第13話 翔和くんだけですね



「教えてください!」


「教えないって」


「ダメです」


「やだ」


「むぅ~っ!!」



 体育祭の練習を終え、帰宅した俺は凛の質問攻めにあっていた。

 何をそんなにこだわっているか不明だが……。

 帰宅してから、ずっとこの調子である。


 あぐらをかいて本を読む俺の膝に手を置き、じーっと顔を見つめてくる。


 凛を見ないようにしても視界に収まり……。

 本を読もうとすると……腕をぐいっと引っ張って邪魔をしてくる。


 俺は諦めて本をテーブルに置き、ため息をついた。



「凛、なんで邪魔をするんだよ……」


「教えてください」


「昼間の件、それを知ったってどうしようもないだろ?」


「そんなことはありません。欠点があったら直す必要があります。その欠点が今後、どのようなことに繋がるかわかりませんので、憂いは断ちたいんです。備えあれば憂いなし……万全を尽くすのが私のモットーなので」


「あー、そういうことか……。凛は完璧主義的なところがあるもんなぁ。それなら、言った方がいいんだろうけど」


「完璧主義ってわけではないですが、気になったことを突き詰めないと、むず痒くなってしまうんです」


「むず痒くって……。でも凛。伝えると言っても難しいんだよ」


「えーっと、それは話すことが嫌ってことですか?」


「嫌じゃないよ。ただ、感覚的なものに近いからなぁ~」


「むっ……もしかして煙に巻こうとしています?」


「いやいや、それはないよ」



 凛は疑っているようだが、別に意地悪をしようとはしていない。

 まぁ、確かに初めて凛から一本とったから秘密にしたいという気持ちはあるんだけど……。


 でも、凛のためを思ったら話してあげるべきだろう。

 凛に救われてから、ずっと何か助けになりたいとは思ってるしね。


 でも感覚的なものを伝えようにも、抽象的になり過ぎてしまい説明が釈然としないことになるだろう。

 健一の前では自信満々に言ったけど、実際は凛の嘘がわかるのに明確な根拠はない。

“こんな感じ!”、“なんとなく!”と、憶測がついて回る。


『凛の口角が一ミリ上がったから嘘だ』みたいなことがないからなぁ。

 どうしたものか……。


 俺はどう伝えようかと頭を捻っていると、凛がくすっと笑って可笑しそうに笑った。



「わかりました。では、ちょっと確かめてみましょうか?」


「確かめる?」


「はい。私には翔和くんが嘘を言っているように見えません。どう伝えようか悩んでいるのも、わかるのも感覚的なものだと察しがつきます」


「相変わらずのエスパーだね……」


「なので、私が実際に嘘をついてみて、それを翔和くんが見分けると言うのはどうでしょう?」



 凛はそう言うとトランプを持ってきて、そのうちの一枚を確認し、メモ用紙に何やら書き込む。

 それから、その一枚を含めた八枚のトランプをよくきり、俺の前に並べた。



「では翔和くん。このトランプ八枚の中に一枚だけ私が引いたカードが入っています。それを一枚ずつ私に見せて嘘を当ててみてください」


「なるほど……トランプで確かめるってことか」


「そういうことです。私のポーカーフェイスから、見つけられますか?」


「おう……任せろ」



 俺は凛に一枚ずつカードを見せてゆく。



「これか?」


「違います」


「んじゃ、次にこれ」


「違います」


「…………」



 この作業を八枚分繰り返し、俺は彼女の様子を注視していた。

 昼に見分けられたから、このぐらい余裕と思って、軽い気持ちで臨んだ……が。


 やばい。

 全くわからない……。


 仕草、声のトーン、目の動き……。

 全てにおいて、何の変化も見られない。

 瞬きですら、間隔は一緒。


 あの時『わかった』という自信が喪失するほど、凛の態度は完璧だった。


 そうなると当然――



「ハートのエースだろ?」


「違いますよ? こちらの紙に書いた通り、ダイヤのキングです」


「マジか……」



 凛はにこりと笑い、俺はがっくしと肩を落とした。


 よくよく考えてみれば、トランプで凛に勝てたことがなかったんだよな。

 俺の自惚れだったということか。


 はぁ。

 ようやくわかった気がしたのに、残念な気分だよ。

 ってか、凛は紙にメモをしたと言ってたけど…………絵柄の模写をしたのかよ。

 あんな短時間で?

 すげぇな、おい。



「ふっふっふ~。これで私の勝ちですね。まだまだ私の演技も捨てたもんではなかったということが証明されました」


「はぁぁ……完敗だよ」


「ガッカリする必要はありませんよ? 私は十数年、お母さんに演技指導も受けていますし」


「そりゃあ、見分けれない筈だよ……。年季が違い過ぎるわ」


「ちなみにお母さんは、ポーカーフェイスだけではなく、焦ったり泣いたりと惑わすような演技も織り交ぜてきますので……私も未だに勝てたことがありません」


「俺だったら相手にもならなそうだな」


「では、トランプを片付けて、夕食の準備をしますね」


「……ありがとう」



 俺は嘆息し、テーブルの上に項垂れ、横目でキッチンに向かう凛を見た。

 普通に歩いている凛だが、それに違和感を感じ――俺は彼女を慌てて呼び止める。



「……凛。もしかして脚に怪我をしてないか?」


「なんともないですよ?」



 不思議そうな顔をして小首を傾げた。

 本当にわかっていない。

 そんな態度には見える……が。



「やせ我慢とかいいからさ。とりあえず、脚を見せて」


「えーっと、それは……私に服を脱げってことですか……?」


「ぶっ!?!?」



 服に手をかけた凛を見て、俺は思わずふき出した。

 そして、身振り手振りを加えて否定をする。



「違う違う! 脚だけでいいから! ってか、普通にジャージを捲ってくれるだけでいいよ。あ、このお願いも不味いのか……」


「急に言われると私も照れてしまいますので……」


「だから違うって! 変に拡大解釈をしないでくれ!!」


「……違うのですか。はぁ……」


「いいから……ほら」



 誤魔化そうとする凛を促し、渋々といった様子でジャージを捲る。

 すると、膝のあたりを擦り剝いていた。


 ……やっぱりな。

 俺は、消毒液と絆創膏を持ってきて、知ってるだけの簡単な処置をした。

 よかった、このぐらいの怪我なら大丈夫だろう……。

 人工芝で滑って肌が焼けて痕が残るみたいじゃないっぽいし。


 凛のことだから、もっとやばいのを我慢しているかと思ったわ……。

 俺はそっと胸を撫で下ろし、安堵の息を漏らした。



「……どうしてわかったんですか?」


「ほら、言っただろ? 演技はわかるって」


「でもさっきは、思いっきり外してたじゃないですか……」


「確かにそうだけど」



 お互いに首を傾げるという奇妙な光景だ。


 でも仕方ない。

 これは俺にも明確な説明が出来ない。

 だって、こういう凛のことが何故だかのだから。


 処置が終わった脚を見て、凛は嬉しそうに頬を赤く染めた。



「ありがとうございました。翔和くん」


「別に。俺は救護係だから」


「もう職務を全うしているんですね?」


「ちょっと気が早いんだけどね」


「でも、やっぱり……翔和くんだけです。翔和くんだけが……」


「うん……俺だけ?」


「ふふっ。なんでもないですよ~」



 凛は照れ隠しなのか、ちょこんと舌を出して、それから料理の準備に台所に向かってしまった。

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