第20話 おかしいです……(凛視点)



 ――クラス対抗の体育祭。


 私が出場している競技はバスケです。

 ほぼ全ての種目に参加をする予定の私ですが、今はその一回戦。

 全ての試合は、トーナメント形式ということもあり、応援する方々の熱も入り、非常に重要な一戦となります。


 何故なら、負けてしまえばそれで終わり。

 体育祭の二日間がある意味、暇になってしまいますから……。


 だから、余計に盛り上がるというものです。

 まぁ他にも文化祭での出店優先が認められるなどもあるようですが。


 とにかく。

 そのような理由から、私は負けるわけにはいきません。


 理解しているのに、何故でしょう?

 今日の私は……イマイチ思い通りの結果になりません。


 なす事が全て裏目に出てしまいます。

 そう、今みたいに——。




「あ~っ! また若宮さんが外した!!」




 私のシュートがリングから外れると、そんな声がギャラリーから聞こえてきます。

 呼応するように周りが騒ぎ出し、「なんでなんで!?!?」とはやし立てていました。


 同じグラスの人も、違うクラスの人も口では「どうしてだろう?」、「珍しいね〜」と不思議そうに言うのに、目はキラキラと嫌な輝きを放っているように、私には見えてしまいます。


 ……少しは静かにして欲しいです。


 普段はそういった雑音は気にならないのに……今日は嫌ってぐらい頭に響いていました。


 自分でも…………わかっていますよ。

 さっきから、足を引っ張っていることぐらい。

 私のせいで負けそうだってことぐらい……わかってます。


 ——どうしてこんなに暑いのでしょう。


 まるで砂漠の中を歩いているかのように、息が上がり喉が渇きます。

 妙な焦燥感と感じたことのないような苛立ちが、何度深呼吸をしても落ち着いてくれません。


 ――視界が狭い。

 ――気が散る。


 なんで?

 どうして?

 こんなこと今までなかったのに……!


 私はクラスメイトからボールを受け取り、ドリブルをするとあっさりとボールを奪われてしまいました。

 そのままシュートを決められ、更に点差が開きます。


 体育祭は普通のバスケの試合みたいな時間をとってくれません。

 一試合20分という短い時間です。


 だから、時間的に追いつくのが厳しくなりつつあります。

 それが分かっているからこそ、私がどうにかしなければならないのに……。


 翔和くんが応援に来ていないから、調子が出ない?


 いいえ、違います。

 私にはそんな甘えはありません。


 応援して欲しい気持ちは勿論あります。

 朝に目撃したものが、私を揺さぶっているというのあります。


 けれど、自分の仕事を頑張る彼に迷惑をかけたくはありません。

 だから私には、そんな動揺は瑣末な問題の……筈。


 私の目標——試合が終わった後に「私、活躍しましたよっ!」と笑顔で報告して……そして、褒めてもらう。

 頭を撫でてもらい「凄いね」、「頑張ったね」って言ってもらえれば、それだけで満足です。


 そう思って、気合いを入れたのに。

 どうしていつも通りのことが出来ないのでしょう。



 私は味方からボール受け取り、ドリブルでディフェンスを押し込みます。それから、ドリブルを止めバックステップをしてからジャンプシュートを打ちました。


 慌てる相手のディフェンス……こうなれば、届きっこありません。

 私はフリーの状態で、余裕を持っています。

 だから、ハズレるわけがない。


 けれど……私のシュートは、またしてもリングに弾かれてしまいました。



 歓声とは、違う盛り上がりを見せる体育館。

 床には、ボールが寂しく転がりました。



 ……どうして。

 どうして、また?



