第7話 広がる噂と変わる態度


 先生の板書をノートに写しとる。

 1学期の途中から勉強を始め、当初はわからないところだらけだった。


 凛に言われた通りわからないところに付箋をつけ、付箋だらけになったのを凛に見せる。

 それが1学期終盤での流れだった。


 けど、今は先生が言っていることがなんとなくわかる。

 理解できるようになったからか、心なしか授業も楽しく感じてきた。

 まぁこれは、夏休みの間中、家にいた最強の家庭教師のお陰だろう。


 またお礼を言っておかないとなぁー。

 ま、言ったところで『約束は守ります! 有言実行ですからっ!!』と強く言われそうだけど。

 いや、もしくは……、『ではご褒美をお願いしますっ!』とか言って断り辛い要求をしてきそう……。


 ——考えても仕方ないか。

 俺があれこれ考えてもその更に上を行くのが凛だし。

 さて、頑張るとするかー。


 俺は、先生が黒板に書いた応用問題を解こうとしたとき、「あー……。常盤木……?」と先生が声をかけてきた。



「どうしました、先生?」


「いやーその、あれだ。なんか具合が悪かったら保健室に行っていいからな……?」


「いや、別に具合が悪いなんてことは」


「本当か? 本当に大丈夫……か? 実は常盤木の双子の兄とか……」


「俺は一人っ子ですから」


「そ、そうか。それならいいんだが……」



 疑い続ける先生に俺は苦笑するしかなかった。



 ◇◇◇



 ——昼休み。



「あーはっは!! あ〜やべぇ! めっちゃ腹痛いわ〜!」



 隣で大爆笑する健一が俺の背中を何度も叩く。

 健一は腹を抱えて笑い、笑いすぎて涙が出るほどだった。



「……そんなに笑うなよ」


「いや〜わりぃわりぃ……っ! あーダメだ! やっぱりおかし過ぎるっ!! だって、今のところパーフェクトだぜ!?」


「ったく、馬鹿にしやがって」



 俺は健一を睨み、頰杖をつく。

 なんで、そこまで健一が笑っているのか。

 答えは簡単だ——。


 さっきのような先生とのやりとりが、何度も繰り返されたからだ。

 1限の数学に始まり、4限の化学まで全部である。


 先生によっては目薬をうって、目を擦り、そして頬を抓る仕草まで。


 いや、そんな3点コンボはいらないからな!

 と、ツッコミたい気分だ。



「まぁそんなむくれるなって〜! 今までの態度が悪過ぎたんだからよ!」


「それは認めるけど。確かに、授業なんてまともに聞いてなかったからなぁ」


「だろ? そんな翔和のことを見て、周りは『コアラみたい』って、言っていたからな。よく寝るし、起こしても机から中々引き剥がさないから」


「あ〜、だから『ユーカリの葉いるか?』って絡んできた奴がいたのか」



 凛と関わり始めてから、たまに絡まれる。

 そいつらがよく言ってた謎がまさかこの場面で解けるとは……。


 まぁ、今では言われないけど。

『木ごとくれ』とか、テキトーなことばかり言ってたら相手にされなくなったし。


 ……でも、またあったら面倒だなぁ。

 そんなことを考え、ため息をつく。

 俺の心境を察したのか、健一は優しく肩を叩いてきた。



「今日は、朝から大変だったなぁ~」


「想像以上にな……」



 健一が「ご愁傷様」と苦笑いする。


 今は普通に話しているが、さっきまでの俺は“寝てるから話し掛けるな”オーラを全開にして机で寝る姿勢をとっていた。


 結局、健一に話し掛けられ顔を上げたが、健一以外だったら無視を決め込もうとしていただろう。

 理由は単純だ——。



『なぁ常盤木って若宮と付き合ってんの?』



 登校して早々、特に話したことのないクラスメイト達がニヤリと腹立たしい笑みを浮かべて聞いてきた。

 正直なところ、聞かれること自体は予想していたことである。


 あれだけ夏休み凛と過ごしていたんだ。

 ずっと引きこもっていたわけではないし、プールや祭り……普通の買い物だって行っている。

 だから、目撃されていてもいおかしくはないと思っていた。

 それにより一学期に出た噂が再熱しても仕方ない。


 だから、二学期が始まったら色々と面倒なことを聞かれると、覚悟はしていたんだが。



「あそこまで広まってるとは思ってなかったわ……」


「“若宮が男といた”って噂が広まれば、そうなるわなぁ~。今の時代、SNSもあるわけだし、情報の広まりに歯止めは効かねぇし」


「はぁ。普段、俺に話しかけない奴まで話しかけるぐらいだもんな……」



 だから俺は人生で初めて、あれだけの人に囲まれた。

 きっと噂の相手が凛じゃなかったら、こうはならなかっただろう。


 俺はスマホを取り出し、画面をチラリと見る。

 ……凛からの連絡は入ってないか。



「ま、心配する気持ちはわかるけどよっ! 若宮のことだからきっと大丈夫だって」


「……それならいいけど。あ、さっきは助かったよ。ありがとな、健一」


「ははっ。いいってことよ!」



 人に囲まれる俺を健一は上手く散らせ、俺が答えやすそうな質問に変えてくれたのだ。

 そのお陰で答えたのは精々、“仲がいい”、“付き合っていない”、“近所付き合い”程度に抑えることが出来た。


 勿論、一緒に寝泊まりをしていた事実は伏せている。

 広まっていいことなんて一ミリもないしね。


 俺の横でニコニコと笑み浮かべる健一を横目で見る。

 いつもは腹立たしいニヤけ面に見える健一が今は、本当のイケメンに見えてくるよ……。



「まぁ、でも色々と判明するのは時間の問題だと思うぜ~?」


「……だよなぁ。個人的な希望としては、徐々に広まるぐらいにして欲しいけど」


「まぁそれは、無理だろ。若宮のことだから隠そうとしねぇだろうし、翔和が好奇の目に晒されるのは避けれねぇだろうな。学校一の美少女と言われる高嶺の花……ま、興味がない奴の方が少ないだろ」



 今頃、凛も質問攻めにされていると思うと心配だな……。

 あっちには藤さんがいるから大丈夫だろうけど。



「ま、とにかく翔和は頑張るしかないってことだ」


「わかってるよ……」


 俺が頷くと、健一は男でもドキッとしそうな爽やかに笑う。

 そして、健一が俺に気合を入れるように背中を叩いてきた。

 馬鹿力のせいで無駄に痛い。



「とりあえず、待ってる間に勉強でもするか~。今日の課題をやらないと怒られるし」


「ははっ。愛されてるなぁ」


「うるせーよ」


「そんなむくれるなって! ま、とりあえずは電話で話した通り助けてやるからさっ」


「頼りにしてるわ〜マジで」



 健一は、「任せろ!」と言うと拳を俺の前に突き出してきた。

 その拳に合わせるように俺も拳をコツンと当てる。

 すると満足そうな表情をして、にかっと爽やかな笑みを浮かべて微笑んだのだった。


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