第85話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが⑨



「なぁ健一。祭りってこんな殺伐とした雰囲気だっけ?」

「たしかに俺もそれは疑問に思っていたところだ」


 健一と俺は、まるで対岸の火事を見るかのように一歩引いて苦笑いをした。



「これは琴音ちゃんにも譲れませんから」

「……私も凛に負けるわけにはいかない」



 銃を持って火花を散らす美少女達。

 二人とも真剣な目……その様子から察するに話し合いで解決する道はなさそうである。


 まぁただ、バイオレンスなことが起こるわけではない。

 何故なら——



「「あの“招き猫”は私が貰います(貰うから)!」」



 射的の景品を勝負しているだけだからね。

 二人して同じ物を欲しがるのはあるかもしれないが……。

 でも、それを二人して譲らないというのは珍しい気がする。


 俺は横で「頑張れよー!」とヤジを飛ばす健一を見る。

 なんだかこの状況を楽しんでいるようだ。



「あれってそんなに魅力ある物なのか?」



 健一の肩をちょんと突き、凛達が目的としている“招き猫”を指差す。

 どこからどう見ても招き猫。

 骨董品とかで高値がついているようには思えない。


 まぁ、一般的な招き猫と違いがあるとすれば、妙に腹が立つニヤけ顔をしているぐらいか。



「あーあれね。それは結果を見てからのお楽しみだな!」

「勿体ぶらずに教えてくれよ」

「そんな焦らなくても直にわかるって! ま、俺から言えることは女子ってゆうのは占いや願掛けが好きな生き物なのさ〜」

「願掛けねー……」



 健一はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいるようだけど……。

 普段、仲のいい二人が火花を散らせているのは……うーん。

 なんとも言えない気分だ。


 ギャラリー(野次馬)も増えてはやし立ててるし……。

 あれだと、後で二人の仲が悪くなったりしないか?

 だったら……。


「仕方ない……。おじさん、俺もやる」


「はいよ」と低い声と共に射的の銃を俺に手渡してきた。

 俺は受け取る代わりにおじさんの手に五百円玉を置く。


「え……? 翔和もやるのか?」


 健一は目をぱちくりさせ、驚いた顔で俺を見る。

 信じられないモノを見た。

 まぁ、そんな様子だ。


「と、翔和くんもやるのですか!?」

「……ずるい。数の暴力は卑怯……」

「えーっと、藤さんの言ってることがわからないんだが……」


 もしかして凛に協力すると思ってるのか?

 でも、そのつもりはないんだよなぁ。


 俺が望むのは平和的な解決だし。


「ま、俺がやっても別にいいだろ?」

「勿論、翔和くんがやっても構いませんが……」


 凛は何か気がついたのか、渋々といった様子で首を縦に振る。

 流石はリア神……俺の意図を察したのか。


 けど、藤さんは気がついてないらしく、健一に助けを求めるような視線を向けていた。


「……健一もやる?」

「んーそうだなぁ。俺がやると数的有利になるから辞めとこうかな〜。三つ巴の戦いを頑張ってくれ! 俺は当然、琴音を応援してるからなっ」

「……ありがと。頑張る」



 健一が藤さんの頭を撫でて嬉しそうに頬を赤らめる。

 お互いに信頼している。

 それが伝わってくるような空気感がそこにはあった。


 それを凛は優しい眼差しで見つめ、なんだか羨ましそうに微笑んでいた。


「さて、やるか。レディーファーストでいいよ」

「……チキンには負けない」

「翔和くんって、こういうの得意そうなんですよね……」



 こうして弱気な凛と藤さんと射的勝負が始まった……。



 ◇◇◇



「ほら坊主、持ってきな」


 周りから浴びせられるブーイングの嵐。

 下手したら囲まれて大変な目に合いそうな雰囲気だ。


「ありがとう、おじさん」


 俺はそんなギャラリーを無視し、射的屋のおじさんから当てた“招き猫”を受け取る。


 それを悔しそうに見る凛と藤さん。

 いや、そんな物欲しそうにしてもあげないぞ?

 女子同士の揉め事になって欲しくないからな……。


 だから——


「ってことで……はい、健一にやるよ」

「えっ!? 俺か!?!?」

「ま、普段の友情の証ということで」


 最もらしい言い訳をつけ、健一に渡す。


 そう、この行動が考えていた選択だ。

 どっちかに渡せば禍根を残す。

 だからこそ、逃げの一手。

 健一に渡せば、何かあった時のフォローは完璧だし、奪い合うことはない。


 まぁ……二人の目的は達せないから不満は残るかもしれないけどね。

 けどこれが最善の選択な筈。


 まが、何故か健一は表情を引きつらせ、『それはちょっとやばい』と言いたげで気まずそうな様子だった。

 俺はそんな健一の様子に首を傾げる。


「ん? なんかマズかったか?」

「あ、あのなぁ翔和。これには——」

「翔和くん……?」「……常盤木君?」

「うん? どうしたそんな驚いた表情をして……」

「「………………」」


 凛と藤さんは二人とも黙って俯いてしまった。

 そのまま次の言葉が続いてこないので、どうしたのかと顔色を窺う。

 すると次第に二人は顔を真っ赤にして身体を強ばらせたままぷるぷると震え出した。


 そして、たっぷり溜めに溜めてから——



「「ばかぁぁぁああ〜っ!!」」



 凛の泣きそうな顔……。

 このときだけは一瞬ひるんでしまった。


 藤さんに限っては、今にも襲って来そうなぐらい『ゔー』と低く唸っている。



「……公衆の面前で愛の告白。これは万死に値する……極刑もの」

「琴音? 翔和にはその意図はないからな……?」

「……疑惑には罰」

「それを言うなら“疑わしきは罰せず”だ!!」

「……疑わしきは極刑」

「さっきより酷くなってねぇか!?」



 後で聞いた話だが、あの“招き猫”は縁結びの御利益あるとかないとか……。


 ちなみその後、健一の協力もありなんとか誤解は解けたが……。

 俺に腕に絡む凛の力が心なしか強くなったのは気のせいではないだろう。

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