第8話 凛は翔和に甘対応、他は塩対応


「……健一、常盤木君。行くよ」



 教室にやってきた藤さんの登場で、教室がざわつき始める。

 その影響は、どうやら隣のクラスにも混乱を招いているようで、ザワザワとした声が聞こえてきた。


 ただ、藤さんがやってきたことによるざわつきだけではない。

 背後に控える凛がニコニコとしながら、二つの弁当を持ち、こちらに向かって手を振っているのが、このざわつきの原因である。


 そこだけがふわふわと花が舞っているのでは?

 と錯覚してしまうほど、華やかで目を惹いてしまう。

 そんな姿がそこにはあった。


 目が合うと嬉しそうに顔を赤くしてるし……。

 余計に目立つよね。



「ははっ! もう来たか〜。これじゃ勉強してる時間はないな、翔和?」


「そうだなぁ……」


 俺は勉強道具をしまい、荷物をまとめる。

 そして「じゃあ健一、行くとするか」と口にすると、健一はきょとんとする。



「なんだよ。行かないのか?」


「行くけど……。いやぁ~学校でも素直になったなって」


「俺は元々素直だよ」



 苦笑する健一を置いて、俺は廊下に出る。

 廊下に出ると各教室の入り口から、もぐらたたきのように生徒が顔を出して俺たちの様子を観察しているようだった。


 噂の真相を確かめたいのだろう。

 視線という視線を浴び過ぎて、ため息しか出てこない。


 だが、凛は気にした様子がないのか。

 廊下に出てきた俺を確認すると、直ぐに近くに寄ってきて、俺の腕を豊かな双丘を押し付けるように抱き着いてきた。

 凄まじい破壊力に、ドクンと自分の脈が速くなっていく。



「翔和くん、早く行きましょう! 今日のお弁当は自信があるんです。題して“天ぷら御膳”ですっ」


「御膳って……。あー、だからそんな大きいのね」


「ふふっ、二学期初日ですからね。気合をいれました。鞄には天つゆと何種かの塩も用意してます」


「準備が良すぎじゃないか?」


「いえ、これぐらい当然です。ちなみに翔和くんが好きなお吸い物も、魔法瓶を持ってきてますので、いつでも温かいまま提供できますからねっ!」


「それって、弁当の域を超えてないか?」


「ふふっ。ちょっと凝っただけですよ」



 ほめてほめてと要求するように凛は頭をぐいっと俺に寄せてくる。

 その瞬間、周りがやたらと殺気だってきたのを感じた。


 流石に凛もそれは気になったのか、ハッとした様子で綺麗な姿勢で立ち直す。

 そして、申し訳なさそうに目を伏せた。



「翔和くん、すいません。学校ですし、こういうの嫌でしたよね……」


「いや、まぁ今更な気がするし。ってか、凛の方こそ大丈夫か?」


「大丈夫と言いますと……? 私はいつも通りですよ?」


「そっか、ならいいんだが」



 俺が凛の頭に手を乗せ一回だけ撫でる。

 すると凛の表情が、花が咲いたような笑顔に変わる。

 俺の腕にぴたっとくっつき「えへへ~」と可愛らしい声を出した。


 ……仕方ないなぁ。

 本当に……。


 周りからの視線をやたらと感じるが、俺からの許しが出たという免罪符がある凛はもう気にしないように決めたみたいだ。



「若宮、夏よりパワーアップしたんじゃないか?」


「……今の凛は最強。向かうところ敵なし」


「まぁ確かにあそこの空間だけ、別な感じだもんなぁ~」


「……ずるい」



 凛に触発されたのか、藤さんは健一のシャツをちょこんと掴む。

 きっと恥ずかしいのだろう、やや遠慮気味だ。


 その様子に気づいた健一は、藤さんの肩を抱き自分の元へと手繰り寄せる。

 そして、やや乱暴に藤さんの頭をぐしゃぐしゃとすると、いつも通りの爽やかなイケメン顔で笑った。



「んじゃ、行くぞ。学校でダブルデートみたいで面白いじゃん」


「ただ、飯を食うだけだけどな」


「ははっ。そう言うなって~」



 四人で並びながら歩く。

 光景としては、美少女二人にイケメン一人にモブ一人。

 奇異な目で見られるのは仕方ない。


 俺としては覚悟していたことなので割り切って入るが、凛が問題である。


 ニタニタと悪意がありそうな雰囲気で近づいてくるたびに『邪魔しないでください』と言いたげに、ふぅーっと威嚇の声を出している。

 相変わらずのリア猫に俺は思わず苦笑した。


 そんな中、当然のように横やりを入れる奴もいるわけで——



「若宮さん! ちょっといい?」


「よくありません」


 だが、凛は話し掛けた相手に秒で断りを入れる。

 その様子に話し掛けた奴も、そいつの友人と思われる連中も時間が停止したように呆然と立ち尽くす。


 テンプレで言うなら、こういう場面で俺に絡みに来る奴が現れるってパターンだが……。

 さっきから、その芽が出る度に潰している気がする。



『若宮さん俺と——』

『お断りします』


『常盤木なんかと一緒にいないで——』

『私はあなたとご一緒したくありません』


 大体こんな感じだ。

 俺のアンチがポップする量産型の雑魚キャラのように湧いて出る。

 それを凛が片っ端に捌いてしまうわけだ……。



 初めて見たな。

 いや、俺が知らないだけで……あれが学校での凛なのか。

 淡白で、素っ気なくて塩対応。

 もうちょっと愛想がいいと思ってたけど……。


 違うか。

 いつもにこにこするのは、凛なりの世渡りする上での処世術。


 けど、今回の場合はだから怒ったり、流しているのか。

 それを見ると余計に悪い気がしてくるな。


 俺が難しい表情をしていたのか、凛が俺の顔を覗き込み頬を軽く突いてきた。



「どうかしましたか翔和くん?」


「いや、凛も人なんだなぁって思って……」


「むぅ。その言い方だと、私が何かおかしいみたいじゃないですか……」


「そんなことないって。まぁその……色々とありがとな」



 凛は何も言わずに微笑みかけ、俺の腕をさらに強く抱きしめてきた。

 そんな様子を生温かい目で見る健一と藤さんに、俺は苦笑するしかなかった。




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