第15話 女神、のっけから飛ばす

 夜が更ける前、お披露目会はお開きとなった。

 後ろ髪を引かれる思いをしながら退室していく貴族の子息たちを、にこやかに微笑みながらローラが手を振って見送った。大変満足とは言い難いが、最低限の人材を確保できたことで、ローラの機嫌は、比較的良かった。

 

 テレサ村からの出席者は自宅へ帰るだけだが、遠方からの出席者は領主の館に宿泊する。その子供たちだけが、割り当てられた部屋へと先に案内される。


 一方、大人たちは、ダリルの執務室へと移動する。帝国の内政状況や領地経営の話など、政務の打ち合わせと称した第二ラウンドがあるそうだ。


 本来であれば、ローラは貴族の子息たちの相手をしなければいけないのだが、そんなことは知ったこっちゃなかった。ローラの興味は、騎士団加入を受け入れてくれた、ミリア、ティビーとユリアの三人にしか既になく。三人を敷地の正門まで見送り、また明日会う約束をして別れることにした。


 その数時間後。


 入浴を終えたローラは、自室に戻りながら、お披露目会でのことを思い返す。


(予想以上にポンコツばっかだったけど、意外に村の子供で良い子がいて助かったわ。だって、うちって騎士爵じゃない? 変に爵位の高い貴族の子供たちだと面倒じゃないの)


 誰に言い訳をするでもなく、そんなことを思いつつ――


(これから五年はわたしたちで訓練をして、一二歳になれば帝都の学園に行けるし、冒険者ギルドにも登録できるようになる。これからメンバーが増えるかはわからないけど、今のメンバー構成なら魔術学園に進学して、勉強しながら冒険者ギルドで実践訓練が一番の近道かしらねー)


 今後の展望を色々と考えながら、私室に到着したローラは、


「さあ、いよいよ明日から始めましょうかね!」


 と宣言し、そのままベッドに身を投げて睡魔の誘惑に身を任せるのだった。



――――――



 お披露目会の次の日。

 約束通り早速三人に集まってもらった。その場所は、ローラが訓練をしているいつもの修練場。


 そしていつもラルフが立っている位置にローラが立ち、ローラ本来の立ち位置に集まったミリア、ディビー、そしてユリアが動きやすい革製の鎧に身を包み、整列していた。


「おはようみんな」

「「「おはようございます、ローラ様」」」


 ローラの挨拶に、その三人が元気よく返事をし、恭しくお辞儀をした。


(うん、気持ちの良いものね。でも、彼女たちはわたしを崇める信徒ではない。よって、それは不要!)


 三人の様子を眺めたローラは、予め決めていたことを実行することにした。


「そんなに硬くならなくていいわよ。これからは敬語も必要なければ、呼び捨てでお願いね」

「そんな、さすがにそれはできません」


 恐縮しきった表情を浮かべたミリアが、モジモジと身体の前で手を揉みながら前に出た。


(わたしがいいって言ってんだから素直にそうして欲しいのだけれど……仕方がないわね)


 ローラの考えは何処かずれている。いきなりアクセルを全開にしてとんでもないことをぶちまける。


「良いこと、ミリア、ディビー、そしてユリア。これからは、魔王を倒すために精進する仲間なのよ。そのようなまどろっこしいことは止めにしましょう!」

「「「えっ、えぇええっー!」」」


 三人の驚き声が重なる。


「あれ? 言っていなかったかしら」


 ローラの問いに三人とも揃って顔をブンブンと激しく横に振っている。


「そうだったかしら? それでは質問を変えるわ、ミリア」

「はいっ」


 ローラの突然の指名に、ミリアがぴしりと姿勢を正す。


「ミリアは、将来何をしたいの? そのままパン屋の娘を続けるつもり?」


 ふつうに考えたら、「そうです」と、言われておしまいなのだが、ローラは確信していた。騎士団への誘いに乗っている時点で明らかだ。ただ、外れていたらカッコ悪いことこの上ない……


「いえ、そのつもりはありません。治癒魔法を覚えて魔獣によって傷つけられた人々を救いたいです」


 ミリアは両手に拳を作り、力強く宣言した。


(ミリアの見た目とは裏腹に壮大な目標があるようね。でも、神官になった方が……ああ、無理だったわね)


 満足気に頷きながらもローラは、ふと頭をよぎった考えをミリアの特徴を認めて否定する。


 神官になるには、ミリアの出自では難しい。サーデン帝国は、亜人と共存しているためハーフも迫害の対象にはならない。それでも、神官を派遣しているデミウルゴス神教は、ヒューマン以外を神官として受け入れない。


 ローラは、敢えて意地悪な質問をしてみる。


「その人々というのは、どこまでの範囲を言っているのかしら? まさか、このテレサ村だけで満足できるほど、その胸とは反対にちっぽけなのかしら」

「む、胸とそれは関係ないじゃないですか」


 ミリアが胸を隠すように両腕を前に持っていき、身を捩らせた。


(本人は、気にしているのかしら……なんとも羨ましい悩みだこと)


「そ、それに私がそれ以上の人を癒せる力をつけられるとは思えません」


 そりゃあ、今の魔力量はFランクで一〇歳程度の子供の量しかないから信じられないかもしれないわね、とローラもその言い分には一応納得する。それでも、今のミリアの年齢は七歳。Fランクの量でもそれなりに多い方だ。巷で天才と言われる子供が、一〇歳未満でCランクの量を有していることもままある。


 ただ、ローラ的には、そんなのくだらなかった。本当にくだらないと思ったからこそ、言い放つ。


「何よ、ミリア。そんなことを心配しているの?」


 お披露目会で見せたような子供らしさを残しつつも可憐なローラはいなかった。不敵な笑みを浮かべたローラに、ミリアは、人が変わったと思ったに違いない。


「と、当然です。子供のころの能力が基本になるのが常識じゃないですか」


 語気を強めたミリアが、当然のようにローラに反論する。何を仰るのですか! と言いたそうな感じで少しイラついた様子だった。


「それでは、わたしが証明してあげるわ。それ」


 事前動作もなく、何の気なしのローラの掛け声のあとに、ローラが装備した皮鎧の胸当ての辺りに火球が出現した。すぐに先端が尖った細長い形に変形し、飛び去って行く。


 火魔法のファイアアローだ。


 炎の矢は風に揺られる音を発生させながら修練場の壁に衝突した。薄っぺらい壁に穴を穿うがち、少なくない破壊音を発生させた。さらに遠くで小さな破壊音がもう一度鳴る。


「ほらねっ」


 またもや不敵な笑みを浮かべたローラだったが、ミリアたち三人は、ローラの表情など見ていなかったのだった。

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