第09話 女神、容赦ない子供たちにタジタジ
デミウルゴス神歴八四三年、四月一日、復元――モーラの曜日。
フライングカートを使った訓練を開始してから早くも一週間が経過した。けれども、意外なほど不評だった。
最初は物珍しさから我先にとディビーとユリアが取り合うようにしていたにも拘らず、思いの外上達の具合がわかり辛く、それに焦れた二人が今では見向きもしない。
では、そのフライングカートがどうなったかというと、ラルフのお気に入りとなっていた。それも当然といえば当然かもしれない。戦士タイプのラルフは、正直、魔力操作のランクが低い。故に、ローラが一つ二つとアドバイスをすればするほど、ラルフの技量が目に見えて上達するのだ。
それを楽しく感じたのか、ラルフが今も身体を小刻みに動かしてバランスを取りながら、フライングカートで修練場を周回している。
「なー、いつになったら東の森に行くんだ?」
準備運動を終えたユリアは、そんな文句をいいながらローラの下にやってきた。
ここ一週間、ラルフがいる午前中にフライングカートによる魔力操作の訓練、ラルフがいない午後に基礎体力の訓練ばかりを行って過ごした。突然のことで、ラルフの午後の予定が全て埋まっており、同伴者を確保できなかったからだ。
ユリアたち三人は、子供にしては十分すぎるほどにステータスが向上し、基礎訓練ではなかなかステータスが伸びない。飽きてしまったのだろう。
訓練を始める二年前、ユリアのステータスは、年相応だった。
それが現在となっては、
【名前】ユリア。
【年齢】七歳 ⇒ 九歳。
【種族】ヒューマン。
【体力】 F ⇒ E(ちょっと少ない)
【魔力】 G ⇒ F(ふつうに少ない)
【腕力】 E ⇒ D(ふつう)
【耐久】 G ⇒ E(ちょっと弱い)
【身体操作】G ⇒ E(ちょっと下手)
【魔力操作】G ⇒ D(ふつう)
【スキル】 なし ⇒ 気配察知G(めちゃくちゃたまに発動)
【ギフト】 未開放 ⇒ 聖霊の加護。
と、一般男性の一五歳相当といわれるEランク以上までに成長しており、もはや、基礎訓練などでは、彼女たちを満足させることはできない。つまり、ユリアがそんなことをいい出したのも道理である。
はてさて、ローラもそんなユリアの気持ちを理解できるのだが、彼女の頭越しに視線を向けて嘆息する。
「ラルフが同行するならいつでもいいんだけど、あの様子じゃ、ねえ……」
にやにやしながらフライングカートで楽しそうにしているラルフを指さしながら、ローラは苦笑い。
「いや、だから、あたしたちが帰ってからやってもらえばいいじゃんよ」
直接ラルフにいえないユリアは、ローラにいってほしそうになおも訴えてくる。
「確かにそうだわ。じゃあ、それがユリアのお願いでいいかしら?」
「ダメにきまってるだろ!」
「冗談よ、じょーだんっ」
フライングカートの代金として魔獣の素材を全てダリルに渡してしまったローラは、みんなの願いを叶えると約束をした。が、そんな簡単なお願いでは許されないようだ。そんなことはローラだってわかっている。言葉通り、冗談なのだ。
ただ、ローラ自身そろそろ魔獣討伐に行きたい気分であるのもまた事実。
(みんなと決めたからには、勝手できないわよね。ラルフに聞いてみようかしら)
東の森は、魔獣がいるためふつうの子供では大層危険な場所である。けれども、ふつうの子供だったらの話。
女神の知識による常識外れな魔法教練で魔法を鍛えている。
さらに、一流の剣士であるラルフから剣術を教わっている。
つまり、ローラたちはふつうの子供どころか、そんじょそこらの冒険者をやっている大人にも引けを取らない実力がある。が、いくらローラたちが強かろうが、ダリルがダメといったらダメなのだ。
ダリルには領主という立場もあり、万一のことがあってそれを
一応、そのことを気にしながらも、いままでは黙ってコソコソと森の奥まで足を踏み入れ、魔獣討伐を行っていた。それでも、そのことを知られたいまとなっては、そうする訳にはいかなくなったのだ。
ローラは、最悪一人になっても生き抜く自信がある。子供であるのもまた事実。しかも、ミリア、ディビーやユリアは、強いが本当に純粋な子供なのだ。
結局、四人で話し合い、もう少し成長するまでは大人のいうことを守ることにしたという訳だ。
