第4話 体育祭が近づいてきて


 ——体育祭。


 それは、スクールカースト上位の独壇場。

 リア充のための、リア充による、リア充のための祭。


 それが、いよいよ始まってしまう……。

 そう思うと、やっぱり。



「はぁ、憂鬱だー……」



 二週間後に控えた体育祭のプログラムを眺めながら、ため息をついていた。

 テストという大変疲れるイベントが終わったばかりだと言うのに……。

 俺にとっては、一難去ってまた一難って感じである。


 そんな、ため息をばかりを繰り返す俺に、凛がじとーっとした目を向けてきて、なんだか呆れた様子で頭をつんと突いてきた。



「体育祭がそんなに憂鬱ですか?」

「まぁね……。だって、みんながテンションに任せて騒ぎまくるし、群れに群れが集まって祭りという群衆となるし厄介だよ、全く。迷惑とか関係なくなって、『楽しんだもの勝ち!』みたいな雰囲気も形成しだして……あー、考えただけで頭痛がしてきた」

「今日の翔和くんは、いつも以上にネガティブのような気が……何かありました?」

「別に何かあるわけじゃないよ。ただ、楽しむなら節度をもてって苦言を呈したいだけ。迷惑を被るのは、常に楽しんでいない側の人間だからさ……」

「……翔和くん」



 なんか自分で言ってて悲しくなってきたな……。


 俺の心中を察したのか、心配そうに顔を覗かせる凛に俺は手をひらつかせる。


 ってか、凛。

 俺が落ち込んでると思った途端、ハンカチを出すなよ……。そんな涙脆くもないし、泣くようなことがあったわけじゃないからな!

 と、心の中でツッコミを入れた。



「まぁ楽しみたい気持ちは少しだけ……ミジンコぐらいにはわかるんだけど」

「……かなり小さな理解ですね」

「ってか、高校生のこういったイベント事に思うことがあるんだよ」

「思うこと?」

「そ。ほら、中学と違って高校のこういう行事って結構本格化するだろ? 真剣になるっていうか、やけに拘りが強くなるっていうか……」

「確かに、そういうイメージが強いですね。でも一般的に高校生は、それを醍醐味として楽しみますから」

「だろー。それが青春って感じでさ……」



 中学の時も運動会というのは、盛り上がりはした。

 俺は蚊帳の外だったが、周りは盛り上がっていたと思う。

 けど、盛り上がりの中に家族の見学というのもあり、まだ義務教育の中、つまりは監視下の中にいるんだと実感させられた。


 でも、高校になると違う。


 自主性が求められ、ウチの学校なんかは枠組みは学校で決めても、内容やその他準備は生徒主体で行われる。


 つまりその分、思い入れが強くなる人が増える。

 ってわけだ……。



「競技の内容も話し合いで、クラスによっては拘りもあるし……。中学とは段違いだよ」

「そうですね〜。中学の時は、運動会で競技も至ってシンプルで格好も体操着でしたね」

「それが高校になると、やたらと金をかけるようになるんだよなぁー。しかも、それが地味に高いし……。ほら、前に凛が“応援旗”を作るための材料を買いに行っていたのが良い例だよ」

「クラスのみんなで出し合いましたから高額ではないですけどね? それに応援旗だけではなく、今はクラスTシャツも作成中ですよ」

「マジか……気合い入ってんなぁ〜」

「女子のみんなで“髪型もみんなで揃えよう”とかも検討中です」



 凛はそう言うと、自分の髪をくしゃっと掴み、頭の上でお団子を作る。

 そして、『似合いそうですか?』と言いたげな顔を俺に向けてきたので、親指をぐっと突き出した。


 その時の嬉しそうに笑う凛の表情が可愛く、俺は馬鹿みたいにぼけーっと見惚れてしまった。

 だが、直ぐに気を取り直し誤魔化すように咳払いをする。


 けど、凛にそんな誤魔化しが通じるわけもなく、



「翔和くんがご所望なので、後で髪をセットしますね」

「いや、別に……」

「見たくないのならいいですけど。どうします……?」

「み……見たい……けど」

「ふふっ。では任せて下さい」



 くそ……不意打ちは反則だろ。

 相変わらずのエスパーめ……。


 でも、そんな可愛い姿を先に見られるのは……なんか、ちょっと嬉しいかもしれない。



「それにしても凛のクラスは仲がいいなぁ〜。応援旗とかTシャツとか作って、一学年の中で一番じゃないか?」

「えっと。他人事のようですが、翔和くんのクラスも同じことしてますよ?」

「え……そうなの?」



 ウチのクラスもあるのか?


 確かに、最近は昼休みにサッカーの練習をしている風だったし……。


 あれ。もしかして、知らないのは俺だけ?

 いやいや。凛の勘違いという線も——



「勘違いじゃないですよ?」

「凛……。ナチュラルに俺の心の声と会話するのはやめてくれない? ってか、マジなの……?」

「はい。加藤さんから聞きましたので間違いありません」



 健一が……?

 あー。うん……なんか色々やってたな。


 テスト前とかは、昼休みもずっと勉強してたからあまり考えないようにしていたけど。

 でも、思い返してみると健一が『翔和のことは、俺に任せとけ!』と言っていたような気も……。



「はぁ。心当たりがあるみたいですね……」

「微かにだけど。そういえば……夏休み前にも何かしらの採決をとっていたような? つい最近も思い当たる節がちらほらと……」

「なんで、そんな曖昧なんですか……。費用の徴収もありましたよね?」

「いや、だってさ。『常盤木、金』っていきなりクラスメイトから言われたら……わからなくないか?」

「でも、理由は聞いんたんですよね?」

「いや、普通にカツアゲかと思ったし、それに寝起きでまだ眠かったから、記憶が曖昧なんだよ……。あ、でも鞄を指差して『金、そこ』って言ったとは思う」

「えぇー……。翔和くん……」



 おい、なんだその残念な人を見る目は……!