 疑問が拭えません。

 足は鉛がついたように重たく、心なしか身体にも気怠さがあります。

 水中を走っているような抵抗感が、私に覆い被さっていました。



「なぁ、あいつって」



 そんな声と共に騒がしかった体育館が少しずつ歓声とは異なったどよめきに変わってゆきます。

 私は、気にしないようにしてボールを拾おうとすると、目の前で誰かに拾われてしまいました。


 慌てて顔を上げると——



「ほら、凛。ボールだよ」



 大好きな彼の姿が私の視界に飛び込んできます。

 頰を書きながら、不器用な笑みで微笑みかけてきました。



「えっと、その、ありがとう……ございます」



 さっきまでいなかった翔和くんの登場に、私は言い淀んでしまいます。

 来てくれたのは嬉しい……。

 けど、その反面——苦い気持ちです。


 こんな姿。

 彼には見せたくなかった。


 カッコ悪くて、情けなくて、私らしくない。

 そんな姿を——。


 だから私は、ボールを受け取るとすぐに背中を向けました。



「では……試合に行ってきますね」


「ちょっと待て。忘れ物」


「忘れ物? そんなのありました——きゃっ!?」



 疑問に思いながら振り返ると、私の頬に冷たいものが当たります。

 突然のことに驚き、悲鳴をあげると視線がより一層、私たちに集まってきました。


 好奇の視線、妬みの視線、呆れた視線……そんな様々な目が、私と翔和くんを見つめます。

 さっきまで騒がしかったのに、この場所だけは時が止まったように静寂が訪れました。


 翔和くんは、手に持った氷が入った袋を気まずそうに後ろに隠します。

 それから「この対応はやらかしたな……ははは」と顔を引き攣らせていました。


 その顔とこの雰囲気が可笑しくて——



「ぷっ……あははっ……」



 と、思わず笑ってしまいました。



「笑うなよ……ったく」


「笑っちゃいますよ。沈黙が面白くなってしまいました」


「いいから……ってかほら。試合止まってるから……行った行った」



 翔和くんは手をひらつかせ、私に戻るように促しました。



「後で、昼飯食べような……。緊張で力むなよ、凛なら大丈夫だから」



 翔和くんはそれだけ言うと、慌てて周りにペコペコと頭を下げてから退散します。

 そしてあっという間にギャラリーの背後に下がると、彼の姿は見えなくなってしまいました。


 ……目立つのは嫌いなはずなのに。

 ほんと、翔和くんは……。



『緊張で力むなよ。凛なら大丈夫だから』



彼の言葉が私の胸にスッと入り込んできて、冷静さと高揚感をもたらしてくれます。




 ——ペチンッ!!



 自分の頬を叩いた音が響き、周りがギョッとします。


 元気づける場面でのぶっきら棒な言葉や態度。

 氷が入った袋は、わざわざ救護テントから持ってきたのでしょうか?


 頰に残る冷たい感覚が私の熱くなった頭を冷やしてくれたようでした。


 なるほど……。

 翔和くんの言う通り私はどうやら、緊張していたようですね。

 確かに、スポーツでは今までした事がなかったです。



「……凛?」


「心配かけましたが、もう大丈夫です! ようやく目もパッチリとしてきたので。今なら視界も良好ですよっ。琴音ちゃんは、走り回らずに休んでてください!」


「……そう。それならよかった」



 琴音ちゃんは私の顔をじーっと見つめた後、頭をコツンとしてきて



「……頭は冷えたみたいね? ちょっと自分だけで行き過ぎ」


「はい!」


「……はぁ。本当にわかってるの?」


「勿論ですよ」



 苦笑した琴音ちゃんは、肩をすくめてみせると私の背中を押して「……飛ばさないと間に合わないよ」と言ってきました。

 私は、笑顔で頷き返します。


 彼が消えたギャラリーの方に目を向けると、こちらから見えるギリギリの位置で観ているようでした。



 これで、私はまた頑張れる。


 そうですね……この試合が終わったら、彼と一緒にご飯を食べましょう。

 それから——翔和くんにお礼を。

 でも、きっと彼はいつも通り“お節介”って言うのでしょうね。



「……凛、ボール」


「はいッ!!」



 今度は、目の前につく二人を躱して、私はスリーを打ちます。

 さっきまでのプレイが嘘のように、ボールは自分が思った弧を描き、リングをくぐりました。


 それを見たクラスメイト、そして応援する人たちが一気に盛り上がり始めます。



「……ナイスシュート。調子でてきたね」


「勿論ですっ! 追いつくためにこれからバンバン遠くから打ちますよ〜っ!!」


「……ちょ、ちょっと! そんなこと言ったら作戦がバレるでしょ!?」


「大丈夫です。今の私は、もう負ける気がしませんからっ!」



 点差があったのに差はどんどん縮まってゆきます。

 会場は追い上げムードを高めるように更に盛り上がっていきました。


 ——結果は。

 ギリギリでしたが、見事勝利です!


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