お正月SS『絵馬に願いを』翔和視点


 ……寒い。

 とにかく寒い。


 まぁ、寒いと言っても外気だけなのだが。


 俺の横では、晴れ着姿の凛が上機嫌で歩いている。

 手を繋いでいるわけではないが、凛が身体を寄せてくるから自然と体温が上がってしまう。


 まぁ……別にいいけどさ。


 今日は1月1日——所謂元旦である。

 そんなおめでたい日に凛が何もしないわけがなかった。


 だから初詣に向かい、この寒空の下を歩いている。

 ま、無事に終わったからよかったけどね。

 健一には嵌められかけたが……。


 なんやかんやあった後、俺たちはリア充カップルと別れ、人がごちゃごちゃと動き回る中を家に向かっていた。


 憂鬱……。

 俺はこういう人混みが最近本当に嫌いだ……。

 今までも勿論、嫌いだったけど。

 最近はやたらと身体をぶつけてくる奴も多いから余計にである。


 けど、まぁそれは仕方ない。


 凛と一緒にいればこんなのは日常茶飯事で、ある種呼吸をするが如くである。つまりは当たり前のような感じだ。

 歩く男ホイホイがいれば、俺に牙が向くのは仕方のないことだろう。


 俺は「ふわぁ〜」と大きな欠伸をして背を伸ばす。


 あー、眠い。

 凛に気がつかれないように色々したから、眠いわ……。


 そんなことを考えると、横を歩く凛が俺の顔を覗き込みにこりと微笑みを向けてきた。



「聞いてもいいですか?」

「うん? 何を??」


 少し嫌な予感がする。

 こういうタイミングでの凛の『聞いてもいいですか?』は、ぶっ込んでくる可能性大である。

 伊達に半年は、一緒に暮らしてはいない。


 俺は何も気にしていない振りをしようと首を傾げる。

 それを見た凛が少し眉をひそめた気がした。



「先程の絵馬にはなんと書いたのですか?」



 なんだそのことか。

 でも、本当のことを言うのはなぁ……。

 ここは——


「そうだな〜。ま、俺は“安全第一”って書いたぞ」

「ふふっ。それは翔和くんらしいですね」



 凛は魅力的な笑みを浮かべた。

 その顔に魅入りそうになるものの、俺はぐっと堪える。


 けどよかった……。

 どうやら勘付かれていなかったようだ。


「悩んだけど、それが一番だと思ってな」

「確かに安全であることは重要ですね。ですが、書くまでに随分と時間がかかっていませんでしたか?」

「……そ、そうか?」


 俺の顔が引き攣り、凛からつい目を逸らしてしまった。

 凛がジト目で俺を見ている。


 あー……やっぱり勘付かれたなぁ。



「それに隠しながら書いていましたし…………なんだか、怪しいですね」

「怪しいって言われてもなぁー」



 めんどくさそうに惚けたような態度をとるが、凛の目はさらに鋭くなる。

 ただ、距離が近いせいで冷ややかに感じることはなかった。

 寧ろ、その不服そうな視線が可愛らしく拗ねてしまった子供姿を彷彿とさせ、見惚れてしまうほどである。


 ったく、それにしても凛は本当に周りの視線を気にしないよなぁ。


 はぁ……。とにかく言い訳を考えるか……。

 じゃないとこの状態から解放されないだろうし。


「あー、そうだ。ほら、そういうお願い事って見られるの恥ずかしいもんだろ? なんつーか、妙に照れ臭いって感じの? だから、つい吃ってしまったんだよ」

「なるほど……」


 不承不承と言った様子だが、なんとか納得してくれたようだ。

 俺は、自分のことから話を逸らすように凛に質問をすることにした。


「なぁ、そういう凛こそさっきの絵馬にはなんて書いたんだ?」

「私は“無病息災”です」

「あー、ブレねーな凛は。俺と同じようなもんじゃないか……」

「これも重要なことですからね」


 凛の澄まし顔に違和感を覚える。

 何かを隠しているような……。


 あー、そうか。

 もしかしたら凛も同じだったのかもしれない。

 お互いに嘘をついてると思うとちょっと笑えるな。


 俺は馬鹿みたいなにやけた面にならないように、顔に力を入れて平静を装う。


 すると、凛が俺の肩を優しく叩き手を差し出しきた。

 小首を傾げ、甘えるようなこの目……。


 はぁ、この目に俺は弱いだよなぁ。



「まぁ、寒いから仕方ないか……」



 俺は求められるままに彼女の手を握る。

 その手は冷たく、冷え切っていた。


 こうなる前に言ってくれればいいのに……。

 いや、俺が言うべきだったのか。



「ありがとうございます」



 凛はいつも通りの平坦で抑揚ない声でお礼の言葉を口にした。

 特に乱れた様子はないが、彼女の頬は薄らと赤く染まっている。


こんな、凛を見てると妙に微笑ましい気持ちになるな……。


 俺が彼女の手の感触を確かめるように、手を動かすとさっきより力強く握り返してきた。


 凛を見ると目が合い、そしてお互いが微笑み合う。

 いいな……この時間。



 俺が絵馬に書いた本当ことは——



“続いてくれ、少しでも”



 これは口に出せないことだし、凛には伝わらない。

 だが、そんな俺のことを見透かしたように凛が俺の腕に絡んできた。



「叶えましょうね、そのお願いを」

「そうだな〜。って……俺がなんて書いたか知らないだろ?」

「聞かなくてもわかることはありますよ」



 相変わらず、全てを知ってるような表情……。

 そんな凛を見て俺は苦笑するしかなかった。

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