第③章 リア神と変化する気持ち【書籍版の続き】

第1話 プロローグ(凛と母の秘密の会話)

「買い物に行ってきますね。その間、ちゃんと課題をやっておかないとダメですよ?」


「ああ、わかったよ……」



 夏祭りが終わり、私と翔和くんは家に戻ってきていました。

 翔和くんの体調はすっかり良くなり、アルバイトも問題なくこなしています。


 ただ、翔和くんと私の会話が——



「あの日を境になんとなく……、ぎこちないですね」



 夏祭りの最後に想いを伝えて…………。

 いえ、はっきりとは伝えられていない気がしますが……。


 それから、翔和くんの態度が少し素っ気なくなった気がしています。


 前からそういう時もあったので、私が意識し過ぎなだけという可能性もあるかもしれませんけど……。


 うーん……。

 考えても心がざわつき、気持ちにモヤモヤとした感じが増えるだけです。



「どうしましょう、困りましたね……」



 私は燦々と照り付ける太陽に手をかざし、目を細めます。

 鬱陶しく感じてしまうほど眩しさ……。

 いつもはそんなことを感じないのですけど……。




「はぁ……」



 自然と漏れ出てしまうため息がより気分を憂鬱とさせてしまいます。


“告白後に気まずくなり、その後は疎遠となる”と聞いたことがありますが……。

 

 まさにその状態なのでしょうか……?


 買い物に行かなくては行けないのに足取りが重く、私は近くの公園に入ってゆきます。


 そして、ベンチに腰掛け再び空を見上げました。



 雲ひとつない空。

 それがなんだか無性に羨ましく感じてしまう。



“ブー、ブー”



 私がため息をつき俯いているとスマホが振動し、画面には“お母さん”と表示されていました。


 狙いすましたようなタイミングに思わず苦笑してしまいます。



『やっほー! もしも~し、凛ちゃ〜ん?』



 電話に出るとやたらとテンションの高い声が聞こえてきました。


 ……どうやら旅行を満喫しているようですね。


 あ、でも……この時間に電話。

 楽しそうには聞こえますが、もしかしたら何かあったのでしょうか……?



