第83話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが⑦

 バーベキューの下準備もあらかた終わり、後は家に入って行った女子達が戻るのを待つだけとなっていた。

 暇になった健一は俺の横で人参を花の形に切ったり、兎を模ったりと器用な遊び始めてしまっている。

 流石は何でも出来る完璧イケメン……無駄に上手いな。


 そんな健一をぼーっと眺めていると、ふと気になっていたことを思い出したので、俺は周りをきょろきょろと見渡して健一以外に誰もいないのを確認した。



「なぁ健一。ちょっと思ったことがあるんだが……」


「ん? なんだ翔和」


「今日の藤さん、めっちゃ怖くない……?」



 そう……今日の藤さんは怖い。

 いつも中々に冷たい目をしているが、今日は見られただけで身震いしてしまうほどである。

 不用意な発言をしようものなら、次の瞬間には狩られそう……そんな予感までした。


 だが健一は、俺の言葉に首を傾げ、思い当たる節がまるでないといった様子。

 そして、にやけた笑みを浮かべ――



「いや〜、ツンケンしてて可愛いだろ?」


 と、俺が思っていることとは全く違うことを口にした。


「え……、ツンどころかとげとげしてなかったか?」


「そうか? 俺には、寧ろ浮かれまくってるようにしか見えねぇけど」


「マジかよ」


 これが恋人フィルターというやつなのだろうか? 

 恋は盲目とは言うけれど、ここまで現実が見えなくなってしまうなんて……。

 しかも、藤が去って行った方向をうっとりとした目で見ているし……はぁ、これは重症だな。


「とりあえず健一。CTスキャンを受けておけ、もうドロドロに溶けてしまって手遅れかもしれないけど」


「ひでぇな、おい!」


 これが恋愛脳に侵された人の末路か……。

 嫌だ嫌だ、あーかわいそう。


「つーか、あんなのどう見ても照れ隠しだろ?」


「……照れ隠し? あれが……?」 


「おう!」


「俺にはわからないな……」


「ははっ! そこは、愛の深さ故にわかってしまうんだぜ?」


 歯がキラリと輝くドヤ顔……うん。物凄く殴りたい。

 ってかその前にあの凍てつくような冷たい視線のどこに照れが? 

 今にも噛みついてきそうなぐらいだったのに……。


「祭りっていうのは特別な日だからなぁ~。それでテンションが上がっても仕方ないことだぜ? そういう翔和も少しは楽しみにしてんだろ?」


「全然、全く。俺はそもそも人混みが嫌いだからな」



 俺は言い淀むことなく、即座に反応を返す。


 正直なところ楽しみな部分もある。

 雰囲気には興味あるし……。

 だがそれを健一に言う必要がない。

 事前に少し調べたとかもね。


 言ってしまったら健一がどんな反応をするか……非常に想像し易い。きっと、ニヤリとしたむかつく笑顔を向けてくることだろう。


 そんなことを考えていたら、健一が言ってもいないのに想像していた通りの表情で俺を見てきた。



「ははっ! ま、つまりはそいうこったなぁ〜」


「うん?」


「今の翔和みたいに隠したいんだろうよ」


「……そんなことはないけど」



 ズバリ的中。

 相変わらずのリア充エスパーである。

 ただ、認めるのは嫌だから……ふんっと鼻を鳴らし不機嫌そうな素振りを見せた。

 まぁでも、気持ちを隠したいから照れ隠しで態度が変わる。

 動きの違いはあるけども、それはなんとなくわかったかな……。

 藤の態度がそれかは、俺には半信半疑だけどね。


「それに夏と言えば浴衣! 胸がない人が綺麗に見える素晴らしい衣装……それを惜し気もなく着ることが出来る最高の日だからなっ‼」


「あ~、なるほど藤さんみたいなスレンダ……いや、女性を美しくする衣服は素晴らしいな! うんうん!」


「うん? なんか反応おかしくね? そんなオブラートに包まなくていいぜ。琴音は実際にペッタンだしな! でもだから、浴衣みたいな服は映えるんだよなぁ~」


「えーっと。け、健一……そのぐらいに」


「それにだな~。馬子にも衣装って感じで最高なんだよ」


「健……一……」


「そんでもって浴衣と言えば、帯を回してのお代官ごっこ……。いや~これは男の夢だよなっ。あ、でも琴音の場合は浴衣が脱げても破壊力がねぇーけど!」


 健一は、腹を抱えながら『はっはっは』と笑っている。

 随分と楽しそうだ……。

 俺はそんな健一を黙って見守る。きっと表情を青ざめていることだろう……。

 何故なら――


「……健一。ちょっといらっしゃい」


 そう、そこに鬼がいるから。



「……へ?」



 肩に手を置かれた健一が、口元を引き攣らせた笑顔で後ろゆっくりとを振り返る。

 そして後ろにいる鬼を確認すると「ひぃ」と短い悲鳴を上げた。



「……怖がらなくても大丈夫。なーんにもしないから」


「あの……目が据わってません? いや~優しい琴音様のことだからきっと……」


「……ふふふ。ママ直伝の会話術を教えてあげる」


「ひぃぃ⁉ 翔和! 助けてくれぇえ!」



 首根っこを掴まれて健一は、今にも連れていかれそうだ。

 俺に助けを求めるように手を伸ばし、懇願するような表情をしている。


 まぁ、俺も男だ。

 少なからず健一に恩は感じているし、それを返さないといけないと思っている。

 だから俺は、そんな健一にバイトで培った営業スマイルで微笑みかけた。


 一瞬だけ健一の顔が明るくなる。

 しかし、笑顔の意味に気が付いたのだろう……表情が次第に強張っていった。



「なぁ、健一」


「翔……和?」


「愛されるっていいことだな~。こっちのことは任せて存分にいちゃついてこい!」


「……ありがと、常盤木君。話がわかるね」


「と、翔和、男のゆうじょふっ⁉」



 俺は家の中に引きづられてゆく健一に敬礼をして見送る。


 短い悲鳴が家の方から聞こえた気がするが……まぁ、おそらく気のせいだろう。


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