第5話 究極の選択は悩みどころ


 ——究極の選択。

 みんなは、こういう選択をしなければならない場面にあったことはあるだろうか?


 喩えば、“イケメンで性格もいいけど金がない人”と“ブサメンで性格は悪いけど金はある人”、結婚するならどちらか?

 みたいな感じのことだ。


 仕事面で言うなら一緒に働く人として、

“愛想は無く生意気だけど、仕事が出来る部下”

“愛想がよく可愛げのあるけど、仕事はダメダメ”

 とか……。


 ——これを聞いて、どうだろう?

 どっちを選ぶのか、思ったより意見が割れるんじゃないだろうか。

 選択することに関して物議を醸し出し、白熱した議論に発展————なんてことも一つの話ネタとしてあるかもしれない。


 まぁ、これはあくまで極端な例だが、人は常に選択に迫られる時があるのだ。

 即答出来ない選択……悩み悩んだ選択。


 そんな悩みに悩む選択。

 それを俺は、究極の選択と言うんだと思う。


 そして————。



「翔和くーん? いい加減、戻ってきてください」



 身体を揺らされ、突如現実に引き戻される。

 それから不満そうに頰を膨らませて、手に持っていた物を俺の目の前に突き出してきた。



「さぁ翔和くん。もう逃げれませんよ? 早く決めてください!」

「決めてって言われてもなぁ……。どうしても決めなきゃダメなのか?」

「ダメですっ! ささっ、どうぞ」

「くっ……」



 くそ……家に逃げ場はない。

 現実逃避をしても今みたいに、無理矢理に引き戻されてしまう。

 凛は俺の顔をじーっと見つめ、所作を見逃さないようにしているようだ。

 視線が動こうものなら、それを敏感に追っている……。


 はぁ……どう考えても、これ以上は逃げられない。

 男として決めなきゃいけない場面だ。

 でも俺は、中々決めきれずにいた。



「さぁ早く…………。どのチア衣装が良いか選んでください!!!」

「いや、マジで選べねぇよっ!?!?」



 そう。これが今、俺に課された究極の選択……。


 俺の前にはいくつかのチアガールのコスチュームが並べられている。

 よくこんなに揃えたなと、逆に褒めてあげたい。

 でも、こんなの直ぐには決められるわけないよ。



「凛、一応確認なんだけど。これは体育祭で使うんだよな?」

「そうですよ」

「そっかぁ……」

「あ、でも安心してください。これらを着るとしても、翔和くんを応援する時だけですから」

「いや、それはそれで……。それだから困るというか……」



 運動が出来ない男を応援する美少女。

 傍から見れば、なんとも言い難い光景だ。

 しかもそれは、全校の生徒が振り向くほどの存在と来れば悪目立ちしてしまうことは間違いない。

 凛がチアガールの衣装を身に纏い応援をする…………いや、どう考えても羞恥プレイじゃないか。

 応援されたら、逆にメンタルがゴリゴリ削られるよ。

 健一みたいにカッコいいところが見せられる男なら、映えるとは思うんだが……。


 俺は嘆息して、選択を迫る凛の顔を見た。



「いや、でもさ。俺を応援する前にクラスを応援しないとダメじゃないか?」

「クラスはクラスで応援しますが、翔和くんが出場する競技は全て応援に行くつもりですよ? ちなみに琴音ちゃんも一緒です」

「藤さんも一緒って……。横でチアの格好をした凛が声援を送っていたら、気まずいんじゃ……?」

「それは問題ないです」

「うん……? なんで?」

「琴音ちゃんも同じ格好をしますから!」



 俺は首を傾げる。

 えっと——藤さんも同じ格好?

 つまりはチアガールの……?



「じゃあ、もしかしてだけど……俺の選択で、藤さんの衣装も決まってしまう?」

「ふふっ。責任重大ですね」

「いやいや! それは流石にダメだろ!!」

「既に了承を得てます」

「そこで藤さんに確認をとってないあたり、確信犯じゃねぇかっ!!」



 敢えて健一に確認をしたということは、藤さんには難色を示されるか……もしくは断られると思ったのだろう。

 それか、健一が頼めば渋々ながらも藤さんは着るだろうからか……?

 まぁでも、藤さんって健一に対して独占欲が強いから周りに関係性を知らしめる為に、やりそうではあるんだけど。


 けど、どっちにしろ。

 俺が選ぶってことは、凛だけではなく健一や藤さんにも俺の趣味趣向が知られるってことなんだよなぁ……。


 いやいや。それは、恥ずかし過ぎるから!