「お母さん、どうかしましたか? もしかして旅行先で何かトラブルでも……」


『ないわ〜。旅行は楽しいわよぉ。ラブオブラブって感じ~』



 違いました。

 でも、相変わらず仲が良さそうで良かったです。

 ……ちょっと羨ましいですけどね。


 私のお父さんは普段から忙しいですが、家族との時間を大切にしてくれます。


 まぁ……ただ、私にはちょっと過保護な部分がありますが……。

 翔和くんの話を出すと指をポキポキと鳴らしていますし。


 もし、会うことになったら考えないといけませんね……。



『凛ちゃ〜ん? 急に無言になったけど大丈夫かなぁ?』


「あ、ごめんなさい! とりあえず、何もトラブルがなかったようで安心しました。夫婦水入らずで楽しんでくださいね」


『もっちろんよ~。それでそれで、ママのナイスアシストは生かせたかなぁ?』


「えっと……その、一応は……」



 お母さんからきた突然の質問に言い淀んでしまいます。

 確かに、この夏で距離を縮めることは出来たと思います……。

 しかし、新たな課題が浮き彫りになったのも事実。


 考えないといけないことが山積みですね……。



『え~っ? 何々その反応~! ママ、気になっちゃうわぁ』


「……そんなにテンションを上げられましても」


『ねぇねぇ〜、どこまで進んだのよぉ〜?』


「告白しました……?」


『どうして疑問系なのぉ? まさかー、“ちゅー”したとか“中途半端な伝え方になった”とか~。“ポンちゃんの返事を保留にしちゃった”とかだったりするー?』



 まるで見ていたかのような的確な指摘に、頬が引きつるのを感じます。


 お母さんは昔からおっとりしているように見えて、本当に良く見て状況判断に優れているのですよね。

『超能力者ですか!?』とツッコミたくなるぐらい。


 素直に凄いとは思います。

 ですが、今回の場合は……ちょっと恥ずかしいですね……。


『ねー、ねー、どうなのぉ〜?』と何度も問い掛けてくるお母さんに私は、声を絞り出すように答えます。



「ゔっ……全部です」


『あらあら~。凛ちゃんは、大事なところで押しが弱いんだからぁ』


「あの……正確に状況と心を読まないで……ください」


『それは無理よ~。だって家族だものぉ。ママにはわかっちゃうわぁ~』


「家族……。そうですね、家族ですからね……」



“家族”。

 その言葉を聞くと、脳裏には翔和くんとの会話が蘇ってきます。

 なるべく平静を取り繕って、声を出す翔和くんの姿と一緒に……。


 彼が何を感じ、何を思って、そしてどんな理由があって頑ななのか……。

 正確にはわかりません。



 私に何か出来ることが有ればいいのですが……。



 そんなことを考えていると、『凛ちゃん? ひとつだけいいかなぁ?』私の名前を呼ぶお母さんの優しい声が聞こえて来ました。



「……何でしょうか?」


『ママに、何か聞きたいことはない?』


「えっと……。いえ……大丈夫です。これは、私の問題ですから」



 私がなんとかしてあげないといけない問題。


『“ずっと一緒にいたい”と言わせる』と意気込んだものの、考えれば考えるほど何をすればいいか迷ってしまっています……。


 そんなことを考え、黙っているとお母さんの優しい笑い声が聞こえてきました。



『そう……。じゃあ今から話すことはママの独り言だから聞き流していいわ』



 そして、いつもと違う声のトーンでゆっくりと話始めます。



『人は嫌だ嫌だと言いつつ、求めるものなのよ。特に人の温もりや繋がりというのはねぇ。それを拒んでる人には諦めない気持ちと素直な対応が必要になってくるの』


「…………」


『そして、その子が前を向けないなら、引っ張ってあげる存在にならないといけないわ』


「引っ張る……ですか」


『そうよ。あなたの良さは、“惑わされずに自分の目で選び、突き進むことが出来る”こと』


「私に……」


「私に出来ますか?」と出かけた言葉を飲み込みます。


 言葉というのは力がある。

 一度、口にしてしまえば心を拘束してしまう。


 だから私は飲み込んで、お母さんに尋ねます。



「お母さん、私は何をするべきだと思いますか?」



 私の問いに対して、お母さんは『そんなの簡単よ』と笑いながら言います。



『心の赴くままに突っ走りなさい!』



 色々と悩んで暗くなっている気持ちに響くその声……。

 その声に私はハッとしました。

 同時に、頭の中で増えていたモヤモヤとした雲が晴れてゆくのを感じます。



『凛ちゃんは理性的に見えて、動物のような直感と感性で生きてるようなものなんだから、あれこれ考える必要なんてないのぉ』


「……ちょっと、馬鹿にしていませんか?」



 いつもの話し方に戻ったお母さんに、不服を唱えます。

 けど、お母さんは気にした様子がなく愉快そうに話を続けました。



『そんなことないわ〜。凛ちゃんの選んだ選択肢に間違いなんてないんだから。だって——自分で選んだのを正しかった道にするんでしょ? 行動する前に考えても仕方ないわぁ〜』


「そうですね……。そうでした……」


『ふふふ、いい子ねぁ。いい? 何があっても支えてあげる。そんな女性でいなさいね。彼、危なっかしい部分があるから注意しとくのよ?』


「はい……。ありがとうございます、お母さん」



 さっきまで悩んでいたのが嘘のように気持ちが楽になりました。


 確かにあれこれ考えて悩むよりは、彼に寄り添い……そして、アプローチを頑張るべきですよね。



「私……頑張りますっ! もっと近づけるように!!」


『そうこなくっちゃ〜。よ〜し、じゃあここはママ直伝の“悩殺の構え”を教えてあげるわぁ』


「お願いします!」


『ちょっと待ちなさい!!!』



 私の意気込む気持ちに水を差すような大声が電話越しから聞こえてきました。


 きっと電話を奪いあってるのでしょう。

『いや〜ん、離してよ〜』とお母さんの声が聞こえて来ますし……。



『ちょっと凛! 私から話があってだな! どこぞの馬の骨によごさ――ごふっ!?』


『あらあら、パパったらぁ。そんなにママのことが好きなのねぇ』


『は、放してく……』


『やだわぁ、そんなに激しくしちゃ……。電話の前なんだから~』


「お、お母さん? お父さんに優しくしてあげてくださいね」



 仲が良いのは見ていて微笑ましいのですが……。

 些かスキンシップが過激な時があるように思います。


 一応、特に問題が起きていないので問題ないと思いますけど。



『問題ないわよぉ。世の中にはこういったことがご褒美の人もいるの~。だからパパは恍惚の表情を浮かべているわ~。ねっ! パパ……?』


『うん! リサへの愛は無限大さ(リサ裏声)』


「それなら問題ないですね」



 夫婦の愛情の深さに思わずにっこりとしてしまいます。

 目指すべきはこのような関係かもしれませんね。



『おい! 凛、リサの言うことを真に受け――ぐっ……』


『パパ~? 寝るのは早いわよー。じゃあね、凛ちゃん。頑張るのよ』


「勿論です」


『ふふっ。じゃあまったねぇ〜!』



 最後にはいつも通り、テンション高めの声が聞こえ電話が切れました。


 さて——



「今日も頑張りましょう!」



 私は頬を一回だけパチンと叩き、買い物に向けて歩き出します。


 足取りは軽く、今なら誰よりも速く走れるかもしれない。

 そんな気分でした。

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