第81話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが⑤
——流石に恥ずかしい。
俺はベンチに腰をかけ、さっきのことを思い出しては大きなため息をついた。
終電間際、駅でイチャつく男女というのを見たことはあるだろうか?
人目なんて気にしないその姿を見て、ため息をつく人も多い。
俺はそういう人達を見た時、『もう少し場所を選べよ』と常に思っていた。
だが…………見事なまでのブーメラン。
さっきまでの俺達はまさにそれである。
カップルではないが、見た人によってはそう勘違いされてもおかしくない。
あー……、思い出すだけでも顔から火が出そう……。
人が誰も通らなかったのがせめてもの救いだよ。
俺は熱くなった顔を手で扇ぐ。
顔も熱いし、外も暑い。
二つの相乗効果で嫌な汗がべっとりである。
そんな俺とは違い、凛は特に気にした様子もなく、そこだけ温度が違うのではないかと思えるほど涼しい顔をしていた。
ただ、口角は若干上がっていることから、機嫌は悪くなさそうでさっきのような憂いた様子もない。
まぁ、それならいいんだど……。
——気にしているのは俺だけなのか?
俺は深く息を吐き、重い腰を上げる。
「そういえば凛って、あまり遊んだり出掛けたりしないの? さっき、祭りも子供の頃だったって話だし」
「そうですね……。出掛けるようになったのは最近になってでしょうか。遊園地もプールもそして、お祭りも……」
「行きたくはなかったのか?」
「憧れはありましたけど、起こり得るトラブルを考えると足が向きませんでした」
「ああ……なるほど……」
凛は自分で望んでなくても周囲の視線を集めてしまう。
だから、トラブルに遭う可能性も必然的に上がることになる。
特に人が多い、みんなが浮かれているような場所では尚更だ。『ノリ』みたいなもので声を掛けられるとかあったかもしれない。
それを凛はなるべく避けてきたのだろう。
自らトラブルに巻き込まれに行きたくはないしね……。
そう考えると、目立ち過ぎといのも考えものだ。
けど、俺には経験がないから、気持ちを100%理解することが出来ない。
……それがちょっとだけ……歯痒いな。
そんな俺の気持ちを察したのか、「心配する必要はないですよ?」と呟く。
そして優しい眼差しを向けながら、微笑んできた。
「ですので、こうやって出掛けるのは全て新鮮ですし、初めてのことが多いのです」
「俺も出掛けないからその部分では同じだなぁ……」
「それに、翔和くんとだったら毎日でも出掛けたくなります。行きたい所もたくさんありますし」
「行きたい所ね〜。まぁ、俺に行ける範囲なら付き合うよ。……あくまで出来る範囲だけど」
「ふふっ。ありがとうございます。なのでこれからも翔和くんとは、出掛ける度にたくさんの『初めて』を経験することになりますね」
凛から放たれた言葉に二つの意味でドキッとする。
一つは勘違いと期待によるものだ。
もう一つは、『誰も聞いていないよな?』という心配から来るものである。
さっきまで明るかった空はどんよりと曇り、二人の間を通り抜ける風は真夏だというのに少し寒く感じた。
「おい凛……。それは大変な語弊が生まれる言い方だから、人前では絶対に言うなよ……?」
「でも事実ですよ?」
「事実だとしてもだ!」
顔を赤くし、うっとりとした表情をする凛……。
見る人が見たら、間違いなく勘違いすることだろう。
あれ?
なんか、ものすごく嫌な予感がしてきたんだが……。
「あのさ凛、ちょっと確認なんだけど……」
「なんでしょう?」
「今みたいな話……、誰にもしてないよな?」
藤とか健一ならまだ大丈夫だろう。
けど——
「お父さんとお母さんに話しましたよ?」
「ま……じ……?」
「でも安心して下さい。翔和くんのことを考えて誤解を与えないように言いましたので」
「本当か?」
俺は疑うようにじっーと凛の顔を見つめる。
すると、何故か凛は顔を赤くし「えへへ〜」と表情を緩ませた。
けど首を左右に小さく振ると、咳払いをしてすぐにいつもの表情に戻る。
「えっと、翔和くんは妙に疑っていますよね。親とは言え、こういうことを話すのは、ちょっと恥ずかしいので余計なことは言いませんよ?」
「そういうもんなのか……」
こういう時の凛は、わりと突飛なことをやらかすから心配してたけど、杞憂だったのか……。
まぁ、それならいいんだけど。
「はい。なのでコンパクトに纏めて伝えました」
「ん? すげぇ嫌な予感がするんだけど。……何を?」
「『初体験をしました』と言いました」
「な、何言ってんの!?!?」
何が『誤解を与えないように』だよ!?
