第10話 リア充たちとの帰路



 ——放課後。

 先生が挨拶を終えて教室を出てから数十秒後のこと。



「迎えに来ました!」



 ドアが勢いよく開き、そんな声と共に猪突猛進な美少女が教室にやってきた。

 時間が停止したように教室が静寂に包まれ、みんながその入り口に立って満面の笑みを浮かべる美少女に視線を向けている。

 そして、一部の男子が恨みのこもった目で俺を睨んでいた。


 ……入ってきたのは勿論、凛なわけだが。

 きっと色んな人に色々と言われているのに、開き直って突き進むようになった彼女はもう止まる様子がない。

 どこまでも真っ直ぐな彼女には、見習うことが多いな本当に。


「……凛。その、速……すぎ、だから」


「あ、ごめんなさい。琴音ちゃん……」


 ちょっと遅れて、息を切らした藤さんも登場する。

 にわかに色めきだすクラス。健一には羨望と憧れに似た眼差しが、俺には相変わらず嫉妬ど憎悪といったところか……。


 まぁ、これは仕方ない。

 元々住む次元が違う人物同士。

 美女と野獣……いや、俺の場合は野良犬か。



「ほら、変なこと考えてないで、翔和の嫁が待ってるから行くぞ」


「誰が嫁だ……。つーか、的確に思考を読むなよ」



 リア充の超能力的な察しの良さにため息をつく。

 入り口にいる凛をチラリと見ると「えへへ〜、嫁ですって〜」と言い、頰に手を当てながら嬉しそうに身体をくねくねとさせていた。


 相変わらずの凛の反応だが……ってか教室の端っこの声まで拾うとか凄くない?


 ◇◇◇


 四人で慣れ親しんだ道を歩く。


 考えてみれば、四人で帰るというのは初めてな気がする。

 いつもはバイト先に急いで行こうとして凛に捕まる感じだったし、まぁもしくは後から凛がバイト先にドーナツを食べに来るぐらいか。



「……健一。今日は凛と買い物に行くから」


「おっけー。あれか、体育祭の準備に必要な備品を買う感じか?」


「……うん」



 何故か言い淀み、悲しそうな表情を藤さんがしている。

 ってか、その前に……。



「体育祭に買う備品とかあるっけ? 運動靴とか……?」


「「「…………え?」」」


「なんだよ……その顔は」



 凛たちは信じられない面持ちで呆然としている。

 そして皆がため息をついて、俺を見てきた。



「まぁ翔和だから知らなくても仕方ないか……」


「……常盤木君は学校の行事とか把握していないと思う、チキンだし」


「いや、チキンは関係ないからな」


「翔和くん……」


「そんな可哀想な人を見る目て見るなよ……」



 俺はため息をつく。

 いや、だって今まで学校に興味がなかったからそういうのは把握してないんだよ……。


 ってか、凛。

 俺は泣いてないからな?

 すぐにハンカチを用意しなくていいからな?


