第9話 凛の心をくすぐる仕草


 カップルやリア充たちが集まる巣窟——それが中庭だ。

 けど、そんな中庭にある大きな木の下で食べるのは、一学期から俺たちの定位置となっていた。


 まだ九月ということもあり、気温はまだまだ暑い。

 だから、この木陰で昼食をとるのは周りと違って涼しく、時折吹く風が中々に気持ち良かった。


 たまに日が差し、俺の身体を照りつける。

 その度にじわっと汗が滲み出てくるのを感じた。



「あっついなぁ……」



 俺が太陽に向かってそう呟くと、まるでそれを待っていたように凛が俺の額に浮かぶ汗をハンカチで拭う。

 今までの俺だったら、このちょっとしたやりとりで赤面し動揺していたことだろう。

 だが、夏休みという長い期間を経て耐性がついたのか「ありがと」と、動揺した様子を見せることなくその言葉を口にすることが出来た。

 自分自身、成長したなぁ~としみじみと思うよ。


 ただ、凛は俺の平然としたさまが不服なのか頬を膨らませた。



「翔和くんが何も感じてくれません……」


「……凛。チキンもヒヨコから鶏になるように成長する」


「そうですけど……。顔を赤くしながら、それを隠すように顔を背ける翔和くんが見れないのが悲しいです。可愛かったのに……」


「ははっ。翔和はツンデレだからなぁ~。デレが多くなったら必然的にそうなるのは仕方ねぇよ!」


「お前らな……」



 俺をいじり始めた三人にため息をつき、ネクタイを緩める。


 それにしても熱いなぁ……。

 ぱたぱたと手で顔を扇ぐと、いつの間にか凛が目を輝かせながら見つめてきていた。



「翔和くん! 今のをもう一度いいですか!?」


「うん……? 今のって……?」



 急に興奮気味でぐいっと距離を近づけて来た凛にたじろぐ。

 そして、俺は凛に言われた通り、手で顔を扇ぐことにした。



「これでいいのか?」


「それじゃないです! そのひとつ前ですよっ」


「あっついなぁ……」


「それではなくて、ひとつ後の…………って翔和くん。わざとやっていますよね……?」



 俺はわざとらしく首を傾げ、すっとぼけた。

 凛はぷくっと頬を膨らまし、俺の肩を掴む。

 掴む手には力が入っていて無駄に痛い……。



「私がやって欲しいのはネクタイを緩める仕草ですっ! とにかくもう一度! 一回だけ、一回だけでいいですから~」


「わ、わかった! わかったから揺らさないでくれ」



 俺の肩を掴み前後に揺らしてくる。

 ってか、あの動作になんで必死になってるんだよ……。


 ため息をつき、もう一度ネクタイを上へとあげる。

 そして凛の要求通り、ネクタイを緩める動作をした。



「はぁぁ最高です」



 うわぁ……。

 すげーだらしない顔してる。


 恍惚の表情と言えばいいのだろうか?

 こんなリア神を見たら、周りはびっくりしそうだなぁ……。

 その前に見せらんないか……。



「翔和くん! 次にですね~」


「おい、泣きの一回じゃなかったのか?」


「さっきのはさっきの。次に言うのは別の物です!」


「屁理屈だろ、それ」


「ふふっ。翔和くんの得意技を私も覚えました」



 わりと素直な凛が俺みたいな捻くれ技を覚えたら、手がつけられなくなるような……。

 やたらとたちが悪くなりそうで怖いんだが。


 俺は、得意気な表情をする凛に嘆息する。



「翔和、適度に諦めも肝心だぞ~。交渉事って言うのは、わざと高いハードルを用意して次の妥協案が本当の狙いだったりするからな~」


「あっ! 加藤さん駄目ですよ、そんなことを言っては……」


「あ~なるほど……。確かにそういうケースは何度かあったような……」



 健一の言葉に、俺はなるほどと感心する。

 確かに、凛との今までの生活を振り返ると思い当たる節しかないように思える。

 例えば夏祭りでの綿飴写真とかがいい例だろう……。


 いやぁ〜。勉強になるな。


 そんなことを考えていると、羨ましそうに俺と凛を見ていた藤さんが健一の肩を突いた。



「……ねぇ、健一もやって」


「え、俺もか!?」


「……うん。私も味わいたい」


「俺、ネクタイなんてそんな真面目に着けてないから、直すのが面倒で……」


「……やって」



 にこりと、それは素晴らしい笑顔で藤さんは言った。

 その口調は穏やかでありながらも、有無を言わせぬ迫力を持っている。

 だから健一も「はい……」としか言えなかった。


 健一はため息をつきながらネクタイを締め直す。

 そして、俺と同じようにネクタイに手をかけ緩めていった。



「…………これ、いいかも」


「ですよねっ!! 個人的には、家に帰って来た時にネクタイを緩めながら「今日疲れたよ〜」と言って欲しいですっ」


「……わかる。なんか甘えさせたくなる」


「うんうん、その通りです! 特にその時に少しシャツが少しだけはだけて、鎖骨が見えるのが私的にポイント高いと思います」


「……私は夏場だと、きらりと光る汗かも」



 凛が「それも素敵ですね」と目を輝かせながら言う、突如始まってしまった女子トークがさらに加速してしまった。

 最早、暴走モードという状態で俺らでは止めれそうにない。


 ああなった時の凛って止まらないからなぁ……。



「なぁ健一。これ、俺らが聞いていい会話か?」


「奇遇だな翔和。俺もちょうどそこに疑問を持っていたところだ」


「「……はぁ」」



 俺と健一は顔を見合わせ苦笑する。


 きっと帰った時にまたやらされるんだろうなぁ〜。

 二人して、そんなことを思っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る