第04話 女神、はじめて家族会議に参加する
フォックスマン家の修練場。
で、どうなのよ? 戦闘訓練の許可をくれるのくれないの! と、ローラがヤキモキし出したころ。
「ローラ、ああ俺の可愛い娘よ。ローラはそんなこと気にしなくていいんだよ。ローラのことは父さんが守ってあげるよ」
ダリルがギュッと腕に力を込めて抱きしめたことで、ローラの口がダリルの胸で塞がれる。
「私だって」と、モーラが言えば、「僕も守る」と、テイラーも宣言する。それに続き、ラルフが、「わたくしめもお守りいたします」と、その場に
「ぐ、ぐるしぃ……」
唯一自由になる両足をバタつかせる。それにやっと気付いてくれたダリルが腕を緩める。
「おお、ごめんなー、ごめん。ローラ、大丈夫だ。みんなで守るから気にしなくていいんだぞ」
いや、だからそれは聞いたって! と深呼吸をしながら、それでは困るローラが必死に頭を回転させる。
(ふむ、ちょっとやりすぎたみたいね。それなら、奥の手よ)
抱きかかえられた姿勢のまま腕を伸ばしたローラが、ダリルの頬をぺちぺちと叩いてから、目元に涙を浮かべて言い放つ。
「おとうさまなんてだいっきらいっ!」
全然奥の手でも何でもない。ただ単に子供が駄々をこねただけである。が、それは予想以上に効果
(そこはさすがというべきか、なんというか……)
ダリルの様子に感心しながらも、ラルフの足元に抱き着き、右手を伸ばす。ローラは、ダリルが崩れ落ちたすきに抜け出し、自由の身となっていたのだ。
おやっ、といった感じで目を見開いたラルフが、腰を落としてローラを抱きかかえ、
「ローラ様泣かないでください。ほーら、よしよし」
と甘やかすようになだめてくる。
抜け目ないローラは、敢えてダリルに聞こえるような大声で、
「ラルフだーいすきっ」
と言ってラルフの胸元に顔を埋めるのだった。
これでラルフは一瞬にして陥落し、ローラの味方となってくれること間違いなしだ。
――――――
修練場での茶番のあと、食堂で家族会議が開かれることとなった。
食堂の真ん中には、一〇人掛けの長方形のテーブルがある。家の主が上座に座るのが通例で、右と左を交互に行くほど、継承権が下がっていく。腕を組んだダリルが座っているのは、当然、入り口から一番奥の短辺の席。
「俺は反対だ。ローラに剣なんてものは似合わない。ローラには、もっと女の子らしい裁縫とかお菓子作りが似合う」
ダリルが眉間に皺を寄せ、真剣な表情で断固拒否といった姿勢を崩さない。
あらあら、騎士がそんなこと言っていいのかしら、とローラが思ったのも束の間。
「それなら、私はどうなるのかしらお父様?」
とダリルの左手前に座っているモーラが、キッと怒ったようにダリルを見た。
(ほら、言わんこっちゃない)
遠く離れた位置からローラが、楽しそうに二人の遣り取りを見守る。
「それは……アレだよ、モーラ」
「答えになっていません!」
たじたじのダリルに
(そーだぁそーだぁー)
心の中では大はしゃぎしているが、表面上はポーカーフェイスを守ってローラが頷く。
「それはだな……」
尚も言い訳をしようとダリルが口ごもると、ローラの左手に優しく右手を添えてきたセナが、ダリルへと問い掛ける。
「ダリル、私はローラのしたいようにさせるべきだと思うのだけれど、どうかしら?」
セナはダリルとは反対側の短辺席に座っており、ローラと同じ碧眼を真っすぐダリルに向けている。思わぬところから、賛成の票が入り、ローラが
実のところ、ローラは、ラルフに期待していた。そのラルフがこの家族会議に参加しておらず、内心焦っていた。ラルフがローラの味方をすることを見抜いたのかどうかは不明だが、ダリルが他の仕事を指示したのだった。
セナが味方になってくれたのは、ローラにとって良い意味で誤算だった。
「セナは、反対すると思っていたが」
組んでいた腕を解き、テーブルに両手を置いたダリルが、ため息混じりにそう漏らした。
(しゃくだけど、わたしもそう思ったわ、うん)
ローラが、ダリルの言葉に頷いてから、セナに視線を戻すと、すぐに理由が語られる。
「だって、理由を聞いたら駄目とは言えないわ。あの時、私は自分の無力さを恨んだわ。護衛に守られるだけで、自分の身すら守れない無力さ……あれは、絶望などと簡単な言葉では言い表せられない」
「セナ……」
セナの告白にダリルは、言葉を詰まらせた。
(そっか、お母様はあのときそんなことを想っていたのね)
ローラは、憑依しようとして結果は失敗したが、あのときセナを助けようとして良かった、と嬉しくなり、セナを見つめる目頭が熱くなるのを感じた、ような気がした……
感情に疎いローラにとって、セナの話を聞いて本当に感動したかどうかは、ローラ自身でも判断がつかない。
「それに、一度は了承したのでしょ?」
儚げな声音から一転、ビシッとした口調でセナがダリルを追い詰めるように言い放った。
「い、いや、あれはだな……」
「フォックスマン家の当主たる者が言い訳ですか?」
これには、ダリルも口を開けかけて完全に閉じてしまった。
(いいぞー、もっと言っちゃえー)
しんみりした雰囲気からダリルを責める展開となり、ローラはウキウキして、心の中で右腕を上げてセナを応援した。
結果、ダリルは折れた。
「わかった……ただし、条件がある。ローラが稽古する時は、必ず俺も立ち会う」
条件付きではあるものの、当初の計画通り訓練を行えるようである。
「ありがとうございます。おとうさま、だーいすきっ」
ローラはローラで、思ってもいないことをサラッと言う。さらに、胸の前で両手を握ってとびきりの笑顔を作る。ダリルが喜ぶと思ってローラが、わざわざはにんかんだのだが、内心では心配だったりする。
(ここまでやればもう大丈夫かしら?)
笑顔を貼り付けたままローラが、ダリルから視線を外さずに答えを待つ。
「やっぱり、だ「ダリル!」……なんでもない」
ピシャリとセナがダリルの二言を許さない。
(おっと、危ない。お母様ナイス突っ込み。これで、心置きなく訓練を始められるわね。さあ、これからが楽しみだわ)
はてさて、ローラは自らの力で先に進むべく、行動を開始するのだった。
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