第18話 体育祭の準備は黙々と……できないらしい



「んじゃ、常盤木。そこにグローブとか置いとくからなー。後はよろしく!」


「はい。ありがとうございます」



 俺は野球部の部長に会釈をし、預かった備品を数えてゆく。


 ひー、ふー、み……と、これで体育祭用の貸し出し準備は全部揃ったな。

 後は、試合で使う場所にそれぞれ運んで……結構、数があるから大変そう……。

 はぁ。バットとかヘルメットとか、どうしてスポーツというのは道具が多いんだよ。


 俺はため息をつきながら、事前に持ってきたリヤカーに体育祭で使う備品を乗せていった。


 借りたものだから丁寧に取り扱っている。

 体育祭の最中に壊れてしまうことはあるだろうが、運ぶだけの俺が壊したら目も当てられない状況になるからな……。

 間違いなく恨みを買うことになるだろう。


 そうなれば筋骨隆々の体育会系面々に最悪、滅多打ちにされることも……こわっ!!

 考えるだけで震えてくるわ!


 そんなしょうもない想像をしていると、俺の背後に誰かが立ったのだろう。影で急に視界暗くなり、人の気配を感じた。

 ただいるだけと、振り返らずに作業を進めていると背中をちょんと突かれ——そのことに思わず苦笑してしまう。


 ったく……凛はどこにいても現れるな。

 そう思うとちょっと嬉しくなり、ただ素直に喜ぶのが恥ずかしくて俺は煩わしそうに後ろを振り返る。


 だが——そこにいたのは予想外の人物だった。



「常盤木くんは、朝から何しているの?」


「え……横村、さん?」



 なんでここに横村さんが……?

 ってか、なんで話し掛けてきたんだ??

 まさかの出来事に俺はたじろいでしまった。

 

 対して、彼女は涼しい顔をしている。

 不思議そうに小首を傾げると、くすりと笑みを浮かべた。


 風が吹き、彼女の髪が肩辺りでさらさらと揺れ、錦糸のような艶やかな髪は、つい視線を誘導させるには十分だった。



「なんで疑問系? 同じクラスなのに名前を忘れたの?」


「……まさか、声を掛けられると思わなかったからさ。それで、何か用が……?」


「さっきも聞いたけど、何してるのかなって。ほら、常盤木くんは独自行動が多いから気になっちゃって」


「え、いや……準備を……って、独自行動??」


「ほら、いつもは独自の倫理観で行動って感じでしょ。違った?」


「まぁ……確かに言われてみれば」



 突然の会話に動揺して、俺はどこかたどたどしい言い方になってしまった。


 まぁ無理もない。

 言い訳にしかならないが、二人っきりで話したことない相手が突然現れたんだ。

 動揺しないという方が難しい。

 いつもは相野谷さんとセットだから、彼女の勢いのお陰で緊張することはない。けど、横村さん独特の落ち着いた雰囲気を醸し出されると、妙な緊張を感じてしまう。


 俺がそんな緊張をしているなんて、夢にも思ってないのだろう。

 彼女はマイペースに話しかけてきた。



「荷物運ぶの一人じゃ大変だよね。私も手伝うよ」


「いや、いいよ。横村さんは朝から競技に出るんだろ? 俺のことは無視してウォームアップしときなって」


「準備するだけでも運動になるから気にしないで」


「そうは言うけど、クラスでミーティングとかあるんじゃない? 気持ちだけで十分だよ、ありがとう」



 俺がやんわりと断ると、横村さんは微笑みを向けてくる。

 これで教室に戻るかなと思っていたら、リヤカーにまだ乗っていなかった道具を乗せ始めてしまった。



「横村さん? めっちゃ有難いんだけど。今の俺の話……聞いてた?」


「聞いてたけど、『そうする』とは返事しなかったよ」


「えー……」


「ふふ。じゃあ常盤木くんの納得する理由が欲しいのなら『クラスメイトが一人で頑張ってるのに、何もしないのは寝覚めが悪い』ということにしておいて」


「その言い方は、他に理由がある奴が言うセリフだぞ」


「鋭いね。でも、理由なんてなんでもいいでしょ? 大変な人を見たら手を貸すのは悪いことじゃないから」


「そう言われると、“うん”としか言えないじゃないか。横村さんって案外強引なんだなぁー」


「そうかもね」



 横村さんは、困惑している俺を見て可笑しそうに笑う。

 その笑顔にどこか既視感があり、俺は眉をひそめた。


 ……なんだろう。

 本当に関わり合いはなかったんだけど。


 どこかで会ったのか?

 うーん、全く覚えていない。

 もし、横村さんに面識があるとしたら、失礼に当たるから……聞いた方がいいのか?

