閑話章 物語には裏がある(書籍版の続き)

閑話 翔和と健一(過去のキッカケ)


 中三の夏――外に出るのが嫌になるような暑さだ。


 この時期といえば、受験生にとって超が付くほど大事なときで『夏を制す者が受験を制す』と言われるぐらいである。


 そんな大事な時期なわけだが……、



「はぁ、琴音のやつ。なんで俺に買い物頼むんだよ……」



 俺は保冷バックに入った大量のアイスを見てため息つく。

 どこかの部活に差し入れをするんじゃないか? と思われるほどの量で、無駄に重たい。


 けど、アイスだけだったら俺もここまでげんなりとすることはなかった。

 その原因は、もう片方の手で運んでいる大荷物である。


 今日、買い物に行ったのは地元の商店街なわけだが、そこで『夏の大感謝祭』とい名の福引がやっていた。

 三千円以上のレシートを持って行けば回せるという単純な物で、景品は子供用の玩具や日用品、旅行券、買い物券と、まぁ色々である。


 俺はそんなレシートを二枚持っていた。

 一枚は大量に購入したアイスのレシート。


 もう一枚は、琴音がやり忘れた……。


 いや、たぶんだけど恥ずかしくて出来なかったんだろうなぁ。

 かなりの人混みだし、目立ちたくなかったのかもしれない。


 そう、普段の琴音はツンケンしているが、本当は引っ込み思案で恥ずかしがり屋だ。


 全ては照れを隠すための行動で、それが裏目に出てしまうことが多い。


 例えば、会話が少し遅れ気味なのも恥ずかしさ故にだし、睨むような目つきも、嬉しい出来事で緩む顔を隠したかったりとか……。

 とまぁ、大変誤解を受けやすい。


 その結果、周りにめっちゃ怖がられている。『氷の女王』とか言われてるしな……。


 俺や若宮といる時はまだ大丈夫なんだが……。


 つーか、俺といる時は素直で可愛いし……。

 あーやべ、顔がにやけそう……。



「おっといけねぇ……」



 俺は顔を左右に振り、気持ちを落ち着かせる。そしてにやけないように頬を両手でバシバシと叩く。



「それにしてもマジで重いぜ〜。なんでバーベキューセットが当たるんだよぉ……」



 くじ運がいいのは間違いないが、この炎天下で重い荷物はきつい。

 汗は大量に噴き出すし、身体がべとべとして気持ちが悪い……。


 はぁ、早く帰ってシャワーでも浴びてぇな~。 


 俺がそんなことを考えていると、泣き噦る子供の声が聞こえた気がした。



「……うん?」



 声がする方を見ると、小さな小川が流れる橋の上でしゃがみ込む小さな男の子の姿があった。


 その男の子は橋の上から川を覗きながら、「うぅ、僕の……僕のゲーム……」と掠れた声で絞り出すように呟いていた。


 なるほどな……。


 状況を見て子供に何があったか、俺は全てを察した。

 だが、どうすることも出来ない。


 何とかしてあげたい気持ちはあるが、川に落としてしまった物を見つけ出すことは不可能に近い。

 仮に見つけたとしても、落としたのが電子機器であるなら間違いなく壊れていることだろう。


 そうなると……俺に出来ることは、子供を慰めて親の元まで送ってあげることぐらいか。


 ……よし、動くか。


 そう思った矢先、俺よりも先に子供へ近づく人影が現れた。


 俺は足を止め、注意深く様子を窺う。

 誘拐とかの犯罪に子供が巻き込まれそうになっていたら助けるためだ。


 だが、近づいたその人影には妙な既視感があり、子供前で座り込むように腰をかがめた。



「あれは……常盤木か?」



 ――常盤木翔和。

 彼はウチの学校ではちょっとした有名人だ。決して悪い意味で有名人ってわけではない。


 ただ、よくわからない。『正体不明』という意味で有名人だ。


 いつも独りでいて、誰と話すこともない。話すとしても、


『常盤木。次の授業、理科の実験で事前準備だってさ』

『わかった』


 とこれぐらいである。


 いつも無愛想で笑うことなく、必要最低限の言葉で淡白に答えるだけ。


 常盤木はコミニケーション能力は皆無だが、成績は悪いわけではない。

 寧ろ良い方で、学年順位も上位に入るほどである。


 けど、何を考えているか本当にわからない。


 好きな食べ物は? 

