✨投稿100話記念✨ 閑話 本当の出会い
やってしまった……。
本当にやってしまった。
私は膝に手をつきなんとか落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
久しぶりに走ったせいか息が切れ、地面につけた足は痺れるくらい疲れ切ってしまっていた。
「どこにいるんだ……」
時計を見ると約束の時間が刻一刻と迫っていた。
——今日は大事な娘の入学式。
しかし、とても間に合いそうにない。
残り二時間……。
それまでに見つかればいいのだが……。
私はふぅと息を吐き、業務用の携帯電話を見る。
残念ながら、まだ発見の連絡は入っていなかった。
普段は小さい子供とは思えないほど、大人びていて落ち着いた少年だったのに——まさか手術前に逃げ出すとは……。
探しに行けるスタッフ全員で捜索してはいるが、いつ逃げ出したかわからなければ、どこに行ったのかも当然わからなかった。
仕方ない……。
ここは一度、皆と情報を共有するために病院に戻って——
「あれは、遼君……?」
病院に戻ろうと急いでいると、病院の近くに逃げ出した“遼くん”とその横には真新しい制服を着た少年がいた。
私は急いで駆け寄ろうと全速力で走る。
しかし、二人の会話が聞こえ始めた途端、自然と足が止まってしまった。
本来は、直ぐにでも話に割って入り、連れて帰らないといけない。
だが、隣でしゃがんでる少年は何かを語り掛けるように遼君に接しているのが見えたのだ。
……邪魔をしてはいけない。
直感的そう思った私は、物陰からこっそりと二人の様子を窺うことにした。
微かに聞こえてくる会話……。
遼君はどうやら泣いているようである。
「泣いちゃダメなのに……ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」
少年は微笑むと、泣きじゃくる遼君の頭に手を乗せ、落ち着かせるように優しく撫でる。それは、遼君が顔を上げて少年を見るまで続いた。
ようやく落ち着いてきたのか、目を擦り涙を拭う仕草をする。
少年はそれを待っていたのか、にこりと笑うと口を開いた。
「いいか。辛い時は泣け、声が枯れるぐらい泣き叫んだっていいんだよ」
「いいのかな……?」
「ああ、勿論だよ」
「けど、お母さんもお父さんも……いい子にしないと怒るよ。それでも?」
「いいに決まってる。子供は親に迷惑をかけてなんぼだ。かけれる内にたくさんかけて、怒られる内にたくさん怒られとけ! そして、大きくなった時に『ここまで立派になったよ』っていう姿を見せてやればいいんだよ」
「うん……」
「変に大人ぶる必要も強がる必要もない。言いたいことは言って、出来ないことは出来ないと伝える。世の中、言わなきゃわからないことだらけだからさ」
「……そっか」
「一番良くないのは、言えずに溜め込むことだよ。今は大丈夫でも、それはいつしか決壊してしまう。溜まりに溜まった後では、取り返しがつかなくなるぞ?」
「そうだよね……」
遼君は撫でられると恥ずかしそうに目を細めた。
けど、どこか嬉しそうな様子にこちらもなんだかほっとした気分だ。
二人のやりとりを見る限り、会ったばかりというよりはある程度の時間を過ごし会話をしていたのだろう。
何故なら、病院では笑みを浮かべて、平気そうに……大人のような対応していた遼君が年相応に見えるのだから。
そこには妙な信頼関係があるようにも見える。
「それに男ならカッコつけなきゃな? “今、言わない”ことからずっと逃げてたらカッコ悪いぞ?」
「へへっ。確かにそうだね」
「なぁ、後は頑張れそうか?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん……。後は頑張るよ、ちゃんと伝えてみる」
「おぅ!」
その少年は入口まで迎えに来ていた両親の下に行くようにと遼くんの背中を軽く押す。
不安そうな表情の彼に微笑み、『頑張れ!』と声を掛ける。
そして、彼の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「君っ! ちょっといいかな?」
少年がすぐに帰ろうとしたので声を掛けると振り返り、一瞬だけ嫌そうな顔をした。
だが、私の顔を見るなりぺこりと頭を下げ、鞄から袋を取り出しそれを目の前に突き出してきた。
「これ……前にお借りしたものです。ありがとうございました」
私はそれを受け取り、袋の中を見る。
そして中に入っていたハンカチを見た途端、その時の光景が走馬灯のように蘇ってきた。
「そうか、君はあの時の……。何かお礼を——」
「いえ、お気持ちは嬉しいですがいりません」
“お礼をしたい”と伝える前に食い気味で断られてしまった。
迷惑だと言いたげな雰囲気まで感じるほどだ。
ただ、断り方を間違えたと思ったのか慌てた様子で訂正してきた。
「借りを作るのは嫌ですから」
「いや、しかしそれでは私の気が済まない」
少年は首を傾げ、不思議そうな顔をする。
意味が伝わらないのか?
