ホワイトデー特別SS 『sweet love』凛視点

※注意

本編より約7ヶ月後の内容です。

その点をご留意ください。



◇◇◇



 ——三月の半ば。

 それは先輩方の卒業式から数日経った頃のことでした。



「……琴音ちゃん、これは由々しき事態です」



 私は琴音ちゃんの手を握り、真剣な眼差しで彼女の顔をじっと見つめます。

 琴音ちゃんは何故か、ため息をつき呆れたように肩を竦めました。



「えっと……、その反応は予想外なのですけど」


「……凛のことだから壮大な勘違いと自爆に一票」


「“私だから”ってどういうことですか!?」


「……怒らない怒らない。それで、何が“由々しき事態”なの?」


「それは——」



 私は琴音ちゃんに最近の翔和くんの様子を伝えます。


“数回ほど『バイト先に来ないで』と言われたこと”

“最近、加藤さんと何やらこそこそとやっていること”

“女性の影を感じることが増えたこと”


 私の話を聞く琴音ちゃんの表情は、何故か真剣なものから次第に優しいものに変わってゆきました。


 そして一言、



「……倦怠期は誰にでもあるよ。だから気にしない」



 と、やや冗談まじりの物言いで私に言ってきます。


 はぁ……。

 私としては、とっても重要なことだったのですが……。

 どうやら伝わらなかったみたいですね。


 それに倦怠期というのは、冗談でも笑えないと思いますし……。



「……いい凛? 出来る女性はどーんと構えて待つ。それが淑女の嗜みというもの」


「琴音ちゃんが言うと説得力を感じないのですが……。いつも、加藤さんのことで一喜一憂していますし」


「……そ、それは駆引きの一つだから」


「駆引きだったのですか?」


「……勿論。ギャップ萌の前に男は無力だから」


「確かにそう思いますけど……」



 ギャップが重要なのは重々承知しています。

 けど、琴音ちゃんの様子から何か隠している気がするのですよね。

 口で言っていることと、本質がズレがあるような違和感も感じますし。


 うーん、余計に気になってきました。


 私がため息をつき、窓の外に目をやると私の気を引くように琴音ちゃんが頬をちょんと突き、くすっと小さく笑いました。



「……とにかく凛は何も心配する必要はない。どうしても気になるなら、夜にでも聞いてみたら?」


「そうしたいですけど、『しつこい』とか『嫌な女』って思われたりしないですか?」



 琴音ちゃんは呆れたように「……凛は肝心なところでお馬鹿だよね」と呟き、私の頬を抓ります。


 うぅ……痛い。

 けど、私を抓ってきた琴音ちゃんの目はなんだか優しいものでした。



「……常盤木君はそういうこと思わない人でしょ? そこは信じてあげないとね」


「そうでした……ね」


「……凛が今、考えないといけないのは“上目遣いで、欲しがるような視線を送る”これだけを忘れないことだよ」



 そう言うと、私に気合いを入れるように背中をバシッと叩いてきました。




 ◇◇◇




 ——その日の夜。


 私は翔和くんの横に正座をし、彼の手に自分の手を重ね真っ直ぐに目を見つめます。


 突然のことで、翔和くんは驚きの表情を浮かべ首を傾げました。

 ただ、その表情の中になにか微笑のようなものが見てとれます。


 ……これは、どういうことでしょう?

 全くわかりません。


 頭に浮かんだ疑問が拭えないまま、私は彼に聞きたかったことを問い掛けることにしました。



「翔和くん……私に何か隠し事をしていませんか?」


「ん? まぁ、あるにはあるけど」



 特に動揺した様子もなく堂々とした言い方……。

 むむむ……、これだと読めませんね。


 翔和くんは何か思いついたのか「ちょうどいいな」と呟き、隣に座る私に得意気なにやけ顔を向けてきます。



「もう少し後でって思ってたけど……。じゃあ凛、今日は何の日か知っているか?」



 私は口元に指を当て、彼の意図を読もうと努めます。

 翔和くんのことですから……。


“先輩方の卒業に何か思うところがあった”

“次学年に向けての不安”


