閑話 クソゲーRPGをしよう!③ ラスト



『おい……健一。この状況は、お前のせいだぞ?』



 順調にレベル上げが進み、ゲームに慣れが出てきた頃、俺は画面に映る健一を見ながら悪態をついた。


 無表情なキャラクターからは陽気な笑い声が聞こえ、この状況を楽しんでいるのが窺える。



『ん〜っ?? 俺には翔和が何を言いたいか、さっぱりわからねぇーな』


『……常盤木君は何でも気にしすぎ、それよりもゲームに集中して。ここまで来て、ゲームオーバー……バグのせいでレベルリセットとか、もう嫌だ

 よ。だからしっかりして……』


『えー……俺が変なのか?』


『翔和が変なのは今に始まったことじゃねぇーけど。とりあえずお前は、何でも気にしすぎなんだよ! それにこれで丸く収まっただろ?』


『さり気なくディスるな……。ってか、何も解決してねー』


『まぁまぁ。これで若宮が暴走することはないんだし、いいんじゃないか? なっ、若宮〜』


『はい。今の私は不思議と落ち着いています。まるで実家のような安心感というものですね』


『お前らなぁ……』



 俺は肩を落とし、置かれたこの状況に嘆息した。


 ゲームがやりにくい……。

 俺は腕を移動させようと動かすとすぐに掴まれ、凛の背後から覆い被さるようなポーズに戻される。

 俺の脚の間にいる凛からは、満足そうにふんと鼻を鳴らす音が聞こえた。


 ため息をつき、肩を竦める。

 あー、なんで俺の周りは強引な奴ばかりなんだよ……。

 やになるわ……。


 こうなったのもさっき、『そうだ、若宮。反射的行動を抑えるコツを教えてやろうか?』と健一が凛に提案したせいだ。


 その後、俺に聞こえないようにして余計なことを吹き込んでたからね。


 そして、『なるほど、それは妙案ですね』と声がするとほぼ同時に……今の状況に至ったというわけである。


 いや、ナチュラルに心臓へダメージが入るような行動をとるよね、凛は……。



『なぁ凛……。めっちゃコントロールが持ちづらいんだけど……』


『私が変な行動をとってしまうよりは、いいと思いますよ?』


『……自分で言うなよな』



 俺はため息をつき、握り辛くなったコントローラーを操作してゆく。

 高鳴る心臓を誤魔化すように、わざとかちゃかちゃと動かした。


 ……心臓の音とか聞かれたら恥ずかしくて死ぬわ。


 そんなことを思いながら、凛との隙間を少しでも開けようするが、動くタイミングでピタリと俺の行動に合わせてきた。


 相変わらずのエスパーに俺は苦笑いをする。



『あまり動かないでください』


『そう言われてもなぁ……。色々と困るんだよ』


『ふふっ。もしかして照れてます?』



『そういう凛こそ、なんか顔が赤くないか?』


『えっ、嘘! そんな翔和くんから見えな……あ』



『翔和くん……。私を嵌めましたね?』


『いや、今のは自爆だろ!!』


『いえ、完全に嵌められました。とことん嵌められた感じです。ハメにハメられました』


『誤解を招くような言い方をするなよ!』



 ……嵌める、嵌めないとか言うなよ。

 イントネーションがなんかそっちの意味に捉えられないんだけど……。


 くそ、これが天然だから余計に始末が悪い。



『おーい、翔和。忘れてるから言うけどよ〜。ゲームから会話が筒抜けなだからなぁ〜?』


『『あっ……』』


『……イチャイチャずるい』


『『………………』』


 恥ずかしさや気まずさから無言になる俺と凛。


 けど、なんだろう。

 なんかさっきより重くなったような……。


 鼻腔をくすぐる甘い匂いにくらくらする。

“あー、後で揶揄われるなぁ……”

 そんなことを考えながら、ただひたすらにレベル上げに勤しんだ。



 ◇◇◇



 熱くなった顔も落ち着き、この状況にも動じなくなった頃。

 俺達のパーティーは、ボス部屋の前に到着していた。


『んで、だいぶ俺達は強くなったみたいだけど。これで勝てんのかぁ〜?』


『いや、無理だけど。普通に戦ったら』


『『『え……』』』


『まぁまぁ、それはゲームでよくある仕様だし』



 落胆するみんなに俺は咳払いをし、ボスの部屋に入る。

 まぁ、確かにこのクソゲーを始めて結構時間が経ったしな……。

 これで全て無駄となれば、確かに気持ち的には最悪だしね。


 ボスが長々と話し始め、その間に俺は作戦をみんなに伝えることにした。

 ちなみにボスの戦闘前ムービーは例の如く飛ばすことが出来ない。



『身の上話を始めたぞ、このボス。それも結構、同情の余地がある内容なんだけど……』


『……うん。なんか可哀想』


『そうですね……。でもこれって、このゲームの話ですか?』


『“離婚した”とか“家族が逃げた”とか“友人に騙された”とかは、製作者の身の上話らしいぞ? ゲーム内で愚痴を言ってるって感じだな』


『うわぁ……。闇が深いなぁー、このゲーム……』



 長々と語られる不幸話と愚痴は約10分ほど語られてゆく。



『とりあえずボス戦が始まったら、凛は回復魔法をボスに向かって。健一はひたすら防御を選択して、藤さんはステッキで殴るを選択』


『わかりました! って、回復魔法をボス相手でいいのですか?』


『レベル上げたのに俺は防御!? さっき良さげな必殺技を覚えたじゃねぇーか!』


『……私、魔法使いなのに物理』



 口々に出る疑問と不満。

 同時に喋るから、ゲーム内から不協和音となって耳に届く。

 キーって煩い音だ……。


 それと同時にボスとの戦闘が始まる。

 ちなみにボスの名前は『ルヤテメヤ・ャシイカ・ソク』というなんとも言いづらい。


 けど、ある意味想いが詰まった名前でもあるけど。


 ボス戦とは思えない遊園地のようなコミカルな音楽が流れる。



『とりあえず言われた通りに進めれば勝てるから』


『本当かよ……? 相手の体力ゲージ画面から突き出してて見えないほどなんだが……』


『まぁ、糞タフなボスだから仕方ない。ちなみに補足しとくと、魔法や必殺技の類は一切効かないぞ。しかも、毎ターン敵の能力で自分の最大HPを10%使って強制的にこっちのHPを1にしてくるオマケつきだ』