 いや、でも自意識過剰って言われたらメンタルブレイクしそうだし……うーん、悩む。


 俺がそんなことを思い彼女の顔を見ると、目が合ってしまう。



「何か顔についてるの?」


「あ、すまん……。ちょっと、横村さんに聞きたいんだけど」


「何かな?」


「俺達って、あんまし話したことないよな?」


「そうだね。二人で話すのは初めてじゃない? いつもは、さやかがいるから」


「だよなー」



 手伝ってくれるのには、何か理由があるかと思ったけど……単純に親切ってことか。

 横村さんは優しいって聞いたことあるし、独りで作業する俺を見てられなかった。

 きっとそういうことだろうと、俺は納得することにした。


 ようやく彼女の行動が腑に落ち、ふぅと息を吐く。

 それから黙って作業を進めると、彼女から会話を振ってきた。



「あ、そういえば今日は、隣に若宮さんがいないんだね?」


「いつも一緒にいるわけじゃないからな。凛とはクラスも別だし、学校じゃ休み時間ぐらいしか会える機会はないよ」


「自然に名前呼び、お熱いね?」


「からかうなよ。親しくなれば呼ぶようになるさ。健一だって名前呼びだし」


「ふーん。そういう線引きなんだ」



 じーっと顔を見つめてくる。

 なんだろう……この好意とは違った視線は……観察されているような。


 俺は気まずさから顔を背ける。

 すると、彼女がうんうんと何かを納得したように頷いた。



「常盤木くんはそう言うけど、大体は一緒にいる気はするよ。若宮さんってとても目立つから、直ぐに伝わってくるから。クラスの子たちも『また一緒だ』って言ってるし、思っている以上に認識されている」


「物珍しくて俺と凛だとアンバランスだから、目立っても仕方ないか……。はぁ、陰で『月と生ごみ』って言われても不思議じゃないよ」


「確かに言っている人はいるね」


「はぁぁぁ……マジで事実かよ」



 多少冗談のつもりで言ったつもりだったけど、やっぱりいたのね。

 まぁ言われても無理もないけど、自覚すると余計に凹むわ……。


 肩をがっくしと落とす俺を慰めるように、彼女は肩を優しく叩いてきた。



「気にしない気にしない」


「いや、気にするだろ。道は遠いってことが、改めてわかったんだから」


「道ねー……でも私は、アンバランスだと思わないよ?」


「いいって。気を遣わなくて……でも、ありがと」


「素直に受け取ればいいのに」



 素直って、たった今『月とゴミ』と言われている事実を知ったばかりなんだけど!

 と、心の中でツッコミを入れる。


 自分で言ったことを理解していないのか、横村さんはきょとんとしていた。



「ねぇ、私もひとつ聞きたいんだけどいいかな?」


「聞きたいこと? 俺に聞いても残念なことしか出てこないだろうけど、それでも良ければ」


「ふふ。なにそれ」


「まぁ事実だからな。それで、どんなこと??」


「えっと……」



 横村さんは、少し悩むような素振りを見せる。

 聞きづらいことなのか、言葉を選んでいるようだ。



「常盤木君って、前にゲームを――」


「かなみ~ん!!!」



 グラウンド近くの土手の上から、こちらに猛ダッシュしてくる相野谷さん。

 さっきまで小さく見えた彼女だが、あっという間に近づいてきて、そのまま横村さんに飛びついた。

 ――が、横村さんに抱き着く前に頭を押さえられてしまう。



「さ・や・か? 私が前にいったこと覚えてる?」


「えーっと……あ、あれね! 覚えてるよっ!」


「じゃあ……言ってみて?」



 なんだろう。

 さっきまで優しい顔をしていた横村さんが……表情は穏やかなのになんだか怖いんだけど。


 横村さんに質問された相野谷さんは、得意気な表情で指をビシッと刺してきた。



「さやかは4人家族————げふっ!?」



 そして、どう考えても的外れな回答をした。

 まぁ、最後まで言い切る前に……なんか沈んだんだけどね。


 目にも止まらぬ速さで何かをくらった相野谷さんは、横村さんにもたれ掛かるようにしてぴくりとも動かない。



「……常盤木くん。ちょっとこの動物を躾けてくるね」


「お、おう……。まぁ、ほどほどにな?」


「うん。勿論」



 うわぁ……満面の笑み。

 額に浮かんだ青筋には、突っ込んだら負けなんだろうなぁ……。


 相野谷さんを連れて行く横村さんの背中はあっという間に見えなくなってしまった。



「普段、優しそうな人が怒ると怖いな。背筋が凍るかと思ったわ……」


「何かあったんですか?」


「いや、さっき横村さんが――って凛!?」


「はい、凛ですけど?」



 びっくりして俺は一歩後退る。

 ってか、凛も横村さんもそうだけど、スペックが高い女子は気配も消せるのか!?


 ゲームじゃないんだから、忍者みたいに忍び寄るなよ。

 これじゃいくら心臓があっても足りないって!



「えっとどうしたんだ、凛? こんなところで……」


「何故でしょう? 翔和くんの表情には、『浮気が見つかった男性の焦燥感』が感じられます。これは……ムムム……」


「いや、凛? 別に話してただけで、何もないからな?」


「誤魔化しているような……。はっ!? こ、琴音ちゃんが言っていたことはまさか!?!?」


「えーと、凛? 話を聞いてる……?」


「これは緊急の相談が必要ですね……すいません翔和くん。私に至急やるべきことが出来ました。では……」


「ちょっと……あ。早いなぁ……ってか、ウチの学校って化物並みのスペックを持つ人が多くないか?」



 取り残された俺は肩をすくめ、大きなため息をついたのだった。


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