私がその反応に戸惑っていると、少年は腑に落ちたのか徐に口を開き、背を向けた。
まるで私の反応は見ない。
けど、意思は伝えると言わんばかりの様子だ。
私に背を向ける彼の背中は寂し気で、同時に強い拒否反応があるようにも見えた。
「お礼されることはないです。ただ素通りするのが、嫌だっただけですから。あくまでポリシーに従ったまでです。なので、敢えて言うなら——ただのお節介ですよ。こんなの」
「そうか……」
こういう時に何か一言でも気の利いた言葉が言えればいいのだが、上手く言葉が出てこなかった。
こういう時、自分の口下手具合が嫌になる……。
大人として情けない。
「俺に使う時間があるなら、さっきの子供のケアをお願いします。大人っぽい性格の子でも、子供は子供。自分が言うのも変な話ですが、大人が思っているより、ずっと幼いもんなんで……」
「そう、思ったよりね……」と消えそうな声で呟いた。
そしてもう一度、声を掛けようと手を伸ばす。
しかし、その手が彼の肩に届くことはなかった……。
彼は、私の前から逃げるように走り去ってしまったのだ。
その場に残された私は、やり場のない手を伸ばしたまま茫然と立ち尽くした。
◇◇◇
「お父さん、どうしたのですか? 時間ギリギリですよ……」
「すまない。ちょっとトラブルがあってな……」
「…………?」
「うん? どうした、そんな不思議そうな顔をして」
「いえ……、ただ、『すまない』と口で言っているのになんだか嬉しそうな表情をしているので」
「そうか……。たしかにそうかもしれんな」
朝から気持ちの良いことを見たというのは、間違いない。
そう考えると自然と顔が綻ぶのも仕方のないことだ。
「……浮気はダメですよ?」
「するか馬鹿者!! 人聞の悪い勘違いをするんじゃない。ただ、良い青少年をみて心が洗われた気持ちになっていただけだ」
「そうでしたか」
「それに、浮気なんてしてみろ。明日が確実に来なくなる……」
「それもそうですね。お母さんにしばかれる未来が容易に想像出来ます」
平坦で抑揚のない声で喋る娘。
感情の見えなさに思わず苦笑する。
「それにしても、お父さんがそうお褒めになるということは……余程ですね」
「ん、まぁそうだな。見所はあるとは思う、それに少々気になることもあるからね」
娘の言葉に相槌を打ちつつ、私はさっきの少年を思い出していた。
健康的にはとても見えない白い肌。
そして、微かに見える痣の痕……。
どう見ても碌な環境にいるようには思えない。
何かしてあげることがあればいいのだが……。
「凛……学年は違うかもしれないが、同じ学校だから関わることもあるかもしれない。その時は、せめて礼でも言っておいてくれ。そして『困ったことがあれば言って欲しい』と」
「それはご自身でお願いします」
娘の冷めた態度にため息をつく。
昔はもっと笑顔が素敵な子だったのだが……異性が絡むとこの態度だ。
「それに特徴も何もわからなければ探しようもないです」
「見た目は……ほら、前に凛がテレビで見ていた“やさぐれ不貞腐れ狸のポン太くん”だよ。あれのイメージにそっくりだ」
「恩人に酷い言いようですね」
「そんなつもりはなかったんだが……。それに凛は、わりとあのアニメ好きだったじゃないか? 可愛いと口にしていただろう」
優等生というのは存外、そう言ったものに惹かれる傾向もある。
少し捻くれているのに案外弱いものだ。
それは凛にも当てはまるのか、さっきまで耳を傾けるだけだったのが、いつの間にか顔もこちらを向いていた。
「知りません。ただ——」
「うん?」
「……参考までに特徴を教えていただいてもいいですか? あくまで、入学式までの暇つぶしとして……」
「勿論、娘の頼みは断らんよ」
私は、今日出会った青少年の話を入学式が始まるまで間、細かく娘に話したのだった。
娘は、英雄談を聞いている子供のようにキラキラと輝いた目でこちらを見ている。
願わくば、これがきっかけで娘の男嫌いが変わることを切に……。
◇◇◇
「ふぅ……」
私は舞台の袖で何度も深呼吸をします。
話を始めれば不思議と緊張はしませんが、それまではなんとも言い難い焦燥感が私の気持ちをいじってきます。
「ポン太くんでしたか……」
先程のお父さんの言葉が引っかかり、不意に気になり私は見られないようにそーっと会場を覗きます。
何故か? 本当に何故なのか?
