第17話 女神、教官の真似事をする
修練場にダリルとラルフが駆け付けて来た。どうやら、ミリアたち三人の大声を悲鳴と勘違いしたようだ。それにしても早すぎる。身体強化の魔法ですっ飛んできたのだろうか。いや、そんなことは、ローラからしたらどうでもよかった。そんな彼らには、理由を説明して早々に退散してもらう。
さすがのローラも、
「わたしが『愛と戦の女神ローラ』の生まれ変わりであることを打ち明けたのよ」
と説明することはしない。
単純に、先ほどファイアアローで
「わたしの魔法の才能に驚いたようです」
と、ローラが適当に説明するのだった。
その実、ダリルとラルフに攻撃魔法を使って見せたことがなく、そのことを問い出された。それでも、記念すべき騎士団のはじめての集会を邪魔しないでと適当にあしらったのだ。後ほど詳しい説明をすることを誓わされたものの、二人の腰辺りを押して追い出すことに何とか成功したのだった。
「ねえ、ローラ……様?」
ミリアがまた様付で呼んでくる。
「なあに? もしかしてパン屋だから『安寧と豊作の女神モーラ』の生まれ変わりの方が良かったのかしら?」
「いえいえ、そういうことではなくてですね……」
(ふむ、いきなり理解しろといわれてもさすがに無理があったかしら?)
ミリアの言い淀む姿から、ローラが残りの二人はどうなのかと視線を移す。
「ディビーとユリアも同じ意見? 女神のローラだとは思えないかしら?」
証明しろと言われても、今のローラには神眼の説明をすることくらいしかできない。ローラとしては、べつに信じてもらう必要もないのだが、それはそれで悲しかったりする。
「いえ、子供の私には……わからない」
そのディビーの言い様に、そっちかー、とローラは意表を突かれ、額へと手を当てて大袈裟に仰け反る。
(それもそうだわ、ディビーの言う通りだった)
妙に納得してしまい、ローラが思わず苦笑する。
「うん、あたしにもわからないぞ」
(ユリアも同じ意見のようね。先走っちゃったかしら……)
思い付きで計画を進めたことに、ローラが今更ながらに後悔をし出す。
ところが、ミリアの不安そうな表情は別のことに起因していたようだ。
「あの感じだと、ダリル様もラルフ様も知らないの?」
(ああ、ミリアは、そっちのことが気になったのね)
ミリアが聞きたかったのは、ローラが神の生まれ変わりなのかではなくて、「誰が知っているのか」ということのようだ。
「ちなみに、このことを知っているのは、あなたたちだけよ。正確には、神々の誓いを行ったあなたたちだから話せたのよ」
(子供に嘘は良くないけど、この際はその理由付けで信じてもらうためにも噓も方便よね。実際、他の人が知らないのは本当だし……)
先程後悔したばかりなのにも拘わらず、適当女神は今回も場当たり的な考えの元にことを進める。
「いいかしら。そういう理由もあるからこのことはこの四人だけの秘密よ。もし、それがばれたときは……」
わざとらしく声を潜めたローラが、神妙な面持ちでことの重要性を演出する。
「「「ば、ばれたときは……?」」」
ローラの言葉尻をなぞり、三人が息を呑む。
「神の力を失い、この地に縛られてしまうの」
そうしたらこの世界ファンタズムが魔王の好きにされてしまうから困るでしょ? と両手で顔を隠しながら絞り出すような声で説明する。
「それに、あなたたちとならやり遂げられる確信を持てたから選ばせてもらったの。いわゆる
仲間と言ったり神使と言ったりと、路線修正が意外と難しかったりする。
「だから、絶対に秘密だし、敬語もだめ。わかったかしら?」
「わかった」
「うん」
「了解だ」
ローラの無茶振りに、ミリア、ディビー、そしてユリアが他言はしないと誓ってくれた。
(うーん、良い子たちをだましているようで、さすがのわたしも心が痛むわ。でも、これも神に戻るため! だから、デミ爺、許してね)
目を瞑って天を仰いだローラは、柄にもなく上司である創造神デミウルゴスに対して言い訳をするのだった。
「それじゃあ、今後の予定を説明するわね」
気を持ち直してローラが、神眼の能力を説明してからそれぞれに秘められ能力を一人ずつに教えていく。
一番反応が大きかったのはユリアだった。
「そ、それじゃあ、あたしは剣士向きってことで良いんだな!」
「そうよ。今は、腕力が低いけどちゃんと訓練すれば身に着くわよ」
「そっかー、良かったぁー」
ユリアは、よっぽど心配だったようだ。彼女は、この四人の中で一番小柄なので心配するのもわからなくはない。それでも身体を動かすことは好きなのか、よく日に焼けている。そして獅子獣人に多いと言われる燃えるような赤い髪が、くせっ毛なのか良い具合に野性味を表現している。さらに、獅子のように輝く黄色い瞳が負けん気の強さをかもし出していた。
(ディビーと同じでヒューマンにしては珍しいわね)
思考が他所へ行きそうだったローラは、小さく頭を振り本題に入ることにした。
つまり、訓練である。
「それでは、早速訓練を始めるわよ。先ずは、身体操作からね」
「身体操作? 魔法ではなくて?」
ミリアのその反応は、至極当然だろう。戦闘が得意な女神であったにも拘らず、ローラだってはじめは身体操作の訓練方法を知らなかった。
「あたしは、身体を動かせればそれでいいかも」
理論的思考が苦手なのか、ユリアの発言に思わずローラが嘆息する。
(ユリアは、そのまま体力バカになりそうね。通りで、体力が一〇歳相当のFランクな訳よ。しかも、もう少しでEランクの数値になりそうだし……)
説明をせずに言う通りにさせても良かったが、訓練兵に対する教官の如く、ローラはそれぞれの考えを聞くことにした。
「そうね。魔獣だけに限らず、敵との戦闘で一番重要なのはなんだと思うかしら?」
ローラの問いに、ミリア、ディビーとユリアが順番にそれぞれの考えを述べる。
「攻撃を当てること?」
「強力な魔法で殲滅?」
「頭を刎ねる?」
相手が子供だと考えると及第点だろう。と言うか、いささか物騒な回答が混じっている。
「うんうん、言い答えね。それぞれ大切なことよ。悪くないわ」
先ずは、答えを否定せずに満足そうにローラが頷く。それでも、その言葉尻からローラを満足させる回答が無かったことにディビーが気付いたように問うてくる。
「最適解、は?」
(うふふ、いいわね。なんか楽しくなってきたわ)
今まで教えを乞う立場から、教える側に立ったことで、ローラは気分が良かった。
わざとらしく咳払いを一つ。
「最適解は、ダメージを受けないこと。つまり、回避能力を身に着けることが重要だわ。勝てないけど負けることもないし、最も重要なのは、生き残ることかしらね。それには、自分の身体がどうすれば、どう動くかを理解しないといけないわ。それが身体操作よ」
三人は、「なるほど」と、真剣にローラの話を聞いて頷いていた。
(うん、素直な子供のうちに教育を始めて正解ね)
今回の試みが正解であることに満足する。
「みんなの考えも間違えではないけれど、武器や魔法の技術が必要だし――それには、身体操作が上手くできないと攻撃を当てられないと思わないかしら?」
こうして、ローラの説明に納得したミリアたち三人は、身体操作の訓練から行うことになった。ただそれも、ローラがラルフに教わった跳躍、走り込みと最近始めた形稽古の三つを中心にした訓練であり、まるっきしラルフからの受け売りであるとは、その三人は知る由もなかったのだった。
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