 俺は肩を落とし「とりあえず教えてくれ」とみんなに言う。

 その様子に凛がくすりと笑った。



「体育祭でクラス対抗の競技がありますので、それでクラス用の応援旗を作るんですよ。その材料などを買いに行く感じです」


「そういうのがあるのね」


「毎年、盛り上がるそうですよ? クラス対抗は学年ごとですし、かなり白熱するのでみんな気合いが入っています」


「あー、だから藤さんが寂しそうにしてたのか〜」



 クラス対抗だったら健一と俺、凛と藤さんは別のクラスだ。

 クラス対抗中だと健一を応援し辛いだろうし、それが嫌だったんだろう。

 藤さんを見ると、何か言いた気な目を俺に向け悔しそうにしていた。



「……常盤木君のくせに……生意気」


「いやいや〜、俺は事実を言っただけで照れる必要は————」


「……何?」


「って、健一が申しておりました」



 藤さんの鋭い視線にびびり、速攻で健一を売る。

 急に矛先を向けられた健一は、藤さんに詰め寄られていた。


 ……すまん、健一。

 俺に藤さんを茶化すなんて芸当は一生出来そうにないよ。



「もぅ翔和くんダメですよ? あんなこと言ったら琴音ちゃん、本気にしちゃいますから」


「大丈夫大丈夫。健一からすれば全てご褒美だし」



 凛は「ご褒美?」と可愛らしく小首を傾げる。

 それで二人の微笑ましい様子を見ると、なるほどといった様子で納得をしたようだった。



「あ。そういえば翔和くんは、今日もバイトでしたよね?」


「まぁいつも通り」


「わかりました。ではご飯を用意しときますね」


「今日は大丈夫だぞ? わりと夜が遅いだろうし」


「健康的な生活をしてくれるなら構いませんが……。翔和くんの家事能力は壊滅的なので心配です」


「信用されてねぇな~。凛がいないからってカップ麺やゼリーで済まそうなんて思ってないからな?」


「怪しいです……。カップ麺ではなくを食べるとか考えてそうで……」


「…………ははは」



 俺の口から渇いた笑い声が漏れ出る。

 すると、凛の目が鋭くなり俺をじーっと見つめてきた。



「……翔和くん?」


「はい」


「バイトから帰る時間になったら教えてください。いいですね……?」


「うっす……」



 横からニマニマとした生温かい目が向けられている。

 最近は屁理屈まで、事前に張る予防線までも問答無用に突破されるからな……。

 凛を出し抜くには、俺では最早不可能なレベルだろう。


 何やっても未来を知っていたかのような先回りをされるからね……。



「……チキンは将来、尻に敷かれる」


「だなぁ~。けど、尻に敷かれるぐらいが丁度いいらしいぞ? その方がいい夫婦になるって聞いたことあるしな」


「……私も頑張る。びしっとする」


「いや、琴音の場合はほどほどにな……?」


「……乗馬鞭、買わなきゃ」


「えっと琴音さん? 冗談だよ……な?」


「……二千円で買える。お手頃な値段」



 健一の顔が青ざめ、肩が震えている。

 そして、助けを求めるような目で俺を見てきた。

 うるうるとした目はチワワを彷彿とさせる。


 あー、仕方ない。

 まぁいつも助けてもらってるし……。

 俺は健一の目を見て、こくりと頷く。



「藤さん、健一にはビシッと頼むわ! その方が気合いが入るらしいし」



 健一は真正のドМだから大丈夫だろ。

 寧ろ、ご褒美だしあんなフリを俺に振ってくるぐらいだからな。


 今、絶望的な顔をしてるけど、あいつのことだから演技だろ、どうせ。



「……凛。買い物に行くよ。買うものが増えたから、急がないと」


「あ、待ってください! では翔和くん、加藤さん失礼しますね」



 目の色を変えて買い物に行ってしまった藤さんを、凛は慌てて追いかける。

 丁寧にぺこりと腰を折っての挨拶だったせいか、藤さんとは距離が開いてしまっていた。

 まぁ、凛のことだから問題なくすぐに追いつくだろう。


 二人の背中が見えなくなるまで、眺めていると健一が後ろから肩を組んできた。



「翔和~、余計なこと言いやがって」


「うん?」


「あー。その顔、自覚なしかよ……。まぁいいや、あれはあれで可愛い琴音が見られるし」



 やっぱりドMか……。

 めっちゃにこにことしてるし……。


 あ、でもひとつ心配なのは、凛が藤さんに影響されて……同じことしないよな?

 それがめっちゃ怖いんだが……。



「んじゃ俺らも行くか。ほら翔和、やるんだろ?」


「ああ。頼むわ」


「さっさと認めて楽になればいいのに、ほんと面倒な性格してるよなぁ〜」


「うるせぇーよ……。そういう簡単な話じゃないんだから」


「ははっ。ま、その考えはわかるけどよ」



 健一は呆れたように、やれやれ肩を竦める。

 だが、その表情は嬉しそうに笑っていた。




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