第14話 最近よく見ますね?
「翔和くん、こんなところで何してるんですか?」
俺が昼休み、校庭横の木に寄りかかりながら任された仕事をしていると、不意に声をかけられた。
聞き慣れたいつも通りの声である。
けど、聞き慣れたと言っても以前のような平坦で抑揚のない声ではなく、不思議に思い訊ねてきている。
そんな感情のこもった声に思えた。
俺は凛の方を向き、「よっ」と小さく挨拶をする。
「救護班だからなぁ。当日のテントの設営や、待機場所なんかを考えてるんだよ」
「そうなんですか? でも、そういうのって学校の伝統で決まっているような気がしますが……」
「まぁね。けど、当日に言われるよりは、わかりやすい何かがあった方がいいだろ? ウチの学校って自主性を重んじるあまり、そういうのを学校側が作らないからさ」
「うーん。言われて見れば、それもそうですね。でも、翔和くん危ないですよ? 皆さん各自で熱心に運動をしていますから……流れ玉などに注意してくださいね」
「そこは、救護班だから問題ないって。それに、こんな木の所まで飛んでくることもないだろ。まぁ万が一、怪我をしたとしてもすぐに手当てするしね」
「手当てって……はぁ。ミイラ取りがミイラになってどうするんですか?」
「はいはい」
俺が手をひらつかせて言葉を流すと、ムッとした凛が俺に詰め寄ってきた。
体が触れるような近距離に、俺の顔が熱くなる。
残暑の暑さってわけではない。
胸が高鳴りを覚え、なんとも言えない恥ずかしさが俺を包み込んだ。
「凛、近い……って」
「“危ないことをしない”と宣言するまでは、この距離です」
「……この距離って、色々と不味いからな」
「色々ってなんでしょうか? 抽象的に言ってもわかりませんよ??」
「いや、凛は絶対わかって言ってるだろ」
「わかりません。さあ、何がどうダメなのですか?」
絶対にわかってるなぁ、これ。
微妙に頰が赤く染まってるし、ニヤケ顔にもなってるし……はぁ。
——今は人が賑わう昼休み。
そんな時間に、凛という目立つ生徒が外にいて尚且つ、男と親しそうな距離感にいる。
いや、この距離は親しさを超えた恋人同士の距離感だ。
凛のある意味で暴力的なモノが俺の体に何度も当たる。
それをなんとか意識しないようにしても、そうさせてはくれない破壊力がそれにはあった。
……勘弁してくれ。
そんな愉快な状況にある俺を当然、周りが見逃す筈もなく。視線がここに集まってくるのは、ある意味仕方ないことである。
くそ……。
こうなった凛は絶対に引かない。
だが、凛の意見に従うということは、俺の持ち場を離れて放棄することになってしまう。
それでは役に立たない。
でも、相談するわけにはいかないし……どうしたらいい?
珍しく引き下がらない俺に違和感を感じたのだろう。
凛は顔をしかめて、俺の目をじーっと見つめてきた。
見透かすような……いつも通りの澄んだ二つの瞳が俺を捉えている。
「……何か隠してますか?」
「隠してないよ」
「呼吸音の乱れ、心拍数がわずかに増加……、顔には緊張が見られます」
「それだけでわかるのか!?!?」
「わかりませんけど?」
あっさり否定され、俺はきょとんとして何度も瞬きをする。
そしてハメられたことに気づき、ため息をついた。
「翔和くんは、素直で簡単に尻尾を見せてくれますね。ポン太くんそっくりです」
「……俺、そのアニメを一回見た方いいのか?」
「ふふっ。子供向けですが、私は好きですよ。翔和くんそっくりで」
「そっくりつうのは、複雑だけどなぁー」
ポン太くんってタヌキだったよな?
なんかそう考えると、複雑な気分だよ。
「それで、何を隠してるんですか? 最近はやたらと活動的に動いているのを目にしますので」
「それは……」
「目を逸らしましたね? 嘘は嫌なので話してください」
凛の大きな瞳が俺を見つめる。
いつもの『見逃しません!』と訴えたくるような強い目だ。
ここ目で見られると、俺は弱い……。
俺は頰をかき、凛から目を逸らし呟く。
「頑張りたいからだよ。出来ることは少ないけど、役に立つことはしたいだろ……」
「それでこんなに精力的に?」
「ま、そのせいで色眼鏡で見られるけどなぁ」
どこかで何かをすれば「え?」と驚かれる。
先輩たちからはそんな視線を向けられることは、ほぼない。
だが、同学年では悪い噂が広まっているんだろう。
だから……視線が痛く感じた。
健一が言うには『“千里の道も一歩から”だろ? そう簡単に人の見方が変われば苦労しねぇーよ』と現実的で厳しいことを言われている。
それはごもっともなことで、頭では理解していた。
まぁ、人って落ちるのは簡単だけど上がるのは何倍も大変って言うからな……。
身から出た錆と甘んじて受け止めるしかない。
「じゃあ頑張ってる翔和くんにご褒美をあげないとですねっ! どうでしょう色々なオプションがありますが?」
「オプションって……いいよ、それは。こんな人目があるようなところで、凛に何かされては夜道で刺されかねない」
「では、私がボディーガードとなれば完璧ですね」
「ゼロ距離ガードはなしな」
「むぅぅ……意地悪です、翔和くん」
「ははっ。考えが見え透いてるからな〜」
頰をぷくっと膨らませている凛を突く。
すると、彼女は頭を俺に擦り寄せてきた。
その甘えるような仕草が可愛くて、俺の表情が自然とゆるむ。
……凛のためにも頑張らないとな。
もう、あんな顔。
させたくないし。
頭の中で——つい先日、見てしまったことがふと蘇ってきたのだった。
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