ホワイトデーSS 『裏話』健一視点

 ——ホワイトデーの数日前。

 この時期になると、ホワイトデーをやたらと意識させるような広告が目立つようになる。


 チラシは勿論のこと、コンビニなんかではホワイトデー用のコーナーが出来るなど、返しを絶対に用意しなければならないという気持ちを掻き立てているようだ。


 俺は毎年、琴音にクッキーを焼いてあげている。


『えっ、まじ?』と言われるかもしれないが、これは小学生からで、寧ろ作って渡さないと違和感を感じてしまうほど習慣化されていた。


 そして今年もいつも通り作っていたところ、タイミングよく翔和が家に訪ねてきたのだ。


 わざわざ、材料まで買って……。



「俺にお菓子作りを教えて欲しいと」


「おぅ……」


「若宮のためにってことねぇ〜。いいじゃんいいじゃん!」


「決めつけんなよなぁ……」


「ほー、違うのかぁ〜? てっきり俺は彼女を喜ばせたくてわざわざ俺の家にやってきたと思ったけど?」



 俺はわかっているのに敢えて翔和を揶揄うように言う。

 すると、翔和は照れ臭そうに頰を掻いた。



「いや……まぁ、そう……だけど」


「ははっ、だよなぁ〜。んじゃ、とりあえず一から教えるから途中で投げ出すんじゃねぇーぞ?」


「当たり前だ」



 翔和はノートと筆箱を取り出し椅子に座った。


 ったく、こんなの見ると余計に応援したくなるじゃねぇか。



 ◇◇◇



 ——お菓子作り開始から二時間後。


 そこには、大量の失敗作が出来上がっていた。

 文字が崩れている物、ベタではあるが砂糖の代わりに塩が入っていた物と……まぁ、残念な状態である。


 俺はそんな状況に苦笑し、翔和を見る。

 翔和はというと、俺が教えたレシピを見ながらまた挑戦中だ。

 教えたレシピを試して味見して、納得がいかない時は他のを試すというのを繰り返している。

 ある意味で職人的なやり方だ。


 だが——



「翔和ってセンスも欠けらもねぇよなぁ……。今までどれだけやってこなかったんだよ……」


「うるせー。いいから次を教えてくれ。ってか、ゼロから始めてるんだから仕方ないだろ」


「ゼロじゃなくて寧ろマイナスな気がするぜ?」


「その分、伸びしろは無限大だ」



 やたらキメ顔で言う翔和にため息をつく。

 だが、ため息とは裏腹に俺は不思議と晴れやかな気分だった。


 少しずつ改良をしながら、着実に……まぁ、牛歩並ではあるけど進歩をしている。

 今まで見られなかった翔和のこういった姿をきっと俺は、微笑ましく感じているのだろう。



「つーか、なんで急にお菓子作りをするんだ? ホワイトデーだったら買って返すのも男ならありだろ?」


「俺も最初はそう思ったんだけど……」


「だったら——」


「凛と並ぶなら……努力はしないとって思ってさ」



 ふぅと息を吐き、気合いを入れる翔和。

 その瞳は只々真っ直ぐで、前の気怠い雰囲気を微塵も感じさせないものだった。


 その変化が嬉しく、つい表情が弛みそうになるが……。

 俺はいつも通り茶化すように『愛を知ると人は変わるもんだねぇ〜』と口にする。



「ほら、一生がヒモってなんかカッコ悪いだろ? 何か一つでも凛に勝つ。その一環だよ。あ、でもゲームの腕なら勝ってるか」


「なぁ翔和、さっきからやたらとカッコつけてるけど……実際は、喜んで欲しいからだろー?」


「……うるせー」


「その反応は肯定と受け取っておくよ」


「んで、この後どうすんだ? 渡して終わりか??」


「いや、リサさんに会ってくる。外泊の許可貰わないとだし……」


「ははっ! いや〜なんか、嬉しいなぁ。そこまで考えれるようになったなんてよ〜」


「いてぇよ。馬鹿力なんだから背中を叩くなって……」


「ま、頑張れよ! 俺に出来ることなら何でもやるぜぇ」



 翔和は、「ありがとな、毎回」と小さく呟いた。

 俺はそんな翔和に笑顔を向ける。


 脳裏では『後で琴音に口止めしなきゃいけねぇな』と、友人のサプライズ成功のためのプランを考えていた。


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