『それ無理ゲーじゃねぇか!!』



 言われた通りの行動をしながら健一が叫んでいるが、理不尽なゲームにはつきものだ。

 言い忘れてるけど、自動回復も完備したボスなので全くと言っていいほど隙がない。



『それってどう考えても勝てませんよね?』



 そう、凛の言う通り——本来は勝てないボスである。

 つまり、このボスはゲーム序盤にある所謂“負けイベント”ってわけだ。


 けど、そこはバグゲーのクソゲー……。

 俺の言った通りの行動をしていれば——。



 画面が白黒と何回か点滅し、突如歌が流れ始める。

 そして、まだ会えてもいない登場人物が画面上を走っていた。



『おい……翔和? まさかこれで終わりか? なんかエンディングが流れ始めたんだが?』


『言っただろ? 最初で最後のボスだって』


『マジかよ……。これで終わりってどんだけ内容薄いんだ……。あ、それともまたバグか何か?』


『まぁね』



 このボスは確かに倒せない。

 ただ、何故か回復魔法を“ボスに当て続ける”とバグのせいでボスが回復せず、毎ターン自分の特技でダメージをくらってゆく。


 そこで、こちらが魔法や必殺技のようなのを当てるとバグが終わるので“とにかく物理で殴る”しかないのだ。


 それを愚直にこなすと数分の内に倒せてしまう、悲しき“ラスボス”である。



『他にボス戦とかねぇの?』


『あるにはあるみたいだが、俺のでは無理だなぁ』


『……どういうこと?』


『どうやら、追加コンテンツでボスを追加するつもりだったみたいだからなぁ〜。俺のには入ってないんだよ』


 このクソゲーを研究した解析班によれば、謎の容量のデカさとかが計測されたようだ。

 きっと、完全版商法でもするつもりだったのだろう。



『なんかわりと呆気なく終わったが……こんなもんか? なんとも言えない虚無感があるんだけど」


『ま、クソゲーだからな』


『……その言葉だけで説得力があるのは不思議』


『私は楽しかったですよ?』



 苦笑いをする健一と藤さんと違って、凛の目はキラキラと輝いているように見えた。


 どんなものでも楽しく出来るのも、一種の才能かもしれないな……。



『まぁせっかくだから、スタッフロールを見てみて。このゲームの闇がわかるからさ』



 俺はゴーグルを外し、床に置く。

 正直、このゴーグルって重いんだよね……。


 俺の言葉に従った三人は無言でスタッフロールを見ている。


 途中で凛が『あっ……』と呟き、その後に『ははは……』と健一の渇いた笑い声が聞こえてきた。

 藤さんはよくわからなのか首を傾げている。



『……変なところある? 確かに殺風景な画面が流れてるけど』


『確かに、手抜き感が溢れる映像ってゆうのもわかるが……それ以前によぉー』


『さっきから同じ名前が多いですよね……?』



「そうそう! それがこのゲームの凄いところなんだよっ!」


 他の三人もゴーグルを外し、それを置く健一と藤さんが苦笑いする中、凛だけは相変わらず楽しそうである。



「翔和はなんで嬉しそうなんだよ……?」


「この開発にかかった人数やエピソードを考えるだけで想像が膨らまないか? 例えばほら、開発途中で退職者が相次いだからとか、じゃあその理由はなんだったのかとか。ゲーム一つで世の中の理不尽さが浮き出てくるようだろ? それを想像するのもクソゲーの嗜みってもんだよ」


「「うわぁ……」」



 ドン引きする健一と藤さん。


 なんだよ、その反応……。

 可哀想な人を見るような目をして……。


 しかも凛に限っては何故か手にハンカチを握って、何かを待ち構えているようだし。



「……翔和くん? 疲れているのなら抱きしめましょうか? ストレス解消にいいという噂ですよ」


「それは遠慮しとく」


「さぁ」


「話し聞いてた?」


「さぁさぁ、遠慮なさらずに」


「あー、話し聞いてねー……」



 凛に抱擁なんてされてみろ……。

 別のものが溜まって臨界点に達してしまうわ!


 ってか、本当に一度舵を切ると話が通じなくなるね……凛は。


 この後、手を広げハグをしようとする凛から逃げるわけだが——どうなったかは、まぁ察してくれ。



 ◇◇◇



 ——次の日。

 買い物に出掛けた凛が戻ってくるなり、興奮した様子で手に持った物を俺に見せつけてきた。



「翔和くん、買ってきましたよ!」


「買ってきたって??」


「くそげーと呼ばれるジャンルのゲームです! なんでも“ホバーリングしながら移動する時代劇的なゲーム”らしいですよっ」


「へぇ〜、それは知らないな……よく見つけたね?」


「ふふっ。それは、翔和くんの部屋の物は全て把握してますからね! なので、持っていないゲームを見つけてきました」


「……そっか。じゃあ後でやるか?」


「勿論です! 勉強の後にやりましょう」



 いつもの日課である勉強の後に“凛とのゲーム”が追加された。


 うん。

 こういう日常も悪くない。

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