第6話 凛と始まる二学期の朝
「起きてください。朝ですよ~」
「ん……っ」
――早朝。
耳元で囁くのは、夏休みに聞き慣れた美少女の声。
美少女に起こされるシチュエーションは、朝の目覚めとしてこれ以上ないぐらい至福の瞬間と言えるかもしれない。
って……美少女?
「凛っ!?」
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴と共に意識が覚醒し、思考がクリアになってゆく。
同時に俺は飛び起きて、声のする方を見ると驚いて尻餅をつく凛の姿があった。
視線は誘導され、視界には久しぶりの制服姿が映り込む……。
「悪い、凛……。大丈夫か?」
俺は、凛を起こそうと手を差し出す。
すると、顔を赤らめた凛が嬉しそうに手を握ってきた。
だが、すぐに何故か俺を疑うような視線を向けてくる。
「……ん? どうかしたのか?」
「あの、その……見ましたか?」
そう、今日は久しぶりの制服……つまりは、スカート。
彼女が気にしているのは、尻餅をついた拍子に見えてしまったのではという懸念だろう。
だから――
「いや、寝起きで視界がぼやけてたからよくわからん」
と平然を装い、首を傾げた。
俺は決して見ていない。
窓の外に見える空の色……なんて決して……。
「翔和くん……?」
俺をジト目で見る凛から、そっと目を逸らす。
人はやましいことがあると、目が泳ぐと言うが……まさにその状況が今だ。
そうなると俺のとるべき行動は一つ。
鉄拳制裁が来る前に……。
「翔和くんなら……別に……さすがに恥ずかしいですけど」
「……へぇっ?」
「すまん!」と謝罪の言葉を口にしようとする直前、凛の口から予想外のことが放たれる。
急なことで素っ頓狂な声になってしまった。
「見ますか……?」
「いや、それは……」
「冗談です。えいっ」
頭をぽかっと優しく叩いてきた。
お約束には随分と優しい対応である。
頬を赤く染めてのこの反応。
あの宣言をしたからと言って、羞恥心が全くなくなったわけではないのか……。
まぁ、それの方が助かるけど。
本能と理性のせめぎ合いがより激化するのは避けたいところだし。
「ってか、凛。なんで、もう部屋に……? モーニングコールはどうしたんだよ」
「鍵は前に渡されていますし、これも立派なモーニングコールです」
「まぁ確かに……起こされてはいるが。けどさ、俺のイメージだと前みたいに電話でくると思っていたんだが……」
「固定観念は捨てないとダメですよ? それに電話よりも直接起こした方が、確実性があります。特に翔和くんの場合は、お寝坊さんになることが多いので……」
「そう言われると立つ瀬がないが……。でも、朝きつくないか?」
「全く問題ありません。私は元から早起きですから」
凛から感じる強い意志。
あー、これは譲る気が一切ない時の目だね……。
俺はため息をつき、両手をあげて降参の意志を見せる。
嬉しそうに微笑む凛を見て、ドキリとした。
「ただ、起こすなら普通に起こしてくれ……。今日みたいなパターンは勘弁だ」
「では、どの形がいいか選択して下さい」
「ん? どういうこと……?」
凛はカバンからスケッチブックを取り出すと、二枚の絵を見せてきた。
ってか、このために作って来たのかよ……。
無駄に絵が上手いし……。
「一枚目が“朝起きたら馬乗りで起こしに来ている”絵です」
「却下だ」
「二枚目が“朝起きたら添い寝していた”という――」
「勿論、却下だ!」
「翔和くんは我儘ですね……」
「アイディアが突飛過ぎるだろ……なんだよ、これ」
「せっかく描いてきましたのに……」と、しょんぼりする凛がなんだか可哀想に見えてくる。
ってか、これのどれかが許可されると本気で思ってたのかよ。
でも、凛がこんなこと考えるとは思えないし……今回は――
「凛……これ、藤さんが考えただろ?」
図星だったのか、凛は目を逸らす。
やたらと鋭い凛の攻撃力はかなりの高さを誇るが……案外、防御力は弱めだよな。
咄嗟のこととかね。
俺は嘆息し、肩を竦める。
「とりあえず、さっきのは止めといてくれ。あんなことを毎日やられていたら、俺の心臓がいくらあっても足りん……」
「わかりました。では、そうさせていただきますね」
「はいはい」
さっきまで動揺しているように見えた凛が一転して笑顔になっている……。
あれ? なんかミスったか?
ってか、こういう交渉は既視感があるんだよな……。
ま、考えても仕方ないけど。
「今日から二学期ですね。楽しみです」
「そうだな……。じゃあ、準備が出来たら行くか~」
「はい……?」
「え、なんで疑問系?」
凛がきょとんとした様子で可愛らしく首を傾げる。
何か腑に落ちない様子だ。
「いえ、あの翔和くんはてっきり……今日、『一人で行った方がいい』とか『騒ぎになるだろ』とか、言うと思っていたので」
「ああ、まぁーね。俺は無駄なことはしない主義だからさ」
どうせ言っても聞かないのはわかっている。
俺自身、凛と一緒に行くのは、嫌ではない。
寧ろ好ましく思っているのは、紛れもない事実だろう。
ただ心配なのは、自分の身より凛のことだけど……。
「素直すぎて裏があると思ってしまいます……。普段はあんなに捻くれてるのに……」
「いや、少しは信じろよ。ってか、俺だって素直に聞くことはあるからな?」
「もし言われた時のために、数十通りの返しを用意していたのですが……無駄になってしまいましたね」
「そんなにあったのかよ……」
俺は苦笑し、凛が用意を始めた朝食を待つことにした。
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