お正月SS『絵馬に願いを』凛視点


 ——元旦。


 初詣をつつがなく終え、私と翔和くんは大勢の人が行き交う中を家に向かって歩いています。

 外は寒く、口から漏れ出る白い息がはっきりと目で確認出来る程です。


 ですが、私は寒さを感じてはいません。


 寧ろ春の陽気な天気のようにぽかぽかとしています。翔和くんと出掛けると体感温度が上がってしまいますね。


 横を歩く翔和くんをちらりと見ると、彼は「ふわぁ〜」と大きな欠伸をして目を擦っていました。

『寝正月こそ至高にて至上』と言ってましたから、本当は寝たかったのでしょう。


 けど翔和くんは、態度では嫌々ながらも事前に下調べをしてくれていました。


『ここにうまいものがある』

『甘酒がもらえるらしいぞ」


 と飲食関係のみでしたけど。

 それが翔和くんらしくて少し笑ってしまいました。


 豆知識とかを披露しないあたり、私には必要ないという判断なのかもしれませんね。


 ふと私はさっきの翔和くんの様子が気になったので質問してみることにしました。


「聞いてもいいですか?」

「うん? 何を??」


 翔和くんは首を傾げ、少し身構えたようでした。


 ……そんなに私の質問は怖いのでしょうか?

 と思うと少し凹んでしまいます。


 確かに、突拍子のないことを今までしてしまったのは事実ですけどね……。

 それ関しては、反論の余地がないです。


「先程の絵馬にはなんと書いたのですか?」

「そうだな〜。ま、俺は“安全第一”って書いたぞ」

「ふふっ。それは翔和くんらしいですね」

「悩んだけど、それが一番だと思ってな」

「確かに安全であることは重要ですね。ですが、書くまでに随分と時間がかかっていませんでしたか?」

「……そ、そうか?」


 彼の顔が引き攣り、私から目を逸らしました。


「それに隠しながら書いていましたし…………なんだか、怪しいですね」

「怪しいって言われてもなぁー」


 指摘されたことに対してめんどくさそうに言う翔和くん。

 ただ、その頰は薄らと赤くなんだか気恥ずかしいそうに見えます。


 むむむ。

 これは、余計に気になりますね。


「あー、そうだ。ほら、そういうお願い事って見られるの恥ずかしいもんだろ? なんつーか、妙に照れ臭いって感じの? だから、つい吃ってしまったんだよ」

「なるほど……」



 その口振りですと、さっき言ったこととは別のことを書いたように思いましたが……。

 この様子ですと、教えてくれそうにないですね。



「なぁ、そういう凛こそさっきの絵馬にはなんて書いたんだ?」

「私は“無病息災”です」

「あー、ブレねーな凛は。俺と同じようなもんじゃないか……」

「これも重要なことですからね」



 ……これは嘘です。

 いつも通り言えればいいのですが、恥ずかしくて嘘をついてしまいました。


 そう、私が本当に絵馬へ書いたことは——



“これからも大好きな人と一緒にいられますように”



 初めて書きましたけど……うん。

 そうですね……これは言えないかもしれません。


 うー、顔が熱いです。


 私は、翔和くんに気付かれないように小さく深呼吸をします。

 そして彼の方を向き、手を差し出しました。



「まぁ、寒いから仕方ないか……」



 ぶっきら棒に答え、私の手を握る翔和くん。

 私は緩みきりそうな表情を我慢し、いつもの調子で「ありがとうございます」と声を出しました。


 寒空の下、彼の手から伝わる熱。

 その温かみが愛おしく、『ずっとこのままがいい』と私はそう思いながら、二人で肩を並べて帰路に着きます。


 なんとなくではありますが、お互いの考えが手を通して伝わってくるようです。


 翔和くんも同じなのでしょう。

 ふふっ。ちょっと顔が赤いですね。


 照れ臭そうに頬を掻く彼の仕草を横目で見ながら、私はくすっと小さく笑いました。

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