第08話 女神、思わず女神の誓いをさせられる(▲)

 ミリアの説明で誤解が解けたのか、ミレーネはウキウキ顔だった。いや、ミレーネは、ローラの冗談をアップルパイを催促しての発言だと勘違いしたようだ。


「はーい、お待ちかねのアップルパイですよ」

「なんか済みません」


 とラルフが我が子のわがままを謝罪するように頭を下げ、率先してミレーネと一緒にアップルパイの取り分けを手伝いはじめた。ラルフもやることがなくて暇なのだろう。 


 あれから色々話し合ってみたが、結局フライングカートは魔力操作の訓練にしか使い道がないとなった。


「……にしても、贅沢」


 ディビーがぽつりと呟き、彼女の正面に座っているユリアが小首を傾げた。


「ん、それはどういうことだ?」

「今日、うちの店で引き取る予定――」

「ちょっと待ったぁー!」


 ローラは、抱き着く勢いでディビーの口を慌てて塞いだのだった。ディビーが何をいおうとしているのか理解したのだ。


「おいおい、どうしたんだよ、ローラ」

「そうよ、苦しそうよ」


 ローラの行動に驚いたユリアとは対照的に、ミリアが冷静に指摘してくる。左手で後頭部を抑えて右手で口を塞いだものだから、ディビーは息苦しそうにもがいていたのだった。


「え、あ……ごめん」

「ふう」


 ローラがディビーを解放すると、ディビーが深呼吸してから、「大丈夫、私はわかっているわよ」とでもいいたそうな目をローラに向け、大きく一つ頷くのみだった。


「あら、ありがとー。あはははは……」


 意味ありげな視線にローラは、必死で頭を働かせた。ディビーは、道具屋テッドの娘である。


 一悶着あった朝食時にダリルが、


『ああ、あれなら売ることにしたんだ。もうそろそろテッドの奴が引き取りに来るはずだ』


 といっていたような気がする。


 テッドの奴が引き取りに来る……つまり、フライングカートを売ることが決まっており、価格交渉も終わっていたのかもしれない。


(時間的にわたしたち騎士団の訓練時間と同時刻の予定だったようにも思えるし。一緒にわたしの家に来る予定だったとしたら、テッドさんから要件を聞かされている可能性もある。あちゃー、金額を知っているかもしれないわね)


 ローラは、心も読めたらいいのにと、神眼に無い機能のことを残念に思う。


(うーん、これは不味いわね。うん、不味いことになったわ)


 みんなの視線が集まるが、ローラはそれどころではない。話し掛けてくるミリアたちのことを無視し、引き続き必死に頭を回転させる。


(あくまで予想でしかないけど、金策目的でフライングカートを売却することをディビーが知っていたら、解体して訓練しているわたしの姿を見て何を思うかしら?)


 途端、ローラは都合の良い解釈をする。


(ふ、ふつうに考えたら、わたしがダリルからもらったってことになる、わよね……)


 だがしかし、べつの可能性にも気付いてしまう。


 フライングカートは、高級品。フォックスマン家があまり裕福でないことは、村の全員が知っている事実。いくらローラを溺愛しているダリルであっても、金貨数枚にもなる高級品を子供たちの訓練のために投じるなど信じられないだろう。つまり、何かと引き換えに手に入れたと考える人も出てくるかもしれないのだ。


(でも、ディビーが気付いていたらこんな落ち着いているかしら? いや、しかし、うーん……)


 ローラはしきりに唸り考えたが、一向に答えを出せないでいた。


 そんな中、ディビーの言葉から、フライングカートがどういうものか思い出したようにミリアが、不思議そうな表情を浮かべていた。


「贅沢といえば、確かフライングカートって貴族様の家にしかない魔道具じゃない。よかったの?」

「え、えっと、何かしら?」

「だから、そんな凄い物を好き勝手して訓練に使っていいのかな? って」

「大丈夫よ。うん、大丈夫」


 ミリアの指摘が的確すぎて、ローラはまともな返しができなかった。


「そうですね。あれはローラ様のものですからな。でも、もうあまり無理はしないでくださいよ」


 ローラの困り顔を見かねたのか、ラルフはフォローのつもりでいったのだろう。が、それが不味かった。


 ユリアがすかさずラルフに尋ねた。


「ん、どういうことです?」

「今朝、ローラ様が魔獣の素材と引き換えに交換なされたと伺ってますが――」

「「えええー!」」


 ユリアの質問に、あの場にいなかったはずのラルフが事情を暴露し、ユリアとミリアの絶叫がカールパニートの店内に鳴り響く。他にお客がいたら迷惑この上ないが、幸いというか生憎客と呼べる存在は、ローラたちだけだ。そもそも、客と数えていいのかは何ともいえない。


 それはさておき、事情を聞いてもディビーだけが声を上げなかった。


(やはり知っていたのね。黙ってくれていたのにごめん)


 ふと、ローラが隣のディビーを見ると、目を見開いて固まっているディビーの姿があった。


 まるでその様子は、驚きすぎて声が出ないといったように――


 結局、ディビーも事情を理解しておらず、ローラが魔獣の素材と引き換えにフライングカートを手に入れたことを知って怒ったのであった。


「さっきの頷きは一体何だったのよぉ……」


 ディビーとは理解し合えていたと思っていたローラは、一人うなだれるのであった。


 それから、ローラはこれでもかというほど謝り通し、それぞれのお願いを何でも一つずつ叶えて上げることで許してもらった。


 その内容はまだ決まっていない。


 いずれときが来たらということで決着がついたのだった。

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