二年前に勇者パーティーが壊滅したと知って正直焦りもしたローラだが、ここ二年、特に変わったことがない。各方面で魔獣被害の規模が大きくなっているらしいが、テレサ周辺は至って平和だった。
そんなこんなで、ローラはそれほど焦りを感じていない。ゆっくりとでも着実に能力を鍛える道を選んだ。フライングカートで魔力操作の訓練をするという変わり種を用意したのも、その一環なのである。
すると、
「どうしましたかな?」
ラルフが未だ牛歩のごとくゆったりとした速度のフライングカートに乗り、ローラたちの下にやってきた。四人が集まっても一向に何も始めないことを不思議に思ったのだろう。
「あのね。ユリアが東の森に狩りに行きたいっていうの」
ローラは、困ったように眉をハの字にし、子供らしい甘い声音でラルフに訴える。
「あっ、ローラ! ずるいぞそのいい方」
「あら、本当のことじゃない」
お願いされたからそのまま伝えたのに酷いいわれようね、とローラがユリアを横目に冷たくあしらう。
「そうだけど、行きたいのはあたしだけじゃないだろ」
ユリアが尚もいい募り、ミリアとディビーにも視線を配って援護を依頼した。
「そうね。みんな行きたいのは同じだけど」
「一番行きたいのは……ローラの、はず」
ミリアの言葉を、ディビーが見事な連携で繋ぎ、ローラの痛いところを突く。そういわれたらさすがのローラであっても、ぐうの音も出ない
「まあ、本日は予定を開けていますので、森に向かうのは構いませんが、それはどういうことです?」
頷くだけでいいのに、と思ったローラを他所に、ラルフが不思議そうにローラの顔を見るのだった。
「そ、それは……」
ローラは、自室に二週間ほど引きこもっていた。ともなると、鈍った身体を
そんな風にしてローラがどう説明したものかといいあぐねていると、ミリアが、
「魔獣の素材とそれを交換してしまったので、私たちの学費が消えてなくなっちゃったんです」
とラルフの足元を指さし、包み隠しもせずサラッと事実を告げた。
「な、なんと!」
まさにその通りであるため、ローラは何もいい返せない。
一方、ラルフは自分が乗っているフライングカートを指さされ、慌てて飛び降りたのであった。
降りたからといって学費が返ってくる訳でもないのに、面白い反応をするのね、と笑いそうになったのをローラは堪える。ここで笑ったら、間違いなく三人から
ローラは、仮にも貴族の令嬢である。対外的な面子のために帝都の学校に通うことは、確定事項だ。それでも、ただの村人を親に持つ他の三人にとっての学費は、帝都の帝国騎士学校、または帝国魔術学園のどちらを選ぶにしろ、おいそれと簡単に用意できる額ではない。
当然、帝国立だけではなく、各地方領主が運営する各種学校は数十とあり、場所によっては平民が多く通う学校もあるらしい。けれども、ローラと共に歩む誓いをした三人は、帝都の学校へ進学する予定でいる。
そんな学費に充てるべき魔獣の素材に手を出したローラは、いわれるがままなのだ。
「だから、ごめんと何度も謝ったじゃないのよぉー」
ローラは、この一週間で何度目になるかわからない謝罪を述べる。
ただ、ローラとしてはいままでの素材と引き換えにしても問題ないという根拠があった。
帝都の学校に進むのは、一三歳になる年度なのだ。あと、三年もあれば十分な魔獣を狩れる自信があってのダリルとの取引だった訳だ。
(本当に子供って空気を読まないから嫌よねー)
悪気なく人の痛いところを平気で刺してくるのだから手に負えない。
「はぁ、かつてのわたしは女神だったのよ……」
そんな仕打ちにローラは、自分の存在が何であるか思い出すように吐露した。
「ん、何かいいましたかな?」
「ううん、何でもないの。取り合えず森へ行きましょ!」
危ない、危ない!
いまの呟きでローラの正体が見破られることはないだろうが、昔からラルフは、「愛と戦の女神であるローラ様のようだ」といってローラのことを褒め称える癖があるのだ。
実際、その女神が転生したのが、ローラであるためあながち間違いではない。というより、大正解である。神の位にいないというだけだ。それでも、騎士団のメンバー以外に伝えるつもりはない。
無詠唱魔法など、散々ふつうの子供らしからぬことをやってきたローラであっても、いまはまだ、そのときではないと考えているのだった。
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