第10話 凛はものすごく心配性。そしてあざとい可愛さ



「おーい、凛。そろそろ帰らないと怒られるぞー」


「やー」


「この駄々っ子猫め」


「にゃ〜」


「くっ、あざといけど……」



 俺の膝にごらんと寝転がり、そして猫のように手を招く仕草をしてくる。


 あざとい……あざとすぎる!!


 けど、あざとくても嫌な気分はしない。

 寧ろなんとも言えない高揚感と胸の高鳴りが俺を揺さぶって来ていた。


 どこでそんなことを教えてもらったんだよ……。

 まぁ、想像が簡単についてはしまうが。


 健一、藤さん……グッジョブ……。


 俺は心の中で二人にお礼を言った。



「名残惜しいですが、そろそろ帰らないといけないですね……」


「怒られちゃうしな」


「はぁぁ、そうなんですよねぇ……」



 あからさまにがっかりした様子を見せる凛。

 渋々ながらも納得はしているようで、荷物をまとめ玄関へと移動した。


 ちなみに、俺は家までいつも送ることにしている。

 送った先でもしリサさんに捕まることがあったら、その日は外泊が確定するわけだけど……。



 俺と凛は外に出て、暗い夜道を二人で歩く。

 少し肌寒くなり始めていて、時折吹く風は体をぶるっと震えさせた。



「そうだ。凛にひとつだけ聞いていい?」


「ふふっ。勿論いいですよ。翔和くんになら何でも話しちゃいます」


「ありがとう。それで、突飛な質問に感じるかもしれないけどさ……凛ってスポーツで苦手なことってある?」


「うーん、そうですね」



 凛は夜空を見上げ、考えるような素振りをみせると、悩みながらも答えてくれた。



「野次や暴言が嫌いです」


「いや、そういうことを聞きたいんじゃないんだけど」


「では……ラフプレーが嫌いです。やはり正々堂々が好きですね。勿論、勝ちにしっかりとこだわりますよ」


「なんか考え方がアスリート……。それにしても、凛って意外と勝負ごとが好きだよな〜」


「ふふっ。基本的に私は負けず嫌いですからね。それに、『どんな相手にも手を抜かず全力を尽くす』というのをポリシーとしてますから」


「さすがだね。だから、負けているところを見ないわけだ」



 この話から察するに凛の弱点って……なさそうじゃない?


 油断することもないし、常に全力だし……。

 もし仮に、相手のやる気がなくても凛なら関係なしに競技に挑むんだろうなぁ〜。


 俺がそんなことを考えて頷いていると、



「翔和くんが聞きたいことは、もしかして相野谷さんとお話していた内容ですか?」


「まぁそうだね。相野谷さんたちに『凛の弱点を知らない?』って頼まれたんだよ」


「なるほど……。やはり、そういうことでしたか」



 本当はクラスのことを思えば、凛から秘密をこっそり聞き出して相野谷さんにリークする。

 そういう動きが望ましいんだろう。


 でも、凛に隠し事って……どう考えても無理だろ。

 絶対にバレるし、無駄に隠そうとしたら余計に墓穴を掘る気しかしない。

 だから、俺はあっさりと認めるしかなかった。


 ってか、『やはり』と言っているということは……凛は相野谷さんの俺に対する用事も知ってる風だよなぁ~。

 さすがはエスパー……。



「自分で言うのもおこがましい話ですが、私に苦手はないですね。どれもそつなく出来ると思います」


「だよなぁ~。俺にも苦手っていうのは思いつかないよ」


「あ……。ちなみに翔和くんが誘拐されたり、暴力沙汰に巻き込まれても私は試合を優先して勝ちに拘ります――――と、



 一瞬だけ悲しい気持ちになったが、妙に含みのある言い方をしたため俺は首を傾げた。

 勝ちにこだわるという姿勢じゃないってことなのかな?



「えーっと凛。伝えるって、相野谷さんに?」


「そうですね。もし聞かれたらで構いませんが……。一応、私の方でもそういう噂が流れるようにしておきます」


「わざわざ流さなくてもいいと思うんだけどなぁ~」


「そんなことはありませんよ? 例えば、本当に“翔和くんが怪我をして病院に運ばれた”ですとか、“酷いラフプレーが続いた”なんてことがあれば、私は飛んでいきますし、競技なんて確実に放り出します」


「いやいや、そんなバイオレンスなことは起こらないと思うぞ」


「そして、翔和くんに暴力を振るった相手を、徹底的に倒すことになります。世間的に……抹消……」


「凛、そんな物騒な考えはやめような? フィクションでもない限り、間違いなくそんなことは起こらないからさ」


「冗談ですよ」



 凛はにこりと笑う。

 けど、その笑顔が逆に不安を感じさせた。


 俺のことになると、暴走する時があるからなぁ……。

 嬉しい反面、不安だよ。


 そもそも、競技にはほぼ出ないわけだし、俺に実害が出る機会は少ない。


 出るのも野球で………………あ。


 デッドボールとか大丈夫だよな?

 すごく、不安になってきたんだが……。



「翔和くんも嫌な予感に気づいたと思いますが、冗談では済まない可能性もあるんですよ。翔和くんは噂の渦中でもありますし……。巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちです」


「いやいや、別に凛が悪いわけじゃないよ。別に、男たちからの殺意に満ちた視線を向けられるなんて、夏休み前からあったことだしさ」


「けど、万が一ということもありますので……気をつけてくださいね」


「わかったよ。凛もな」


「はい。ということですから、そこらへんは肝に命じておきます」



 凛は目立つし、人気も高い。

 だけど、学校全員に愛されているわけではない。


 全てを兼ね備えているように見える彼女に嫉妬して、よく思ってない人もいるはずである。


 まぁ、だからと言って直接的な行動に出る人はいないと思う。

 短絡的な手段にはね。


 でも、凛はだから、気になってしまうのだろう。


 俺が安心させてあげれるぐらい、発言力と影響力がある人物だったらよかったんだけどなぁ。

 そう思うと……歯痒いな、色々と。


 俺がそんなことを思っていると、正面に立つように動いた凛が、微笑みかけてきた。



「なので、そういう芽は早めに摘んでおきます。リスクの低減は生きていく上で必須ですからね」


「そこまで考えて生活をしたことがないが……。うん? 摘むって……変なことをするなよ?」


「しませんよ。ですが任せてください! 翔和くんは私が守りますからっ!!」


「普通そういうのは男が……」



 俺は自分の腕に視線を落とす。

 色白で細くて、明らかに弱そうな見た目をしていた。


 今更だけど、残念過ぎるな……。

 凛にも力負けするぐらいだし、健一に頼んで体を鍛えるか。



「ということで、まずは不安材料を消すために『翔和くんにどのくらい夢中なのかをアピール』をして、示し続けたいと思います」


「…………ワッツ?」


「つまり、ちょっかいかけても無駄ですよと周囲に思わせないといけませんからね。これは今後の布石にもなりますし」



 ……布石?

 首を傾げる俺を気にした様子もなく、凛は俺の腕を掴む。

 そして——



「なので早速、腕を組んで家まで向かいましょう」



 と、やや強引に自分体を押し付けてきた。

 ある意味、暴力的ともいえる感覚が襲い、くらりとしてしまう。



「凛……もしかして、それがしたかっただけなんじゃ……?」


「えへへ〜」



 くそ、確信犯かよ。

 でも、その表情されると弱いんだよなぁ……。


 腕をぎゅっと抱きしめ体を寄せてくる。

 腕にかかる温かさが、いつの間に肌寒さを打ち消していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る