第16話 女神、誓いをさせる
ローラが何の気なしに放ったファイアアローは、決して小さくない破壊音を伴わせて修練場の壁に穴を
「「「な!」」」
その信じられない光景を見た三人の少女は、自然と口を衝いて出た驚きの声を漏らすのみで、そのあとに続く言葉は無かった。あまりにも非常識な現象を目にし、言葉を失ったようだ。
この世界は、魔法を行使するために呪文を詠唱するのが当たり前。小さな村の村娘でさえ、あまりの異常さを嫌でも理解できる。魔法を無詠唱で行使することは、できないと言うよりも、しようとする人がいない。
更に、驚くところはそこだけではなかった。
「大きさが違う……」
何やら気付いたのか、ディビーがそう呟いた。
「へー、ディビーは、ふつうのファイアアローを見たことあるのかしら?」
ローラに問われたディビーが、壁の破壊痕からローラへとその茶色い瞳を向けてその理由を話し出す。
「はい、父に連れられ……一度だけ魔術学園の、競技大会に……」
少しおっとりした物静かな印象を受けるディビーだが、その観察眼は確かなようだ。
ヒューマンにしてはかなり珍しく、ライトグリーンの髪の毛で髪型がお河童というローラからしたら大変奇抜なヘアスタイル。
(瞳の色は、ふつうだけど、本当にヒューマンなのかしら? もしかしたら魔人の血が混じっているのかもしれないわね)
種族分類されない程度のごく少量の血が混ざっていることを考慮したローラは、それを生かせないかと考える。ついついディビーの種族について考え込んでしまったローラは、彼女を見つめたまま目を細めたりしていた。
「それで……」
ローラの視線に落ち着かなくなったディビーが、魔法のことを説明してほしそうな表情と共に声を掛けた。
「ああ、悪いわね。わたしが言いたいのは、魔法は無詠唱で発動できるし、技術があれば規模も意のままにできる。それにミリアに言った能力の向上方法も含めてわたしが教えてあげるわ」
それを聞いた三人は、相も変わらず信じられないといった感じだが、それを目の当たりにしたからには、信じない訳にもいかないハズだ。それでも、常識を覆すローラの言葉に何も言えず、驚愕の表情をより強張らせていた。
(あはは、驚いているわねー)
三人の様子を見てローラは、
「でもこれは、誰でも良い訳では無いのよ……あなたたちだから、教えてあげるの」
とありがたみを説くのであった。
さすがは子供というか、まだ七歳の彼女たちは驚きながらも、ローラの言葉を聞いて期待から目を輝かせた。どうやら、素直に信じたようだ。大人に同じことを伝えたとしても、そう簡単には信じてもらえないだろう。常識とは、固定観念が一般的かもしれないが、大体の場合は長い人生の中で備わっていくものだ。
詰まる所、自分が信じてきたものを他人から言われ、「はい、わかりました」と、そう易々と納得できるものではない。
それはさておき、どんな目標でも心配しなくても良いことをわかってもらえたようである。
ミリアに続いてディビーとユリアもそれぞれの夢を語り始める。
ディビーは、帝都の魔術学園に進学して冒険者として生き抜くための魔法を学び、魔獣を狩る魔獣ハンターをめざしているのだとか。
一方、ユリアは、親の跡を継げるように鍛冶師になる目標と、剣術を極めて道行く商人を襲う盗賊たちを根絶やしにする賞金首ハンターを目指しているとのことだった。ちなみに、ハンターと言うのは、冒険者の中の活動傾向を称して呼ばれる枠組みのことである。
一先ず、ユリアの目標を聞き、ローラはほっと胸を撫でおろすことができた。潜在的魔力量が少ないため、いくら鍛えても魔法士には向かない。潜在能力の通り剣士希望で安心したのだ。これで納得してもらえると思ったローラが、満を持して再度提案する。
「どうかしら。それぞれの目標を合わせると、魔王討伐したら全て解決じゃないかしら?」
(あれ?)
