第12話 女神、笑顔で祝福を与える
お披露目会の会場であるサロンは、静かな興奮に包まれていた。
どうやら、ローラの可憐さが、来賓の期待の遥か彼方を行っていたようだ。熱に浮かされたみなの視線がローラへと集中し、ローラが笑い掛ける度に揃いも揃って感嘆の吐息を洩らす大人や子供たち。
(む、これは面白いわね)
反応を楽しむようにローラが微笑んだり、真顔になったりを繰り返す。何をやっているのだという突っ込みが入ることはない。会場の様子を眺め、ダリルが満足そうにひとしき頷くが、とんでもない。
きっと、「ローラが可愛いのがわかっただろ。だが、そんなに見つめるんじゃない!」といったとこだろうか。
最初はにこやかに微笑んでいたダリルも、次第に頬を引くつかせて我慢ならずにといった様子で一歩前へと出る。ダリルがローラよりも前に出たことで、周りの視線の行き先が変わる。視線が移ったのを確認したダリルが、咳ばらいを一つ。
「えー、本日は遠路はるばる我が愛娘ローラのお披露目会にご列席賜り、誠にありがとうございます。今回招待状に書かせていただいた一節につきましては、このあと、ローラから話をいたします故、宜しくお願い申しあげます」
ダリルが胸元へ指先を揃えた手を当て、騎士とは間違った貴族の礼をして話を締めた。ダリルの言葉を聞き、会場が
ダリルに促され、ローラも一歩前へ出る。
喉を鳴らす音があちらこちらから聞こえ、時が止まったように静かになる。ローラの言葉を聞き漏らすまいとしてのことだろう。ローラは、自分へと集まる視線を十分に意識するように辺りを見渡してから、深呼吸をする。
(さっそく、みなのものひれ伏せっ……じゃなかった。わたしは女王様キャラじゃないのっ! ちょっと……やってみたいけど……)
瞼を落とし、コホンと小さく咳払いをしたローラが、気持ちを切り替える。再び深呼吸をして覚悟を決めた。透き通る海色の双眸があらわになる。
「春の気配もようやく整い、心浮き立つ今日この頃、晴れてわたくし、ローラ・フォン・フォックスマンは、七歳の誕生日を迎えることができました。これもひとえにみなさまの厚いご助力に因るものと信じてやみません。されど……」
優美なソプラノの声が観衆の耳を心地よく撫でる。皆が聞き入るように男女を問わず頬を染めていた。ローラは敢えて一呼吸挟み、次の言葉へと意識を向けさせる。
「されど、わたくしは、このまま守られているだけでは駄目だと気付きました。勇者様たちが魔族たちによって討たれた今。魔獣たちが活発化するのは目に見えております。よって、愛する民のためにわたくしは……」
身体の前で重ねていた両手を胸の高さまで持っていき、ギュッと握る。民のことを思い心を痛めている悲痛な表情も忘れない。
「わたくし、ローラは、ここテレサ村を拠点とした騎士団を立ち上げます。本日お集りになられたみなさまの中に、賛同していただける御子息および御息女がおられましたら、是非ご協力賜りたく存じます……長くなりましたが、わたくしの挨拶は以上で御座います」
ドレスの裾をつまみ、左足をすっと引いて優美な礼をして仕上げをする。
(うーん、こんなもんかしら)
スピーチに手応えを感じながら面を上げる。
(ん、どうしたのかしら?)
顔を上げ会場を見渡すと、誰もがみな固まっている。
「ローラぁああー!」
涙を浮かべて歪んだ顔のダリルが、ガバっとローラに抱き着いて頬擦りをした。
(うわっ! なによダリル。こんなみんなのいる前で抱き着かないでよ)
必死に腕で押しやったがびくともしない。
「うぉぉぉおおおー!」
鼻水と涙を流し叫んでいて、めちゃくちゃになっている。釣られたのか、セナとテイラーも涙ぐんでいた。
(あれ?)
どうにかダリルの抱擁から抜け出したローラが、再び会場を見渡すと、
「うぉぉぉおおおー!」
だとか、
「息子よ参加するのだっ!」
などと、サロン中が歓声や賛同の声で包まれていたのである。掴みは上々だろう。いや、期待以上だった。
(あっ、ごめん、ポンコツはいらないのよ。才能ある子だけ選ばせてもらうから)
当のローラは、この場を盛り上げておいて、心中はヒドク冷静なのだ。ローラの挨拶もとい騎士団員勧誘からローラコールが鳴りやまず、会場が静まるのに大分時間が掛かった。
「騎士団と申しましても、子供のころから自衛の力を身に着けようという程度ですから。みなさまその程度でご認識ください。それでは、乾杯!」
ダリルが補足をして乾杯の音頭をとる。
「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」
(何を言っているのかしら? わたしはいたって真面目よ。さーて、これから宝石の原石を見つけなければ)
ローラの神眼は、現在のステータスの他に成長限界も見抜くことができる。生物には、それぞれ適正というものがあり、本来の適正と違うことをいくら鍛錬しても成長限界を超えて成長することはできない。ローラがいるファンタズムの人たちは、ステータスという物をどうやら知らないらしい。となると、自分の適性に気付かぬまま適正な訓練をしない、というよりできない。
結果、得意分野の成長限界を迎えることなく生を終える者が大多数を占める。
そこでローラが考えた今回の目的は、適性を覗き見てその成長限界のランクが高い人間を集め、魔王討伐の人材を育成しようというものである。
はてさて、黒を基調とした豪奢な貴族服を着たおじさんがローラの元へ近付いてきた。
「ローラ嬢、素晴らしい挨拶だったね」
「ありがとうございます」
「私は、クニーゼル侯爵ヴェールターと申す。サーデン帝国の宰相をしておる」
(あら、そんなお偉いさんが来てくれるなんて、意外とダリルって凄いのかしら?)
失礼が無いようにローラは、貴族様式のお辞儀を返した。すかさずダリルも参加する。
「クニーゼル閣下、よくぞお越しいただきました」
「卿も良い娘を授かったものだ。このことは皇帝陛下にも伝えておくよ。生憎、私には年頃の息子がいなくてね。団員として力にはなれぬが、資金面で必要であれば申すように」
「はっ、勿体なきお言葉、痛み入ります」
(へー、子供の考えたことに国のお偉いさんが真剣に対応してくれるなんて、この国も良いところあるじゃない)
二人の遣り取りを見ながらローラは、サーデン帝国のことを見直すことにした。「これなら資金提供してもらって極貧村を抜け出せるかしら?」と考えたりもしたが、今回の目的はそれではないため、ローラは、子供がいないといったヴェールターへの興味を完全に失っていた。
ささっ、次へ行きましょ、とローラがダリルのことをチラッチラッと見て、あからさまな態度を取る。
子供であったとしても、本来であれば決して許されないのだが、ヴェールター宰相は、苦笑いして、「また後ほど」とダリルに言って壇上から降りて行ったのだった。
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