 趣味は? 

 そんなことが一つもわからない。


 だから『正体不明』。

 謎の人物とされている。


 一応、俺は同じクラスだったということもあり、小学生の時に数えられる程度の回数だが遊んだことはある。


 ただそれ以来、大して話したこともないし、同じクラスとは言え用事がなければ絡むことはない。


 ま、学級委員だから伝達とかするけど……。

 めっちゃ素っ気ないんだよなぁ〜。


 そんなことを思い出していると、常盤木が子供に声を掛けその内容が聞こえてきた。



「たまたま掃除してたら拾ったんだが……。これ、もしかして君のじゃない?」



 微かに聞こえる常盤木の声に俺は耳を澄ませ、注意深く会話を聞く。



「これ僕の……?」


「すぐ近くで拾ったからそうじゃないか? あーもしかしていらなかった?」


「……貰っても……いいの?」


「貰うも何も元から君の物だから、気にしなくていいよ」



 その声に反応した男の子は、目を丸くし花が咲いたように表情が明るくなった。



「いる!」


「それなら良かった。まぁ壊れてないか、一応見ておこう……うん、大丈夫そうだね」


「うん! ありがとうお兄ちゃん‼ でも、本当にいいの?」


「おう。ま、たまたまだから気にすんな。それよりも良かったね、見つかって」


「川に落とした時は、もう見つからないと思ったよ……。良かったぁ~」


「はは、運がは良かったね。でも、次は落とすなよ? 遊ぶ時は気をつけて」



 男の子は満面の笑みを浮かべ、こくこくと頷く。そして常盤木が帰るように促すと、「ばいばーい!」と言い走り去ってしまった。


 常盤木はその姿を見送らず、男の子とは反対方向へ歩き出す。


 つまりは、俺がいる方……あ。



 ――ばっちりと目が合う俺と常盤木。



 常盤木は一瞬だけ気まずそうに顔を歪めると、大きな欠伸をしてまるで俺のことを気が付いてないかのように横を過ぎ去ろうと――



「目が合ったのに無視って酷くねぇか⁉」



 あ、やべ。

 つい突っ込んでしまった……。


 常盤木は、ため息をつき足を止める。



「覗き見とか趣味が悪いぞ……」


「子供に怪しい奴が話し掛けていたら誰でも気になるだろ?」



 皮肉っぽく言うと、常盤木は「ま、その通りだな」と納得した様子で苦笑した。



「常盤木、くじをやってきたろ? それの景品の1つだよな?」


「いやいや。景品を一点狙いとかするわけないから。非効率だろ」


「それか、たまたま当てたのを渡したか」


「ちげぇよ。これは流れてきたのをたまたま拾っただけ。単に子供の運が良かっただけだろ」


「ふ~ん、でもさ。そもそも、さっき渡したのって最近流行りの育成ゲームだろ? たしか『たまごろっち』って名前の。普通、水場に落としたらアウトじゃねぇか」


「へー……随分と丈夫だったんだなぁ。流石は最新式、文明の進化は偉大だ」



 惚け方が下手過ぎるっ‼ 

 俺は心の中で突っ込みを入れた。


 これで隠していると思っているのかはいまいち謎だが……。

 もしかして、天然なのか?