 まぁ百パーセント俺が悪いけど!!!


 夏休み前の俺は、まだささくれてたし……。

 でも、つい最近の出来事は言い訳できない。


 はぁ。それはこれから気をつけないと、健一に悪い……。

 クラスメイトと真面に接してなかったし、徐々にでもいいから、普通に会話するようにならないと。


 先が長いなぁー。



「今は私がいますからねっ! 困ったら言ってください!!」

「お、おう。でも今は、そんなことないから大丈夫だぞ?」

「無理はダメですよ? 一人ではないんですからっ!」

「ありがと……な」



 凛の剣幕に俺はたじろいだ。


 おそらく、俺が落ち込んでいると思ったのだろう。

 凛は俺の右手を両方の手で握り、真っ直ぐに見据えながら、強い意志のこもった目を向けてきている。


 まぁでも……頼もしいよな、本当。



「そういえば凛。ウチの学校の体育祭って、体育祭って言うよりは、“球技祭”、“スポーツ祭”って言った方がわかりやすいって話しだけど、名物なんだっけ?」

「え…………」



 凛は持っていた物を床に落とす。

 目を丸くし、瞬きを繰り返し、顔には驚愕の表情が張り付いていた。



「なんだ、その驚いた表情は……」

「えっと、その……調べたんですか?」

「まぁーね。だから、みんなの気合いの入り用が違う。っていうのも、理解はしているつもりだ……意外だったか?」

「はい……。以前は全く興味がなさそうだったので」

「今までは非協力的だったからなぁ。健一にも悪いし、少しぐらいは貢献を目指すよ」



 基本は何も出ないっていうのは出来ないから、最低限仕事が出来そうな競技を健一に見繕ってもらって——



「あの……」



 凛がおずおずと手を挙げ、あれこれ考えていた俺に声をかけてきた。



「どうした?」

「翔和くんって何かスポーツが得意だったのですか?」

「ははは、そんなわけないだろ? 軟弱なんだから」

「「……………………」」

「ま、まぁ貢献の仕方は何も競技内だけじゃないからな! うんうん。俺にも役立つ道はあるはず」

「……うぅ、翔和くん。ごめんなさい。傷をえぐるようなことをして……デリカシーが足りませんでしたぁ」

「やめろ凛! しゅんとされると俺まで居た堪れなくなるからっ!!」



 芸に失敗した犬のように、凹んでしまった。

 いや、凹んで穴に入りたい気分なのは俺なんだけどね……?


 少しぐらいスポーツやっとけばよかったかなぁ。



「とりあえず凛。俺はみんながうまく盛り下がらないように行動するよ」

「……翔和くんらしい気の遣い方ですね」



 俺は運動出来ない。

 競技で活躍出来る場面は微々たるものだろうし、出来ることをやるしかない。


 ……掃除とか。



「そうだ。凛は色々な競技に出るのか?」

「そうですね。おそらく出ることになるかと」

「凛がいれば大抵の競技は、優勝出来そうだなぁ〜」

「ふふっ。そうかもしれません。ですが、全部の競技に出場するのは、気が進みません……」



 そっか……。

 凛は色々な人にジロジロ見られながらスポーツをするのは、好きじゃなかったんだよな……。

 嫌でも注目を集めてしまうから、体育祭や文化祭は好きではなかった。

 って前に言っていたし……。


 じゃあ、せめて——



「じゃあ、俺は凛の応援に行くよ」



 これぐらいはしよう。

 それで気が紛れるかは、わからないけど。

 ないよりはマシだろう。


 すると、俺の言葉に凛は表情を明るくし、笑みを浮かべた。



「本当ですか!?」

「嘘は言わないって」

「本当に本当なんですねっ!」

「ほんとほんと……」



 急にテンションが上がった凛を見て、思わず苦笑した。

 当日は。健一も藤さんを応援しに行くと思うから、一緒に行動しておけば問題ないだろう。


 俺だけが凛のクラスに行ったら、何が起こるかわからないし。

 その面、健一がいればイケメンガードが働くからトラブルが少なくなるだろう。


 色々と不安はあるけど。

 でも、凛の元気な姿が見られたし提案しては悪くなかったかな。



「やる気が湧いてきましたぁ〜! 翔和くんは、私の勇姿を見ててくださいねっ。カッコいい姿をお見せしますので!!」

「楽しみにしてる。ただ無理はすんなよ?」

「勿論ですっ!」



 普通は男がカッコいい姿を見せるのが通説だけど、凛と俺だと逆になるな……。



「後は、体育祭がつつがなく進行すればいいな。こういうのって当日のトラブルが付きものだから」

「心配には及びません。私も実行委員として参加するので、皆さんが楽しく参加出来るように勤めてみせますよ」

「実行委員ねー……」



 これは、先生にお願いされたんだろうなぁ。

 確かに凛は適任だし、これ以上ないぐらい上手くやるだろうけど……。



「むっ、何か不満でも? 私は完璧にこなしてみせますけど?」

「いやいや、凛が凄いのはわかってるけどさ……」

「ふふっ。でしたら大船に乗ったつもりで、ドーンと構えていて下さい」

「気負いし過ぎる必要はないからな?」

「問題ありませんよ。あ、そうださっきのお団子に今、してきちゃいますねっ!」



 凛は、思い出したように洗面所に向かい姿が見えなくなった。

 相変わらずの忙しなさに、笑ってしまう。



「けど凛の……その自信が逆に心配なんだよなぁ」

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