 いえ……。

 この考えは、間違いなく存在しないでしょう。


 そうなると——



「今日から始まった“短縮日程”についてでしょうか?」



 ズバリこれが正解の筈です。

 アルバイトもたくさん出来ますし、自由な時間も増えます。

 それはとても喜ばしいことです。


 何より今度デートの約束もありますしね……えへへ。


 私は自分の頬に両手を当て、妄想を膨らませていきます。

 行きたいところ、やりたいことが尽きません。


 春になったらお花見……それからそれから——



「おーい、凛。考えていることはきっと違うから戻ってこーい」


「そ、そんなことないですよっ」


「いやいや、そんなことあるからな? ってか、自分のことになるとほんと鈍いよなぁ〜凛ってー」



 苦笑しながら言う翔和くんには、私は頬を膨らまし不服を訴えてみます。


 すると、『撫でて!』と要求したわけではないのですが、私の頭に手を乗せ優しく一回だけ撫でてくれました。


 私は寄り掛かかるように身体をあずけ、撫でるのを辞めた彼の手を握ると再び自分の頭に誘導します。


 そして彼の目を見つめ、頭を少しだけ動かしました。



「自分でとった行動に責任をとってくださいね」


「責任って、“撫でろ”って要求したのは凛の方だろ?」


「私は一言も言っていません。ただ、翔和くんを見ていただけです」


「目は口ほどに……、まぁこれを言っても仕方ないか。一応、聞くけど。嫌なら辞めるよ」


「一応なら聞く必要もないですよ」


「そうだな」


「ちなみにですが、翔和くんから始めたことですので私が『もう結構です』って言うまで辞めないでくださいね?」


「はいはい。わかってるよ」



 翔和くんは今まで見た事も無いくらいに優しく微笑みました。

 その優しい微笑が私の心に突き刺さり、嬉しくて、けどどうしようもないぐらい気恥ずかしくて、私は彼の胸に顔を埋めます。



「とりあえず、さっきの答えは“これ”だから」



 翔和くんは、はにかみながらそう言うと私の膝の上に可愛くラッピングされた包みを置きました。

 一瞬、何のことかわからずきょとんとして、それを観察するように見ます。


 微かに甘い匂い……あ。



「今日はホワイトデーでしたね……失念していました」


「ま、そういうこと」



 私は丁寧に包みを解いてゆきます。

 中には、星やハートの形をしたお菓子が入ってました。


 翔和くんは軽く咳払いをして、それから口を開きました。



「疲れた時は甘いものつーことでホワイトチョコクッキーを用意したから、良かったら——って、もう食べてるのね」



 呆れたような口振りで言いながらも、その様子はなんだか嬉しそうで、頬を赤らめながら感想を今か今かと待っているように見受けられます。



「美味しいです……とても」


「そっか、なら良かった」



「他に何か欲しいのとかある?」


「そうですね……。では、せっかくなので、一つだけ我儘を言ってもいいですか?」


「おっ! 今日はやけに強気だなぁ〜。まぁホワイトデーだし、勿論いいよ」


「ふふっ。ありがとうございます」


「多少の無茶振りにも精一杯応えてみせるよ」


「では……今日……この後。時間をもらっていいですか?」



 なんだか無性に甘えていたい。

 今はとにかくそんな気分ですから……。


 ただ、それをストレートに言えず少し回りくどい言い方になってしまいました……。


 翔和くんは私のそんな様子を見て首を縦に振ります。

 そして、優しく微笑みかけてきました。



「では、さっそくお父さんとお母さんに外泊の許可をとってきますね!」


「あー……。いや、その心配はないぞ」



 頬をぽりぽり掻かきつつ、翔和くんは苦笑い含みで何故か私から顔を逸らし目を合わせようとしません。


 そんな彼の様子に違和感があり、私は彼の背後に目を向けると……見覚えのあるバッグが置いてありました。

 あれは、追い出されセット……?


 ——なるほど、そういうことでしたか。



 私は小さく息を吐き、正面から彼の背中に手を回しぎゅっと抱き締めます。



「私は、一本取られたみたいですね」


「千回に一度みたいなもんだけどな」


「まぁ俺には、ささやかなお菓子とこんな事しか出来ないけどな……」


「十分です。私にとっては十分過ぎます」



 手作りのお菓子に、私のことを考えての先読み。

 お互いが通じ合ってると感じるには十分過ぎる内容です。



「ホワイトデーっていいですよね。白くて甘くて、混ざりっ気のない純粋さを表していてるようで」


「販売促進のために作られたみたいなもんだけどな?」


「ふふっ。それでも私はこのネーミング好きですよ」


「……たしかに、俺も嫌いじゃないな」



 ホワイトデーから連想される“ホワイトラブ”。


 純粋で真っ白な状態、

 砂糖のように白く、そして甘い。


 言い換えるならば“スウィートラブ”です。



 ——甘くて優しい恋の形。


 私はそれを確かめるように、彼をまた抱き締めた。

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