バレンタインSS 健一と琴音の場合


 ——放課後。


 下校の生徒で昇降口は賑わいを見せ、部活動がある生徒はそそくさと準備をしている。


 私と健一は部活をやっていないから、いつもだったらすぐに帰る。

 そしてバレンタインデーである今日は、私の家で健一にチョコをあげる予定だ。

 だから私は、早く帰ってすぐ準備をする…………予定だった。


 そう、予定だった……。



「……怪しい。絶対に何か隠してる」



 今、私は家に帰ることなく、健一に見つからないようにコソコソと後をつけている。


 何故、こんなことをしているのか?


 その原因は昼休み——




『ほら健一。俺からのプレゼントだ』


『翔和が俺にプレゼント……? 珍しいこともあるんだなぁ〜……って、これ』


『健一なら俺が説明しなくてもわかるだろ?」


「まぁ……。確かに翔和に頼むのが適任だよなぁ〜。他に広まる心配がほぼないし』


『友達なんていないからな……。ま、自分で言ってて悲しくなるけど』


『とりあえず、確かに渡したからな……」


『ちなみにこのこと、若宮は知ってるのか……?』


『そりゃあ、一緒にいたからな。あ、でも言わないと思うぞ。伝言を預かってるから』


『……伝言?』


『んじゃ言うからな“琴音ちゃんを泣かせたら許しません”だとさ』


『………………ねぇーよ』





 ——みたいな会話をたまたま立ち聞きしてしまった。


 でも、全部しっかり聞き取れたわけじゃない。

 だから、二人が何について話していたかわからない。


 最初は、常盤木君が手紙を渡してたから……違う方を考えていた。

“やっぱり!”とも思ったし……。


 けど、聞こえてくる二人の会話のトーンで違うことはわかった。

 ただ同時に、私にとって良くないことというのもわかってしまった。


 その結果……今に至るというわけ。



 私は物陰から見失わないように健一の姿を確認…………。



 って、あれ!?

 どこ!?


 あれほど注意してたのに……!

 私は慌てて、健一の足取りを追う。


 手当たり次第に探し回るが中々見つからない。

 結局、十分ほど探し周り、人気が少ない別棟の裏手に来た時に聞き覚えのある声を耳が拾った。


 良かった……見つけた!


 私はすぐに健一の所に寄ろうと——



「加藤くん! 良かったら私と付き合って下さい!!」



 その言葉を聞いて、私は健一の前に出れなくなってしまった。


『聞きたくない』

『聞くのが怖い』


 人気のある健一だから、私は常に不安を感じてしまう。

 だから私は耳を塞ぎ、やりとりが終わるのをじっと待つ。


 けど、時間がかかると思ったこの出来事はすぐに終わりを迎えた。


 私の横を走り去ってゆく可愛い女の子。

 一瞬だったけど、その子は泣いているようだった。



「さて……」



 まずい!

 健一の声が聞こえ、私は健一に見つからないように慌てて物陰に隠れて蹲った。

 近づいてくる足音に反応するように、胸の高鳴りも激しさを増していった。


 不意に私の頭に優しくて、慣れ親しんだ感覚がやってきた。

 その感覚に惹かれるように、私はゆっくりと顔を上げる。



「ほら琴音、帰るぞー」



 大好きな人の笑顔が視界に映り込んできた。



「……健一、いつから気付いてたの?」


「ん? 何のことだ?」



 健一は両手を頭の後ろで組み、あくびをしながら身体を伸ばしている。

 この様子だと、何も教えてくれないだろうなぁ……。

 惚けてるし……。


 それにしても気になるのは、さっきの告白してた女の子。



「……相手の子、凄く可愛い子だったよね?」


「確かにそうかもな〜。けどな、琴音」


「……何?」


「俺の眼中にあるのは琴音だけ。喩え、どんなに相手が絶世の美女だったとしても靡くことはねぇよ。だからさ——」



 一歩前を歩く健一こちらを振り向き、私の頭を優しく撫でる。




「後でチョコをくれよ? 今日、ずっと楽しみにしてんだからっ!」




 楽しそうにニカッと笑う健一の笑顔につい見惚れてしまう。


 ……いて欲しい時にいてくれて。

 ……こんな面倒臭い女のことをいつも考えてくれる。


 本当に、もう……。



「……ねぇ健一」


「なんだー?」


「……好きだよ」


「ああ、俺もだよ」



 私がにこっと微笑み顔を健一に向けると、健一は少し照れ臭そうに笑った。

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