第19話 体育祭を眺めながら


 ――応援する人たちの声。

 ――スポーツの熱気。

 試合が動き出す度に、歓声とため息が入り混じった音が聞こえる。



「みんな盛り上がっているなぁ~」



 俺はそんな光景をテントの中からぼんやりと眺める。


 気温が下がり始めている今日この頃の季節。

 やや肌寒いことが増えてきた。

 それなのに、経験したことのない熱気が辺りには充満していて、心なしか温かく感じさせる。

 その熱気は、俺がいる救護テントにまで伝わってくるようだった。


 ……意外と抜け出せないんだなぁ。


 体育祭が始まり、午前中の競技も終盤に差し掛かっていた。

 俺はスマホの時間をちらりと確認し、それから凛お手製のプログラムを見る。

 もうとっくに、凛が出場予定のバスケの開始時刻となっていた。



「結局。凛の応援には行けなさそうだな……。ってか、他の救護班……全然戻って来ないじゃん」



 俺はため息をつき、グラウンドでサッカーをする人達に目を向ける。

 応援の随分な盛り上がりを見ていると、今度は大きなため息が口から漏れ出た。


 さすがは、リア充大活躍のイベント。

 と、なると活躍の見込みが少ない人間は、こうやって時間が過ぎ去っていくのを待つしかないんだよなぁ。


 楽しめる人間からしたら天国だけど、俺みたいな人間には行事で地獄でしかない。


 何を楽しむ? 運動?

 俺からしたら『興味はない!』の一言だ。


 まぁ……。

 凛や健一達とあれこれ考え、練習したのは————悪くなかった。

 そう思うけど……。



「よっ翔和! 元気でやってるか?」


「け、健一!?」


「ははっ! どうしたよ。そんなに驚いてよ〜。噂をすればなんとやらってか??」


「違う……。単純に背後に立たれて驚いただけだ。俺の後ろに立つなよな、急に……」


「お前はどこかのスナイパーかよ!」



 健一のツッコミに、俺はやれやれと肩をすくめてみせた。


 びっくりしたなぁ……。

 健一のタイミング良い登場に、思わず焦ってしまったよ。

 一応、誤魔化してみたものの…………あ、うん。


 めっちゃニヤついてるな。

 これはどう考えてもバレてるとしか思えない。



「はぁ、それで健一。なんか用だったのか?」


「ははっ、そんな冷たい目で見るなよ〜。競技の合間で暇だったからさ。ちゃーんと、仕事してんのか見に来たんだって」


「心配しなくても、任されたことはやってるよ。と、言っても今の救護班は暇だけどな」


「でも、暇に越したことはないだろ?」


「まぁーね。誰も怪我がないことはいいことだよ」



 朝から救護テントに待機していても、来たのは二人だ。

 それも、絆創膏を貰いにきたぐらいである。

 けど、こういった係は万が一の時のためにいるから、何も起きないのは良いことに違いないんだが。


 俺は、校庭をぼーっと眺めた。



「それにしても、体育祭って盛り上がってるなぁ~」


「そりゃあ、この学校のメインイベントの一つだからなっ! もりあがらないわけがないだろ〜。ちなみにだけど、これが後、二日間は続くぜぇ~?」


「げぇ……マジかよ。俺には、この盛り上がりを理解するのは一生無理だろうなぁ……行事なんて面倒だし」


「そう言うなって。確かに、楽しく感じるような出来事がねぇとイマイチ溶け込めないこもしんねーが、今は若宮もいる。それに――」


「それに?」


「やることがあれば、暇になんねぇし。行事が過ぎるのを……ただ耐えて過ごすことにもならないだろ?」


「確かにな」



 中学の時の体育祭は苦痛だったもんな。

 恥を晒すような徒競走。

 みんなでやらないといけない応援。

 一致団結の組体操。


 ああ……思い出すだけでマジで地獄。


 元々、そんな大声で声が出せるタイプじゃないのに『本気でやれよ! ちゃんと応援しろ!!』みたいに応援団長に詰め寄られるんだよなぁ。

 それに、団長をやる人って……ちょっとヤンチャの奴が多いから言いづらいところもあるし。


 そう考えると……高校生の体育祭は平和だな。

 変な強要とかはないしね。



「どうかしたか翔和? 自分の黒歴史を思い出すような遠い目をして」


「……当たり前のように読むなよ」


「いやいや、翔和がわかりやすいだけだぜ? なんか思うことがあったんだろ?」


「まぁな。ほら、高校と中学ではイベント事って熱量が違うんだなぁーって。強制力も弱いし、わりと自由だろ? 中学の時なんて“予行練習を何回やるんだ”って感じだったしさ。義務教育の一環で、世の中の理不尽な団体行動を教えるためだとは理解してるけど」


「翔和は、相変わらず捻くれてるなぁ〜」


「ほっとけ」


「ま、高校だとそこら辺の面倒な縛りはねぇよ。ウチの体育祭なんて、楽しみ方は自由だぜ? ほら、例えば見て見ろよ」


「あれは…………」



 男女が会話している。

 普通な光景に見えるが……クラスTシャツに描かれた学年を見るにあれは先輩か?

