第84話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが⑧
——祭りの時間。
ついに来てしまったこの時間にため息をつきつつ、周りを見渡す。
明かりの灯った提灯がいくつもあり、薄暗い時間であるにもかかわらずかなり明るく見えた。
人は皆が笑顔で、カップルと思われる男女や仲良さそうな男女グループ。
そして、はしゃぎまくる子供ととにかく人が多い。
俺は横を過ぎ去ってゆく人波をぼーっと眺めらながら呟いた。
「なぁ、健一。最近待たされること多くないか?」
「それは男の責務だからな!」
爽やかな笑みで『男の責務』という言葉で片付ける健一に嘆息する。
なんのための待ち合わせ時間かわからないが……まぁ、女性には色々と準備がかかるらしいから諦めよう。
俺に化粧の重要性とかは理解出来ないしね。
「つーか、健一。なんで俺らはここで待ってんの? 普通に家から行けば良くないか?」
「わかってねぇな〜」
「いや、普通に考えてもわからないからな。効率的に考えても家から一緒に行くべきだし、もしスマホが充電切れて使えなくなったら待ち合わせに困るだろ」
「確かになぁ〜」
健一は俺の言葉にこくこくと首を縦に振る。
俺の意見には一応同感らしい。
ただ、何故か健一勝ち誇った笑みを浮かべた。
「けど、デート言えば待ち合わせだろ!!」
親指を立てて歯をキラーンと光らせる健一に顔を引きつらせる。
無駄に顔が決まってるところが余計に腹ただしいなぁ〜。
「俺は待ち時間に趣きを感じたりしないからなぁ。普通に安全策の方がいいと思うぞ?」
「はぁ……。翔和には男のロマンっていうのがねぇーのかよ」
「……うん?」
「ほら、想像してみろよ。『ごめーん、待った〜』と焦って走ってきたことがわかる女子の様子……。紅潮した頰、少しだけ乱れた髪……、そして何より息が乱れて肩が上下に揺れている辺りが、翔和的にツボだろ??」
「おい。俺に変な性癖を押しつけんな」
冷静に返したものの、一瞬だけ『それもアリだな』と思ってしまった自分がいた。
俺は、健一に悟られないように澄ました顔をする。
相変わらずニヤけた面。
健一の表情に変化はない……いつも通りだから気付かれていないようだ。
この話をこれ以上続けても不毛だから話題を変えるか……。
なんだか探られてる気もするし……。
「なぁ健一。そういえば、この後の予定ってどんな感じ?」
「お、もう下衆トークから話題を変えるつもり?」
「うっせぇーよ。ただ単に知りたいから聞いてるだけだ」
「ははっ! わかってるって〜。ま、そうだなぁ。とりあえずは出店を巡って、食べて遊んで、食べて遊んでを繰り返すぜっ」
「ま、それしかないか」
「おう!」
俺はスマホの画面をぼーっと見ながら、女子達がくるのを待った。
——10分後。
「すいません。お待たせしました」
「……健一、遅くなった」
「おぅ! 待ってたぜ!」
抑揚ない透き通る声が俺の耳を通過する。
声のする方を見ると——
「——っ!?」
言葉を失ってしまった。
朝顔が描かれた白色の浴衣。
祭りの灯りに照らされて、凛の綺麗さを際立たせていた。
美人は何を着ても似合うが、これは正直に似合い過ぎている。
さらに言えば、髪を纏めているので凛のうなじが…………その、ぐっとくるものがあった。
勿論……口に出しはしないけど。
「翔和くんその、待ちましたよね?」
俺の手を掴み、上目遣いで見てくる凛からそっと目を逸らし、「別に、大丈夫」と口にした。
やばい……直視するのが恥ずかしい。
けど、照れてる様子を見てニヤついてる悪友の思い通りにはなりたくない。
だから——
「似合ってるよ、凛……本当に」
どうせ俺が何も言えないチキンだと健一は思ってるのだろう。
だからこその素直な感想だ。
「ありがとうございます……翔和くん」
凛はもじもじとして嬉しそう頰を赤らめた。
どうやら言った言葉は間違ってなかったみたいだ。
俺の言ったことが予想から外れていたのだろう。
健一は「ぴゅー』と口笛を鳴らして茶化してきた。
見てろよ、健一。
俺にだって……。
「これが“映える”っていう意味なんだろな」
「えっと、どういうことでしょうか」
「祭りの雰囲気に、この朧げな灯りに、凛が全て溶け込んでるなぁって」
「そ、そうでしょうか?」
「何というか、俺の語彙力不足だけど……。すげぇ綺麗だと思う」
「ふぇ?」
「その花柄も似合ってるし、色合いとか凛にぴったりだし……その、なんだ。着てくれてありがとうと言いたい気分だ」
俺の言葉が不味かったのか、何故かどんどん凛の顔が赤くなってゆく。
じゃあ——
「それから……」
「と、翔和くん!! ストップ! ストップですっ!!」
「もぐっ!!」
凛は俺の口を両手で塞ぎ、そして何度も深呼吸をして息を落ち着かせた後、俺の胸に手を当ててきた。
そして蒸気が出そうなぐらい紅潮した顔で、
「もう……翔和くんは意地悪です」
と、いつものような透き通った声ではなく、俺にしか聞こえないような小さな声でそう呟いたのだった。
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