第11話 女神、お披露目会に参加する

 デミウルゴス神歴八四一年、二月二二日、維持――ローラの曜日。

 一か月が過ぎるのは、あっという間だった。今日は、待ちに待ったローラの七歳の誕生日。


 本日の最優先事項は、お昼過ぎに開かれるローラのお披露目会なのだが、ローラは目下ある者たちから逃げ延びなければならなかった。


 そろりそろりと壁伝いに背をつけ、廊下の先を窺う。


「あっ……やばっ!」


 ローラを追ってくる猛禽類のようにキランと茶色の瞳を輝かせたモンスターの一人と目が合ってしまった。


「セナ様見つけましたわっ」


 セナに報告したのは、メイド長のマリナである。


「早く取り押さえなさい、マリナ!」


 セナも碧眼をぎらつかせ、すかさず指示を飛ばす。


 しかし、そう簡単に捕まってやる気もないローラが悲鳴を上げながら逃げる。


「うぎゃぁああー!」


 数日前、お披露目会の衣装合わせを口実に、二人はローラのことを着せ替え人形のようにして楽しんでいたのである。ローラにとっては、それはもう二度と味わいたくないほどの苦痛だったのだ。


「ああ、その流れるような金髪、まるで妖精のようですわ」

「でも、ツーサイドアップにした方が時折揺れる様が可愛らしいのじゃないかしらっ」

「それもいいですわね、セナ様」


 セリフだけ聞くとまともな内容だが、


「その目が怖いのよぉー!」


 と脚に速度上昇の身体強化魔法、アクセラレータを掛けてローラが死に物狂いで逃げる。


 が、


 突然、ローラの目の前にマリナが姿を現した。


「むぎゅっ」

「捕まえましたわっ!」


 ローラは、あっけなくマリナに取り押さえられてしまった。


(苦しぃー助けてぇー)


 マリナの胸に抱きとめられる感じで捕まえられたため、マリナの大量破壊兵器のような胸に顔が埋もれ、ローラは呼吸が出来ないでいた。一度捕まってしまうと、七歳の子供が大人に勝てる訳もなく、素直に連行されるしかない。メイド長のマリナは、セナの侍女でもあり、一通りの身体強化魔法が使えるのだ。この二年間の訓練で大分力がついてきたローラでも、まだまだのようだった。


 案の定、数日前と同様に着せ替え人形のように遊ばれ、


「お披露目会まで体力がもつかしら?」


 と考えながら早くその時間が来ることを願うローラであった。



――――――



 数時間が経ち、お昼を回ったころ。

 お披露目の会場であるサロンは、既に招待客で埋め尽くされていた。


 そのうちの一人、ヴェールターが周囲を見渡す。招待客同士、互いにある話題で持ちきりでがやがやと騒がしい。当然、その話題というのは、ローラのことだった。


 七歳のお披露目会を機に社交界デビューとなるのが慣例ではあるものの、ふつうはその前にも他の貴族たちの集まりに連れて行ったりする。それにも拘らず、ことローラに関して言うとダリルはそういった活動を一切してこなかった。そのような催しの際は、もっぱらモーラやテイラーを連れており、ローラは必ず留守番で、未だヴェールターは彼女に会ったことがない。


 それなのに、ダリルやセナが話す内容が、


「ローラには魔法の才能がある」


 だとか、


「目に入れても痛くない可愛さだ」


 と、いった親バカ全開の発言をするものだから、よっぽど可愛いのだろうと噂ばかりが先行しているのだ。


 そして、今回のお披露目会の招待状に、「進学前の子供がいる家は、必ずその子供を連れてくるように」などと招待状に書かれていれば、嫌でも期待をしてしまう。その招待状には、子供と書かれていただけで子息とは一切書いていない。それでも、大人たちは遠回しの表現と受け取り、男子の子供がいる親は張り切って参加している。


 結果、騎士爵の次女のお披露目会にしては、婚約者探しの噂が相まって異例の数の上級貴族・・・・が参加することとなった。


 フォックスマン家は、騎士爵で貴族の最下位・・・である。それでも、ダリルの功績により騎士爵にしては異例の領地持ち。しかも、帝国近衛騎士団の団長という要職を務めたこともあるダリルは、個人的に皇帝陛下の話し相手をするほど、皇帝アイトルに気に入られている。公式な場では、互いにその素振りを見せない。それでも、それは周知の事実であり、それなりに発言権が高いことも知られている。