「それに服もなんだか濡れてるし……。あーあれか、近くの公園で濡らしたのか。濡れていたら子供が信じてくれてるとか思って……」


「アホか……。自分から水を被る奴なんていないだろ。これは、ただ単に行動による結果だ……」


「ほぉー。んじゃ、そういうことにしとこうか」


「なんか……。すげぇ、馬鹿にしてないか……?」



 常盤木は肩を竦め、嘆息した。



「いや、でもさ常盤木。そんな濡れた男が突然声を掛けたら、逆に怪しくないか?」


「あっ……その発想はなかったわ」


「マジかよ……」



 常盤木はハンカチで頭を拭く。中学生が持っているようなハンカチにしてはやや渋めである。



「タオルでも貸そうか? 家、近くだからさ」


「いいよ、別に。俺には紳士的なおじさんから貰ったハンカチがあるからさ」


「紳士的ね~」



 きっと、俺みたいに常盤木のやっていることに気が付いた人がいたのだろう。

 まぁ、それを常盤木自身がどう受け止めているか、わからないけど……。



「つーか、子供がいなくなってたらどうするつもりだったんだよ。もしいなくなってたら、渡せず仕舞いになったじゃねぇーか」


「まぁその時はその時」


「その時って……計画性なしかよ」


「まぁな」



 常盤木は空を見上げ、少し悲しそうな顔をする。

 普段やる気なさそう顔しか見てなかったから、こういった表情は正直、意外だった。



「子供の頃、こういった時に空を見上げてただ泣くことしか出来なかったよなぁって思ってさ」


「うん? まぁ子供は泣くしかねぇこともあると思うけど……」


「ま、そうだよな」



 諦めたような悲観しているような……妙に悟ったような雰囲気が気になったが、それは聞けなかった。


 常盤木なりに今の状況に思うことがあったのだろう。



「けど、わざわざあげるか普通?」


「別にいいだろ? 俺はたまたま手に入れたいらない玩具を子供に押し付けただけなんだからさ。こんなの——」


「うん?」


「ただのお節介だよ」



 常盤木はつまらなそうにそう答えた。


 人が困っている時に誰しも『もしかしたら』と思うことがあるだろう。


 ただ、見知らぬ人に声を掛けてまで助けることを選択する人は、果たしてどのくらいいるのだろうか?


 きっとそんなに数はいないだろう。


 大抵は打算的に考えてしまい、純粋な気持ちで的確に困ってる人を助けることは出来ない。


『行った方がいいかな?』

『様子を見た方がいいかな?』

『断られたら恥ずかしいな』


 そんな気持ちが邪魔をして様子見に徹してしまう。そう心理が働いても仕方のないことだ。


 けど、常盤木はそんなこと考えていないだろう。そう、ただ純粋に……。


 俺には出来ないなぁ……。


 目の前で気まずそうに頭を掻く常盤木を見て、俺は苦笑した。



「とき……いや、翔和っていい奴だなぁ」



 俺の言葉に顔を引き攣らせ怪訝な顔をした。



「え、なんで急に名前呼び……?」


「いいじゃん。気にすんなよ! ってか、名前呼ばれたくないわけ?」


「いや、別に……。その前に名前を知ってるのを驚いたよ」


「同じ学校だから、名前ぐらい覚えるだろ。それに翔和だって俺のこと知ってんじゃん」


「その辺に転がっている石と加藤みたいな有名人と一緒にしないでくれ」


「俺は物覚えがいいからな」


「へー。道端に転がっている石を覚えるなんて変わってんなぁ……」


 呆れたように言う翔和だが、その表情はどこが緩んでいるように見えた。


「なぁ! せっかくだからなんか食べに行こうぜ‼ 俺の奢りでいいからさ!」


「いいよ、別に。リア充といたくない」


「気にすんなって〜。ほら行こうぜ!」


「肩組むなって! つーか、馴れ馴れしいわ!」



 俺は、嫌がる翔和を無理矢理に連れて行く。



 ちなみにだが、翔和が俺のことを名前で呼ぶようになったのは――この日から三ヶ月も後のことである。

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