私にはわかりません……。
もしかしたら、お父さんがあそこまで褒める人に若干の嫉妬心と興味が湧いたからなのかもしれません。
だから本当に……自然に……無意識にそんな行動に出ていました。
隙間から会場を見渡すと、入学生が一人一人名前を呼ばれてる所で、呼ばれた生徒は元気な返事をしています。
ただ、直前に呼ばれた生徒は「……はい」と声が聞き取り辛く、どこか怠そうにも聞こえました。
入学式ぐらいしっかりと返事をすればいいのに……。
私はその声の主が気になり目を向けると、加藤さんに肘打ちされる人の姿がそこにはありました。
加藤さんと……もしかしてお知り合い?
けどそんなことより……雰囲気が……。
「少し、似ている……?」
“やさぐれ不貞腐れ狸のポン太くん”
ぶっきら棒で愛想が悪くて素直になれない狸の男の子。
けど、実は心優しく誰よりも周りを気遣っていて、人知れず誰かのために動く——それがポン太くん。
でも、それを誰も気づいてはくれない。
彼の寂しさも気持ちも誰も気がつかない。
そんな悲しい狸。
「全く! こんなことを思い出すなんて、私もどうかしていますね……」
私は頰を叩き気持ちを切り替えます。
そして、『今までと違う男の人なんているわけない!』と自分に語りかけるように何度も心の中で呟きました。
どんな優しそうな人も本性が見えれば同じ……。
しつこくて、卑しくて、はっきり言って関わりたくない。
ただ、もしも……お父さんから聞いたような人だとしたら——私の価値観を変えてくれるかもしれない。
そんなことを考えていました。
◇◇◇
“新入生代表挨拶”
やわらかな風に包まれ、生命が生き生きと活動を始め、春の訪れを感じるこの良き日に、私たちは晴れて入学します。
この歴史と伝統のある第一高校に入学することの喜びを感じ、誇りに思うと同時に、第一高校の学生として恥じることのないよう、仲間と共に切磋琢磨しながら成長していきたいという思いを感じています。
今日、私は良い話を聞きました。
それは、困っている人に手を差し伸べた方の話です。
その話を聞いた時、私は正直なところ『たまたまだろう』と思いました。
しかし、一度ではなく前もあったと聞いた時、私は自分の思い込みが恥ずかしくなりました。
きっと自分には出来ない行動に、少なからず嫉妬をしたのかもしれません。
その方の行動が私に大切なことを思い出させてくれた気がします。
人を思い遣った優しい行動の一つ一つが、人と人とを繋ぎ関係性を紡いでいくといことを。
ここにいる皆さんが他人を尊重し、行動することが出来ればより良い関係性築けるということを……。
私はこの方の行動を胸に留め、これからの学校生活を過ごしていきたいと思います。
出会いというのは、朧気な煙ようなものです。
なので消えてなくなることも、実を結ぶことになるか、煙のように私にも見当はつきません。
ですが、これだけは言えます。
これから起こる人生の出来事においてキッカケとは、目に見えず気付かないことかもしれません。
高校生の思い出というのも、大人になっていつしか忘れることもあるでしょう。
ただ、今抱いている興味や関心、そしてこれから作られるであろう思い出を私は一生大切にしたいと思います。
そして、これからの高校での日々に大きな夢と希望を抱き、新しい人生の一歩を歩み始めます。
一年A組新入生代表、若宮凛
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