「翔和くんは我儘ですねー。それとも違う選択肢が欲しいですか?」

「いや、それも既に嫌な予感が……。っていうより想像がついているっていうか……」

「なんと……驚きました」

「白々しい驚き方だな、おい……。チアの衣装を持って、尚且つ学ラン姿で家に来れば、誰だって想像出来るだろ」

「てへっ」

「こら、あざとく舌を出すんじゃない」



 まぁその仕草も可愛いんだけどさ。

 ってか、最近の凛は男をくすぐる仕草を身につけてきた気がする……。


 それにしても学ランかぁ。

 野球応援とかに着ているイメージだけど、凛はそれを体育祭でやるつもりなんだろう。

 あくまで俺が選択したらってことだろうけどね。

 鉢巻らしき物が衣装の入っていた袋から顔を覗かしているし……。


 あれ……?

 でも鉢巻以外にも白い布が……まさか。



「……なぁ、凛」

「ようやく決めた感じですか?」

「いや、違うけど……。俺の予感が正しければ……学ランの下が気しかしないんだが」

「……翔和くんはえっちですね。そんなことを気にするなんて……」



 凛はしおらしくそう言った。

 ぽっと顔を赤くして、恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくる姿は大変愛くるしい。

 思わずこちらの顔まで赤くなりそうだったが、明らかに話を逸らそうした態度に中和されて、顔色は元のまま変化しなかった。


 微妙に苦しそうな胸のあたり……。

 たぶん、そうだよな……。



「凛……。間違った知識はまた健一か?」

「な、なんのことでしょう?」

「誤魔化すなよ、微妙に羞恥心が残って恥ずかしいならさ……やらなくていいんだから」

「ゔっ……」

「全く、きつく巻き過ぎなんだよ。藤さんか健一に唆されたかもしれないが、無理すんのはやめておけって」

「……ごめんなさい」



 凛は、申し訳なさそうに表情を曇らせると洗面所に入っていき、布が擦れる音が聞こえた後、普段着に着替えて戻ってきた。

 手には綺麗に畳まれた“サラシ”のような物が握られていて、それを隠すように袋にしまう。



「これでスッキリです! それにしても翔和くんは、相変わらずよく気が付きますね」

「そんなことないよ。昔から鈍感だから、察しは悪い方だ」

「いえいえ。鈍感な人間は、自分が鈍感なんて夢にも思ってないんですよ? 翔和くんみたいに口に出して言うのは、演じてる節があるからです。実際、翔和くんは今まで、気がついても言わなかっただけでしょうし……」

「そうかな? いや、そうかもしれないか……」

「そうですよ。翔和くんって子供相手には、素直に優しかったりしますけど、同級生には塩対応でしたもんね」

「あー、関わろうとしてなかったからな……今は反省してるよ」



 ん? 

 今、凛は“子供相手”って言ったか?

 まぁ、気にしても仕方ないか……。



「さぁ、翔和くん! 気を取り直して決めましょうかっ!! このミニスカートなんかお勧めですよ?」

「あー、まだその話は終わってなかったのね」

「ふふっ。決めるまで終わりません」



 気合い十分といったところの凛。

 選んだ服は本当に躊躇いなく着るのだろう。


 チアガール姿の凛。

『見たくないのか?』と言われれば嘘になる。

 寧ろ見たい。めっちゃ見たい!

 けど——。



「凛……やっぱり、チアの衣装は無しでお願い。せっかく揃えてくれた所、悪いけどさ」



 俺は頭を掻き、凛から視線を床に移した。

 凛からは、不満そうな雰囲気が伝わってくる。

 顔をわずかに上げて、彼女を見ると案の定じとっとした目で俺を見ていた。



「えー」

「そんな可愛らしく頰を膨らませてもダメだから……ってか、普通にさ」

「普通に……なんですか?」

「……凛のそういう姿。あんまり周りには……見て欲しくないな……って」



 大きな瞳をぱちくりさせる。

 それからにんまりとした笑みを浮かべると、腕に抱きつき身体を寄せてきた。



「えへへ〜、じゃあ着ません!」

「……おう」



 この後の凛は終始上機嫌で、今にも鼻歌まじりに踊りだしそうなぐらいだったのは、言うまでもないことである。

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