 でも、話し掛けている相手はジャージの色的に1年……。

 仲良さそうにしている人もいれば、愛想笑いをしている子もいた。



「部活動関係か。仲睦まじいこって」


「ははっ! またまたそんなこと言って、翔和も気づいてるだろ?」


「気づいてるって。部活の先輩後輩だろ? 特に珍しいことでもないような……」


「まぁ確かに。一部はそうかもしれねぇけど。全員じゃないと思うぜ。話している様子がなんか初々しい感じで話してるだろ? 妙にそわそわしてるしよ」


「あー……確かに」



 スマホを取り出して何かを照れ臭そうに言う男。

 そして、それは悩んだ様子の女の子……。

 他の男女は知り合い同士って感じた。

 つまり……そういうことか。



「学校を出会い系の場所にすんなよなぁ」


「いやいや~。翔和はわからないだろうけど、学生ってわりとそんなものだって。新たな出会いを求めて散策したり、“あわよくば”なんて感情は男性ならある感情だぜ?」


「自分からメンタルブレイクをするのは勘弁だなぁ」


「そうは言うけどよ。学校の行事は、合法的に他学年や他クラスと交流を深める最高の機会なんだぜ! この日がキッカケでカップルが生まれても不思議じゃない」


「興味ないなぁ」



 まぁ、俺が声を掛けたらドン引きされるのがオチだし、それに……。

『翔和くんってそういう人だったんですか?』って、凛に悲しい顔をされたら嫌だな。



「ま、翔和には若宮がいるから世の男性陣の考えは理解できないだろうよ」


「また俺の心を読むなよ……。ってか、そんなこと言ったら健一も同じだろ? 藤さんに刺されても知らないからな?」


「琴音になら本望だぜ! ってか、嫉妬する琴音は最高に可愛い」


「あんまし心配させんなよー?」


「それを言うなら翔和もだぜ?? 最近、何かと噂が飛んでるしな」


「おいおい。人聞きの悪いことを言うなよ……。凛以外で噂なんて」


「そうか?? 放課後の自分を客観的に考えてみろよ」


「客観的ねー……」



 俺は「うーん」と最近の行動を思い返してみる。


 体育祭に向けての準備をしにいったり……。

 凛が委員会で遅い時は、教室で勉強。

 そうなると、高確率で相野谷さんに絡まれたりする。


 もしかして、そういうことか?



「おっ。その表情はわかったみたいだな!」


「……普通に会話してるぐらいだけなんだよなぁ」


「“火の無い所に煙は立たぬ”って言うだろ? 最近、翔和は活動的になったからなぁ。若宮っていう目立つ存在に加え、他とも交流が増えたらそうなるわなぁ。美人を侍らせる謎の人として、順調に広まってるぜ?」


「マジかよ。めんどーだな……」


「まっ、気にすんなよ! 噂を流す奴も悪く言う奴も、所詮は嫉妬だぜ? 嫉妬されるのを自信に変えて、堂々としとけよっ! 逆に噂で行動を変えたり、距離を置くなんてしたら失礼だからな」


「しないよ。今更、何を言われても構わないし」


「そりゃあよかった。ただ、天狗にだけはならねぇように……って言っても、翔和の場合は自己評価がやたらと低いから関係無さそうだけど」


「……大きなお世話だ」


「ははっ!」



 健一が腹を抱えてケラケラと笑う。

 人が面倒なことになっているというのに……ったく、余裕があると違うな。


 自分の状況は、理解して辟易としてしまうけど。

 これは、仕方ない。

 自分で選んだ道だし、その途中であれこれ言われても……頑張るって決めたんだから。


 それに、凛にとってはこういう嫉妬や好奇の視線に晒されるなんてこと、日常茶飯事だろうからな。

 そう思うと、俺の問題なんて些細なものだ。



「とりあえず俺はやれることをやるよ」


「そうこなくっちゃな! 俺も協力は惜しまないぜ!」


「ありがとな、健一」



 拳を突き出し屈託のない笑みを浮かべた親友に、俺は拳を重ねた。

 そして、健一が椅子に座り何かを切り出そうすると——。




「今、一年の若宮さんが試合に出てるけど、負けそうなんだって!」



 そんなことを野次馬の如くはやし立てるような声が俺の耳に届いた。

 俺は、立ち上がり袋を持ってテントから飛び出すと、健一に後ろから声をかけられた。



「行くのかー?」


「悪い健一。ちょっとだけ、代わりを頼むわ」


「ったく……早く行って来いよ」



 健一はため息をつきながらそう言うと、俺の代わりに救護テントにあるパイプ椅子に腰掛ける。

 俺はそんな健一をしり目に、凛の所へと向かったのだった。



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