繰り返し再生のように三人とも顔をブンブン横に振っている。これには、ローラも苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「と、とりあえず、いいわっ。わたしの目標は魔王討伐よ。それに協力するかしないかはべつとして、途中までは同じ道を行く仲間だと思わないかしら?」
切り替えの早さは、ローラの長所だろう。ローラの言葉の意味を理解できていない三人を置き去りにして、腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべたローラが無理やり話を進める。
「それに、ほらっ。能力が低いまま達成できる目標じゃないのだから、みんなして強くなる必要があるじゃないの」
「えーっと、まあ、そうなんでしょうけど……」
釈然としないのか、ミリアが口を開くも後が続かない。ディビーとユリアも同様で、何かを発することはなかった。文句が無いのらなと、ローラは自分が考えたシナリオ通りに事を進める。
「だからここで仲間の誓いをしましょう。さぁ、手を重ねなさい」
ローラが右手を出すと、円を作るように集まって素直に三人も右手を重ねた。何が始まるのかも知らぬままに……
「それではいいかしら、わたしがこれから言う言葉を復唱してね。異論は挟まないこと」
「「「はい」」」
うん、良い返事ね、とローラは心の中でほくそ笑む。
「ここテレサ村に集った三人の仲間とローラ・フォン・フォックスマンは」
ミリアに自分の名前を言うようにと目で促す。
「ここテレサ村に集った三人の仲間とパン屋のミリアは」
パン屋はべつに必要なかったけど、とローラは苦笑い。
「ここテレサ村に集った三人の仲間と道具屋のティビーは」
ミリアが言ったものだからディビーも道具屋とつける。
「ここテレサ村に集った三人の仲間と鍛冶屋のユリアは」
家名がない平民である彼女たちからしたら、自分の家の商いがそれに相当するのかもしれない。
「互いに
ここからは三人一緒に、とローラ。
「「「互いに切磋琢磨し己の使命のために努力することを惜しまず」」」
「悪意に脅かされる
「「「悪意に脅かされる敬虔なる民を守るために死力を尽くし」」」
「互いを裏切らずその使命を果たすまで共に歩むことを誓います」
「「「互いを裏切らずその使命を果たすまで共に歩むことを……誓います」」」
(おお、最後三人ともわたしの策略に気が付いて
ニシシと笑い、ローラは作戦通りに物事が進んだことに満足した。
「はい、これをもってわたしたちは義姉妹だから宜しくね。だから、敬語もなし」
「なんか最後ズルいわよ、ローラさ……ローラ」
子供の適応力の良いところなのか、ミリアは様付しそうになるのを堪え、対等な話し方をする。
「えー何よ、ミリア」
「そうだぞ、ローラ」
その誓いが功を奏し、ユリアも呼び捨てでローラの名を呼ぶ。
(これはこれでいい感じね)
思いの外、耳に気持ちよさをローラが感じ目を瞑る。
「でも……」
「ん、でも?」
ディビーが何かに気付いたのか、疑問を投げ掛ける。それに対し、ローラがコテンと小首を傾げる。
「これって、伝承の神々の誓いの一節に似てる……」
「何言ってるのよ、ディビー」
「え?」
ディビーは、気になったことを言ったまでなのだろう。それなのに、ローラからジト目をされたディビーは、訳がわからないといった様子で、間の抜けた声を漏らしたのだ。
「だってわたし神だもん」
魔王討伐よりも――
魔法の
ローラは、事もなげにより衝撃的な真実をぶちまけた。
「「「え!」」」
当然、三人が揃いも揃って目を剥いて驚愕した。
「わたしは、あの『愛と戦の女神』といわれるローラの生まれ変わりよ」
誓いを終えて隠すこともないだろうと、ローラは打ち明けてみたのである。
「「「えええーーー!」」」
その悲鳴にも聞こえる大声に、ダリルとラルフが慌てて駆け付けて来たことは言うまでもない。
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