第15話 言われっぱなしはダメだよな



「健一、これ」



 放課後になり、クラスから人がいなくなった後、俺は健一に数枚の紙を手渡していた。

 健一はそれを受け取りペラペラと見てゆく。

 そして、いつもの軽い調子で「さんきゅ~」と口にした。



「こんなんでいいのか? 俺、そんなに覚えてないから見分けとかつけないぞ……」


「いいんだよ、これで。俺がわかるから十分だ!」


「そうか? ならいいけど」


「それに翔和が書いたわけわからんメモの方が、もし俺が落として拾われたとしても内容の理解はできねぇだろ?」


「あ、そういうことね」


「ははっ。そういうことだぜぇ~。引き続き頼むわ!」


「ああ、任せてくれ」



 俺がそう言うと健一は、にこりと笑い、俺から受け取った紙をファイルにしまった。

 少し見ただけだが、頭に入っているのだろう。


 ……凛に負けず劣らず凄い記憶力だよな。



「んじゃ、そろそろ帰るか?」


「なぁ健一……」


「うーん?」


「他にさ、俺に出来ることはあるか?」


「んー? 今のままで十分だぜー。ってか、今の翔和にしか出来ないこと任せてんだし、これ以上は望まねーよ。オーバーワークでぶっ倒れた方が困るなぁ」


「けどさ、健一……」


「いやいや、やり過ぎは良くねぇよ? それに、翔和の仕事はその部分じゃねぇし。まぁ……焦る気持ちはわからなくねぇけどさ」


「…………」


「大丈夫だ。若宮はそんなに弱くねぇし、琴音もついている。それに“せいては事を仕損じる”だろ?」


「ああ……そうだな」


「一歩ずつ着実に行こうぜ。直ぐに変えられることではねぇーんだしよ」



 俺を宥めるように言う健一。

 健一の言うことはもっともだが……今の俺は、黙って落ち着いてられる状態ではなかった。



 ◇◇◇



 それは——移動教室に向かう途中、忘れ物を取りに教室へ戻っている時のことである。


 その途中で『若宮、少しいいか?』と、盗み聞きするつもりはなかったが……偶然、聞こえてしまったのだ。



『なんでしょう、中丸さん。実行委員のことで何かありましたか?』



 聞き慣れた凛の声より、冷たく全く抑揚がない。

 初めて会った時のような声に、俺は足を止めてしまう。



『いや実行委員の仕事ではない。それはお互いに問題なくこなしているだろ』


『確か、部から備品の貸し出し関連が中丸さんの仕事でしたね。大変だったと存じますが、お疲れさまでした』


『ふん。加藤が手伝ってくれているから、僕が全てやったわけではない。交渉事は残念ながら得意ではないのでな……』


『そうだったんですね。ですが、立候補してませんでしたか?』


『はぁ……。若宮、わかってて言っているのだろう。加藤に言われたから、そうしただけだ』


『そうでしたか』


『あいつは群を抜いて優秀だからな。僕も見習うべきところが多々あるんだ……いや、それが本題ではない。僕に理解し難いことは、優秀な人間がそうでない人を認めている……。見どころがあれば別だが……』


『……何が言いたいんですか?』


『加藤ではなく、常盤木と一緒にいるのは何故だ?』


『何か問題でも』


『問題しかないだろ。彼はやめた方がいい』


『……どうしてやめた方がいいか。説明してもらってもいいですか?』


『いや、幼馴染とか腐れ縁とか、噂の真相は知らない。こんな言い方は失礼なのは承知だが……あいつと関わっていると若宮の評価を下げることになる』


『評価ですか? そんなの興味はありません』


『あのな若宮。何をそんなに入れ込んでいるか知らないが、あいつがろくでもない奴だって聞いたことはあるだろ? そんな奴と関わるなこと自体、時間が勿体ない』


『……勿体ない?』


『そうだ。もし、弱みを握られ脅されているようなことがあれば――』


『お言葉を返すようですが、『あなたの評価』それは感情論ですか? それとも主観の押し付けですか?』


『違う。入学した時から続く客観的な事実だ』


『皆さん同じことを言いますね……』


『当たり前だ、それは』


『……翔和くんのことをよく知らない。決めつけているような人が……彼のことを語らないでください!!』


『え……』


『甚だ不愉快です。失礼します……』



 ◇◇◇



 この会話を聞いてしまったのが……つい先日のことである。

 凛のあんな態度、きっと中丸に言われたような内容は一度や二度のことではないのだろう。


 そう考えると正直……穏やかではいられない。


 凛が声を荒らげて怒ったのを見たのはいつ振りだろうか。

 その時の光景が、俺の頭から未だに離れてくれない。

 目に涙を浮かべて、足早に去って行った凛の姿が……。



 こんなの見せられて、足踏みするほど腐ってはいない。

 じっと出来るほど、チキン野郎ではない。



「じゃあ、健一。今日もやっぱり行くか。次は野球部で」


「ったく親友のやる気が出たのは嬉しいけど、無茶はごめんだからなぁ」


「大丈夫だ。問題ない」


「はぁ……守る気ねーな、これ。んじゃ行くか」



 健一はため息をつき、肩を竦めてみせた。


 ――俺は努力するしかない。

 言われっぱなしではダメなんだ。


 牛歩でも、亀みたいな速度でも――1歩ずつ前に。

 それがどんくさい俺に出来る、唯一のことだから。


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