すればテレサ村も大発展よ!)
ローラは、訓練を途中で止めるや否や、たった今思いついた金策を伝えるため、大急ぎでダリルの執務室へ向かうのであった。
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