第10話 女神、お披露目会に期待する

 ローラが危惧していた突っ込みが入ることはなかった。と言うよりも、長い沈黙がその場を支配していた。てっきりローラの提案を受け入れたのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。


 ラルフから視線を切ったダリルが瞑目めいもくし、思案顔を浮かべたのだ。ローラだけではなく、その場にいる全員が肩透かしを食らい、怪訝な視線をダリルに向けていた。


 ダリルから直ぐ右手前に座っているテイラーは、どちらかと言うと状況をよく呑み込めていない様子だった。彼のその様子は、仕方がないことだろう。彼は次期当主ではあるものの未だ一一歳である。ローラの話は難しすぎた。


 さすがの今回は、セナが何かを言うこともなく、ダリルが決断するのをただただ静かに待っている。セナも親バカなのはみんなと変わらないが、ローラは彼女のことをフォックスマン家の唯一の良心と思い、一目置いている。


 だからと言う訳でもないが、じれったい思いをしながら、ローラも辛抱強く待つことにした。


(ラルフが監督してくれるって言ってるんだから、さっさと決断しなさい!)


 あとは、この飛び切りの親バカ、ダリルがローラのことを手放す決心をすればいいだけだった。帝都へ送り出す決心ではない。ローラのこととなると、ダリルは周りが見えなくなってしまう。それは、過保護を通り過ぎて、ローラがただただ不自由をしているのだ。


 ローラが力の一端を見せてからは、訓練に毎回ついてくることはなくなった。それでも、親バカ加減は一向に治まらず、ローラが籠の中の鳥状態なのは変わらなかったのだ。


 それからしてようやく、その静寂を破るかのように重く長いため息をダリルが漏らす。


「……そこまで考えていたのか」

「子供は私たちの知らない間に成長するものよ、ダリル」


 そうね、と言うようにすかさずセナが微笑んだ。


 その様子をチラッと見てからダリルはいった。


「うむ、そうだな。それなら帝国のためにもなるし、このテレサ村の発展のためにもなるな」

「ダリル、それで良いのではないかしら?」


 幾ばくか二人が見つめ合う。その様子を固唾を呑んでローラが見守るが、あっという間だった。


「よし、決めたぞ。それなら来月のお披露目会に必ず子供を連れてくるようにと招待状に書き加えよう」


 その言葉を聞き、ローラはホッと胸を撫でおろす。


(うわぁ……なになに! 目で会話したってことかしら? うぅーん、やっぱりお母様はさすがだわ!)


 家族会議の結果、今回も皇帝への報告はしないことになった。


 そして、来月催されるローラのお披露目会に参加する際、進学していない子供がいる家は、可能であれば連れてくるようにと、招待状に書き加えることとなった。



――――――



 自室に戻ってきたローラは、窓際の椅子に座り、頬杖をついて空を見上げる。開け放たれた窓の外から冬の冷たい風が吹き込み、ローラの頬を撫でる。思わずぶるっと身を震わせる。


「それにしても、あっさり勇者たち死んじゃったわね……あのテイラーのおっさんやデミウルゴスのじじいは何を考えているのかしら」


 自分の上司である英雄神と更に上司の創造神の名を出しながら一人考える。


「これは下界に降りたわたしへの罰なのかしら……それとも別の思惑があるのかしら……」


 ステータスを確認しても、種族の欄は変わらず「堕ちた女神」のままだ。いくら考えても二柱の考えがわからない。


 わたしは邪神なんかじゃないわ! と必死に否定するも、こうも連絡がつかないままだと、適当女神だったローラであってもさすがに不安が募る。


 ともなれば、


「はぁ……これならちゃんと女神をやっているんだったわ……」


 と今更ながらに弱気な発言をする。


 が、


 そこは天使からも、「適当女神」と揶揄やゆされるほどマイペースなローラだった。


「あぁああー考えても仕方がないわね。こうなったらお披露目会に期待するしかないわっ。理想は一〇〇人集めたいけど、最悪は冒険者にでもなって世界中から使えそうな人間を集めようかしら」


 勇者がいたときは、のんびりやれば良いかなと考えていたが、勇者亡きいま、そう悠長ゆうちょうな事を言ってはいられない状況になってしまった。


 来月開かれるお披露目会に期待することにしようとローラは心に決め、そっと窓の扉を閉じるのだった。

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