第2話 凛と終わりゆく夏休み①


 ――本音を聞かれると恥ずかしい。

 それは誰もが経験のあることではないだろうか?



 わかりやすい例をあげるのであれば、社会人が飲み会で気分が良くなり“自分の人生哲学”を語り、後々に後悔するとかだ。


 お酒の勢いとはよく言ったものだが、お酒というツールとその場の雰囲気というのが饒舌に語らせてしまうのだろう。



 俺達みたいな高校生でも同じようなことがある。



 それは“語り”と称して各々の考えを述べたり、話の場だ。

 放課後の教室に集まり、愚痴からの恋愛トークは最早“鉄板”と言える流れだろう。


 俺には縁のないことだが、目撃したことぐらいはあった。

 語ってる男女がいる教室に入った時の気まずさって半端なかったけど……。

『入ってくんなよ』と如実に目が語っていたからね。


 まぁ、でもこの“語り”には欠点がある。


 気持ちが高揚し、あれこれ喋るせいで『ここだけの話』、『他の人には言わないで欲しいんだけど』などの秘密が漏れやすくなったり……。

 好意を寄せる女子の名前を言って、気まずくなったりと……。


『なんであの時、話しちゃったんだよぉぉおお!!』


 と、叫びたくなるような事態を発生させやすいのだ。

 だから、出来る限りどんな時も本音や本当のことは隠した方がいい。


 そう……隠した方がいいんだ。



「あー……、なんで話したのかなぁ」



 俺は机に項垂れ、手に持ったペンを机に投げ出すように置いた。



 ——夏祭りから数日が経っている。


 あの時は体調が悪く、自分で言うのもなんだが弱っていたと思う。

 それか、幸せそうな家族の様子や話を聞いてナイーブになっていたのかもしれない。


 とは言え、一時のテンションに身を任せて発言したのは間違いだった……。



「少しでも話したら、余計に気を遣わせることになるって簡単に想像出来ただろ……」



 凛は察しがいい。

 それは、もうエスパーと錯覚してしまうほどだ。


 だから、俺がすべてを話してなくても家の現状と俺の話を結びつけて気が付いてしまっただろう……。


 その証拠に……なんだか、対応に違和感がある。


 いつもは、なんでもかんでも猪突猛進。

 俺の状況や心境なんて、強引にねじ伏せるようなパワーがあった。


 けど、ここ数日……それがない。

 まぁ、これはあくまで俺の気のせいという可能性があるが……なんとなく、距離感を気にしているようにも思えた。


 俺に気を遣ってくれるのは、正直言って有難いことだけどね……。

 でも、それで凛に迷惑をかけるのは嫌だ。



「考えても仕方ないし、餌でもやるか……」



 俺はため息をつき、我が家に増えた居候を眺める。

 不自由なさそうに動き回る、それを見ていると自然と笑みが溢れてきた。



「……癒されるよなぁ」



 夏祭りで手に入れた金魚2匹。

 名前は“スズ”と“ハネ”である。


 ちなみにこれは凛がつけた名前であり、両親が帰ってくるまでは、俺の家で世話することになっている。


 俺は金魚の餌を持ち、それをパラパラと水面に落としてゆく。

 さっきまではゆらゆらと気ままな様子だったが、ご飯と気づくなり、その場に一直線である。



「生き物を飼うのって、案外悪くないかもな……」



 気分が紛れるのは助かる。

 現実逃避と言われればそれまでだが、救われるのも事実だ。


 けど、いつまでも現実逃避をするわけにはいかない。

 凛はいずれ買い物から帰ってくる。


 そしたら、またなんとも言えない雰囲気に家がなることだろう。


「考えるだけで頭が痛——」



“痛くなる”そう言いかけたところで、家の玄関が開く音が聞こえ、何故か慌てた様子で俺の元へ駆け寄ってきた。


 しかも、買い物に行ったというのに……手ぶらである。



「翔和くん。今から、海に行きましょう!!」



 凛は帰ってくるなり、そう叫んだ。

 いつも以上に勢いがある彼女を見て、俺は馬鹿みたいに口を開けて唖然とする。


 そして、時計をチラリと見た。



「えーっと……今から?」


「勿論です!」



 真っ直ぐに俺を見つめる目からは、引く気のない強い意志を感じる。


 その様子に俺はたじろぎ、苦笑いを浮かべた。

 いやぁ……押しが強いな、本当に。


 けど、今はそんなことより気になることがあった。

 だって――



「もう夕方だけど……?」



 そう、もう太陽が傾き始めているのだ。

 今から海に行くのはどう考えても遅い……。

 着く頃には、夜になっていることだろう。



「夕方というのは綺麗ですからね。絶好のお出掛け日和です」


「流石に無理矢理過ぎるだろ。せめて明日とか……いや、3日後とか……。1週間後でもいいかもしれない」


「……それだと、学校が始まってしまいます」


「それは知らなかったなー」


「もうっ! いいから行きますよっ」



 凛は俺の手を掴み、玄関のところまで強引に手を引いてゆく。

 そして、俺を外に出すことに成功すると、得意気な表情でふんと鼻を鳴らし微笑んできた。



「相変わらず強引だなぁ」


「ふふっ。それが私ですからね」



 強引さは決して褒められることばかりではないが……今はその強引さが助かるな。


 自分の表情が自然と緩むのを感じる。

 その様子見た凛は、俺に微笑みかけてきた。


 彼女の眩しい笑顔が夕陽で余計に強調される。

 つい見入ってしまうほど魅力的だ。


 今時だと、こういうのを“エモい”って言うのだろう。

 そんな柄にもないことを思ったのだった。

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