第86話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが 終


 夏祭り終え、俺達は花火をするために家へ戻ってきていた。

 健一はネズミ花火を庭へばら撒き、藤さんに頭を何度も叩かれている最中である。


 まぁ目が涙目っぽいから、"びっくりして怒った"ってところだろう。


「ふわぁ……」


 俺は大きな欠伸をして、左肩をゆっくりと回す。

 終始、気を遣いっぱなしではあったが、健一がいたお陰で特にトラブルもなく祭りを満喫することが出来た。


 流石はリア充イケメンガード……。

 ナンパをしようとする奴とか誰一人として寄って来なかったよ。


 まぁでも、そのことは一旦置いておこう。

 とりあえず今は——


「なぁ……いい加減、右腕を解放してくれない?」

「嫌です」

「即答かよ……」



 そう、射的屋の一件から凛が腕を放してくれないのだ。


 まるで何かを警戒するように、猫のような『ふぅー』と小さく唸り声をあげていることも……リア猫再来だ。


 俺は嘆息し、凛をちらりと見る。


 目が合うとじーっと見つめてくるので、つい目を逸らしてしまう。

 そして目を逸らしてしまうと凛は『無視しないでください」とアピールするように腕をぎゅっと抱き締めてくる……。


 さっきからこのループだ。

 全く……ため息しか出てこないよ。


 俺は仕方なく凛に絡まれたまま、置いてある花火に火をつけそれを眺めることにした。


 あー、パチパチといい感じだなぁ……。



「あの翔和くん? なんだか現実逃避していませんか?」

「誰のせいだよ……。誰の……」

「何のことですか?」

「おい、流石にわかってて言ってるだろ……」


 凛はくすっと笑い、俺の腕を解放した。

 ようやく自由になったから腕が怠いなぁ〜。

 けど、なんだか寒い……。


 そんなことを考えていると、凛は俺の手元をじっと見て口を開いた。


「翔和くんは、線香花火しかやらないのですか?」

「まぁーね。ほら、線香花火って特に見せ場もなくぽたっと落ちるし、花火の中で地味っていうところがなんだか親近感が沸いて嫌いじゃないんだよ」

「なるほど……そういうことでしたか」

「うん? ああ……そういうことだよ?」


 呆れたような表情をすると思ったのに……。

 この予想外の反応……、ちょっと戸惑うな。


 凛は神妙な面持ちで口を閉ざしていたが、目だけは真っ直ぐこちらを向いている。

 俺の様子や反応を確かめているようだった。


 そして、


「私も線香花火は好きですよ」


 と、微笑みながら言う。

 すると凛は自分の線香花火を点火すると、俺の持っている物にくっつけてきた。


「こうすれば、一人ではぽつんと落ちそうでも、二人では支えることが出来ますので素敵ですよね」

「確かに、こういう楽しみ方もあるか……」

「なので、翔和くんも私が支えますからね」

「あれ……花火の話はどこにいった?」


 おかしい……。

 花火の話をしてただけなのに、いつの間にか凛が頬を紅潮させ恥ずかしそうにしている。


 けど、毎回そんなストレートに言うなんてね……。


「俺みたいな奴を構うなんて、凛は本当に変わってんなぁ」


 俺は思わず苦笑し、ふぅと息を吐いた。


「ふふっ。よく言われます」

「それに加えて、頑固で融通がきかないよね」

「むっ! それに関しては異議を唱えたいですね」

「肝心なところは自覚なしかよ……」


 凛は自己分析能力が高そうなのに、都合が悪いことだけ気付かな過ぎな気がするんだが……。

 ひょっとしてわざとやってる……?


 俺は疑うように目を細めて凛を見るが、凛は小首を傾げ惚けている。


「そもそも頑固というのは長所ですからね?」

「短所にもなり得るけどな……」

「何か言いましたか?」

「……別に」


 その満面の笑みが逆に怖い!

 絵に収めたいぐらいの綺麗な顔してるのに寒気が……。



「翔和くん」

「うん? どうかした?」

「また、ここに来たいですね」

「そう……だな。まぁ来れたらいいかもなぁ」


 また来れる保証はない。

 こう凛が言ったのも、ただ単にリップサービスということもある。


 人の気持ちはすぐに忘れるし、移りやすいものだ。

 だからこそ過度な期待はしてはいけない。


 だが、“細やかな願望”として抱くことぐらいはいいだろう。


 そんなことを考える俺を見透かしたように凛は微笑みかけ、俺に向かって小指を差し出した。



「来れたらいいではなくて、現実にしましょうね。これは……その、約束です……」

「…………おぅ」



 俺は呟くように返事をして凛と指切りをする。

 返してくれたのが嬉しかったのか、凛は花が咲くような笑顔になった。


 はっきり言い切ってくれればいいのに……。

 妙な間を作られると真実味が増してしまうじゃないか……ほんと、期待させるなよ。


 苦笑して、天を仰ぐ。

 そして自分の顔を引き締めようと深呼吸をした。



「お〜い! イチャつきもその辺にしてこの派手な花火をやろうぜ〜!」

「……凛おいで。スイカも美味しいよ」

「はい! 今、行きますね」



 凛は俺の手を握り、健一達の方を指差す。

 そして俺に笑い掛けてきた。



「では行きましょう、翔和くん!」

「仕方ないな……」



 夏休みも終わりに近い。

 今までは、夏休みに深い思い入れや惜しいという気持ちが生まれることはなかった。


 だが、初めて過ごす他人との夏休み。

 中々に刺激的で平凡とは程遠い毎日だったと思う……。


 けど——


『それも悪くないな』

 と、そう思ったのだった。





※あとがき(2020 1013追記)☆重要☆

ここまでお読みいただきありがとうございます。

これで二章が終わりですが、書籍版とは後半部分が異なっております。

具体的には、

・Web(翔和の心に踏み込めなかった凛)

・書籍版(翔和の心へ踏み込んだ凛)


と分かれています。

そして、


なので、これより先は、

『凛が翔和に踏み込んで色々話したんだな』という認識のもと、三章をお読み頂ければ幸いです。


ご不便をお掛けしますが、よろしくお願いします。


                  紫ユウ

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