 詰まる所、政治利用のための駒として、格上の貴族にとってフォックスマン家との婚姻は強力なカードとなる。そんな打算的な思惑をもって上級貴族たちが参加しているとは、ダリルも全くの予想外だろう。


「ふむ、年頃の息子がいないのは残念だが、果たしてダリル卿は一体どういうつもりなのだろうか……」


 人知れず呟いて、胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。もう間もなくだ。



――――――



 実際、サロンの扉の隙間からその中を覗き込んでいるダリルは、


「どうしよう、セナっ。ガイスト辺境伯は、村が所属している派閥だから良いとして。なぜ宰相のクニーゼル侯爵閣下がいらしてるのだ! うわっ、北方のベルマン伯爵もいるじゃないか……」


 とセナに泣きつきそうな勢いであった。


 そのセナは、ダリルの説明を聞きながら相槌を打つことしかできない。


「あれが、ベルマン伯爵? 熊の獣人なんてはじめて見たわ」


 といった感じだ。


 貴族社会のお披露目会では、来る来ない関係なく招待状を全貴族に送る義務のような仕来りがある。そのため、ダリルとセナがサロンの扉の隙間から参加者を確認をして、思いもよらない人たちの参加に驚いているというのが、今の構図だ。


 そこへ、今回の主役であるローラが近付く。


(全く落ち着きがないわね……それにしても、子供たちは集まったのかしら)


 少し離れた位置にいても、ダリルたちの会話が聞こえていた。ただ、家名を聞いたところでローラには状況が全くわからない。


「どうしたのお父様? あまり子供が集まらなかったの?」


 ローラの不安そうな声音にダリルが振り向き、今の状況を教えてくれた。 


「いや、凄い人数が集まっているよ。ただ、離れた領地からの参加も多いから、ローラの騎士団に入ってくれるかは話次第になってしまうだろう」

「そうなんですね。わかりました、お父様」


 とローラは表面上では簡単に返事を済ませるだけに止める。


(なーんだ。そればかりは、仕方ないわ。今後も考えているから、領地関係なくじっくり見させてもらうから)


 ある程度予想がついていたローラは、それほど深刻に思っていない。


(それにしても、参加者の事前確認位しっかりしなさいよっ! そんな当たり前のことができないなんてダメダメのダメね)


 再び扉の隙間から覗き込んでいるダリルへと、ローラが呆れた視線を向けて嘆息する。


 それから数分後、開始時間になり扉が開かれた。いままで騒がしかった会場は、それを手始めに少しずつ静まっていく。


 先ずは、透き通るような碧眼と同じような水色のドレス姿のセナと、軍服にも似た詰襟つめえりの黒を基調にした貴族服のテイラーが腕を組んで先に入って行く。扉から真っすぐ進むと、サロンの一画に一段高くなった壇が設けられており、そこに椅子が四脚並べられている。そこまで進んだセナとテイラーは、両端に別れ来賓の方へ向き直る。


 それを見届け、ローラの番となった。


 ダリルの腕を掴んで並び、ローラが静々と会場の中へと入って行く。


「「「「「「おおぉー……」」」」」」


 ローラの姿を確認した参加者から、次々にため息にも似た驚き声が聞こえてくる。


 ローラは、セナと同じような水色のドレス姿なのだが、所々金糸で刺繍が施されており、胸元には帝国カラーである真っ赤な魔法石とミスリルの台座であしらえられたペンダントが輝いていた。


「あれは、ダリル卿が自慢するのも頷けるな」

「そうですな。あの輝く金髪に透き通るような碧眼は、ドリーセン伯爵のセナ嬢譲りだな。美しい」

「いや、あの凛々しい顔立ちはダリル卿に似ている。七歳とは思えぬ美貌だ」


 そんな感じで、ローラに対する賞賛しょうさんの声がサロン中から聞こえてくる。


(あらあら、そんなにまじまじと見られたら恥ずかしいじゃない)


 当のローラはまんざらでもない。自分に向けられる賛美さんびする声に、ローラは柄にもなく壇上で頬が熱くなるのを感じて俯く。その初々しいローラの姿に、またもや感嘆の声が発生する。が、ローラにとっては戦場のつもりで挑んでいる。


 さあ、いよいよね、とローラが気を引き締める。


(せっかく良い子を見つけても、わたしとじゃ無理と言われたら嫌だもん)


 挨拶の内容は、色々と考えた。子供らしさを残しつつ、でも真剣に伝える。


「あー、良い子がいると良いな」


 と誰の耳にも届かない程度の呟きと供に、参加者の顔を女神の祝福の笑みで見渡すローラであった。

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