第09話 女神、代替案を提案する
ローラが問題を起こすたびに恒例となった家族会議は、例の如く食堂で行われた。ただ、今回に限り、ローラが何かをした訳ではない。
それは先月の出来事。
デミウルゴス神歴八四〇年一二月――異世界より召喚された勇者四人全員の死亡が確認された。
その実、亡骸が確認された訳ではない。戦闘があった一帯は、大規模魔法により無数の骸が散乱する凄惨な状況だったと聞く。十中八九、中級魔人による攻撃魔法であると断定され、勇者が没した今、大陸の各国が戦力を持ち寄り、魔族に対抗すべく準備を急がねばならない状況に陥っていたのである。
今回の議題は、ローラのスキルを帝国に報告するか否か――
先ずは、当たり障りのないことからダリルが触れる。
「やはり、聖女様の力が弱かったのだろうか」
勇者パーティーが全滅した理由として、聖女の力不足を指摘した。
召喚された勇者たちは、元からの高い身体能力の他に、聖女からの加護を受けて更ならる力を得ると言われている。今代の聖女オフィーリアに勇者召喚の神託が下りたのは、彼女が八歳という若さだった。ともなると、力が十分ではなかったのではないかと、まことしやかに囁かれているのだ。
が、
(はっ、そんな訳ないじゃないのよ!)
聖女の正体を知っているローラが鼻で笑いたいのを必死に我慢する。普段空気を読まない彼女であっても、さすがの今回はその空気を読んだ。
「それよりも私たちの娘をどうするか、よ」
「うむ、そうだったな。ローラはどうしたい」
真剣な面持ちのダリルがセナから左へ視線を移し、もう間もなく七歳になろうとしている娘に意志を確認するように尋ねた。
「お父様、それって絶対なのですか?」
ローラの考えは相も変わらずで、国に縛られるつもりはない。できれば自由にさせてほしいのだ。自分で決めていいのならなおさらである。
「絶対ではないが、やはり帝国騎士の務めとしては栄誉ある話だと思うのだが」
「それはお父様のご都合であって、わたしには関係のないことですよね?」
ダリルとしては、帝国に報告すべきなのではないかと悩んでいるようだ。それでも、ローラの年齢は来月でやっと七歳。しかも騎士ではない。ローラがそう言い返したのも道理だろう。
「ローラよ。それでは騎士学校に行っているモーラ姉さんに悪いぞ」
既に一三歳のモーラは、帝国騎士となるために去年からサーデン帝国の帝都サダラーンにある帝国騎士学校に進学している。
「わたしは、騎士のことを否定している訳ではないのです。わたしのこの目があれば、魔力のオーラからその人が強くなるかどうかがわかるのです」
自分の目を指で指し示しながらローラが、唐突にそんな説明を開始した。
「魔法眼はそんなこともできるのか……」
と感心したように唸るダリルに対し、
「それは私も聞いたことないわよ――」
とセナが、驚いたようにローラを見やる。
(いや、そんなのわたしも知らないわよ。テキトーよ、テキトー)
ダリルとセナの訝しむ視線を受けても、ローラの心中は至って冷静である。
「でも事実です」
と自分のスキルが神眼であるため、魔法眼のそれっぽく言ってみただけだった。それ故に、ダリルとセナが困惑したのも仕方がないことだろう。伝承だけで実際の能力を知る人なんていないのだから、「ばれやしないわ」と思っての発言だった。ローラの適当な性格も相変わらずである。
「それでね、お父様。わたし考えたのです。今度のお披露目会のときに、この村の子供も来るでしょ? それで、強くなりそうな子を集めてわたしの騎士団を作りたいのです」
この世界の貴族は、七歳でお披露目をして公式に社交界にデビューするらしく、ローラはそれを機に本格的に活動を開始すると決めていた。
「騎士団?……そんなのを作ってどうするんだい、ローラ」
「このまま魔獣が増えればこの村だって危険になると思います。それに、お父様だって必ずこのテレサの村にいるとも限らないではないですか。それなら、騎士団を作って村の防衛をしたいのです」
「それは確かにそうだが……ローラがする必要はないだろう」
ダリルはローラの話を聞いて理解を示したが、納得してはくれなかった。ムッとしたのが表情に出ないように堪え、ローラが食い下がる。
「でも、現状のままでいいはずもないと思います」
このときのローラの心情としては、いいからうんと言いなさいよ、と毒を含んでいた。
「いや、そうでもないぞ。人口も増えてきたし、そろそろ拡張を考えている。それに伴って従者以外から自警団を募るつもりなんだ」
ダリルの言う通りだ。二年前までは一〇〇人にも満たなかったテレサ村の人口は、開拓が進んだことで自給自足できるまでになっていた。そして、南に位置する敵国であるバステウス連邦王国との不可侵が締結され、国境にほど近いテレサもようやく安全と言える環境になったのだ。そうした諸々の良い条件が重なり、今では倍の二〇〇人にまで人口が増加していたのだった。
(いやいや、そんなのは知っているわよ……でも、そうじゃないのよねー)
ローラがダリルに冷たい視線を向けそうになるのを必死に堪え、切に願うような儚げな表情を演出する。
「お父様……それは、現状の話ではないですか。わたしは、わたしは未来を見据えての話をしているのです」
将来そのまま帝国に仕官しても良いし、冒険者になって村周辺の魔獣を狩っても良いとローラは説明を加える。実際、帝国に仕官するつもりはないのだが、そうでも言わないと納得してくれなそうであったため、適当な理由付けである。騎士団と言ったのもそれに起因している。べつに防衛団でも、自衛団でも名前は何でもよかったのだ。
「うむ、そこまで言うなら……」
「ええ、私が監督しましょう」
ダリルが頷きながらラルフを見ると、ラルフが分厚い胸板をバシンと拳で叩いて快活に笑った。どうやら、ローラの試みは成功したようだ。
ただそれも、来月にはローラの年齢が一つ上がるとはいえ、たったの七歳。その考えは子供らしからぬもので、なぜ誰もそこに突っ込みを入れないのか不思議でならない。そうは見えないかもしれないが、当のローラは内心、どこでそんな突っ込みが入るかハラハラドキドキしながら待ち受けていた。
まあそれも、杞憂に終わったのだから喜んで然るべきだろう。
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