思いっきり火種を投下してんじゃねぇか……。
一瞬だけでもほっとした俺の気持ちを返してくれ!!
「驚くようなことでしょうか? 遊園地で遊ぶことなんて今までありませんでしたので、全ての乗り物が初体験ですよ?」
「お前なぁ……」
「何を呆れているのかわかりませんが……特におかしなことは言っていません」
「どこからその自信がくるんだ! 寧ろおかしなことしかねぇよ!!」
俺は頭を抱えて、天を仰ぐ。
今後に起こり得る展開を想像するとため息しか出てこない……。
たまにブチ込む凛の行動……。
普段はしっかりしてるのに、なんでこういうことはダメなんだよ。
「何を心配しているかわかりませんが、お父さん怒っていませんでしたので大丈夫だと思いますよ?」
「えー……そうなのかなぁ」
「はい! 今度『男同士で話したい』と言ってましたから間違いないです」
「これは会ったら間違いなく血を見ることになるな……」
俺は嘆息し、肩を竦めた。
今のうちに身体を鍛えておいた方がいいかな……?
いくら打ち込まれても……耐えれる身体を作るために……。
「はぁぁぁ……」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。とても優しいお父さんですから」
「ちなみにどのくらい優しいの?」
「どのくらいと言われると尺度が難しいですけど……。お母さんが言うには、内緒でいつも写真を持ち歩いているそうですよ?」
「あー……それは大事に育てられてるねー……」
「ふふっ。少し恥ずかしいですけどね」
はにかみながら微笑むリア神。
その様子からも本当に仲の良い家族なのだろう。
ってことは、裏を返せば娘を溺愛しているということに……。
そんな娘が見ず知らずの男に手をつけられたと知れば……あー、どうなるかは俺でも予想がつく。
「どうっすかな〜」
「何かお困りですか? 私に出来ることならお手伝いしますよ?」
「いいや。凛にやらせると火に油を注ぐことになりそうだから遠慮しとくよ……」
可愛らしく小首を傾げる凛を尻目に、俺は空を見上げる。
まぁ、会う機会なんて中々ないだろう……と、今は祈っておく。
「では、そろそろ参りましょうか」
「だな~。たしか買い出しをしなきゃだっけ? 凛は場所とかわかる?」
「勿論。翔和くんにも加藤さんから連絡が来ていたと思いますけど?」
「連絡って……『バーベキューの買い出し頼むわ~』という内容のやつか? 場所については連絡が来てないと思うけど……」
「加藤さんのことですから『追伸』という形で送ってきていると思います」
俺は凛に促されるままにメッセージをスクロールして下まで見てゆく。
……あ、本当だ。
たしかにメッセージは存在した。
だが、それは場所ではなく——
『後で迎えに行くから、とりあえず買物デートを頼むわ!』
とだけ書いてあった。
「はぁぁぁ……」
口から漏れ出るのは盛大なため息。
あいつは俺に何を求めてるんだよ……。
「どうかしました? ため息をつくほどのことは書いてなかったように思いますが……」
「ああ、何でもないよ。とりあえず、凛についていくわー。俺だと道に迷いそうだし……」
「お任せください。と、言いましても地図を見たところすぐに着きますけどね」
「近くならよかったよ。この炎天下で歩くのも辛いしな……」
暑さから逃げるための日陰を作るような大きな建物は何もない。
だから、もやしっ子の俺には耐え難い状況である。
「たしかに暑いですよね……。ですが、色々持って来ましたから熱中症対策はバッチリです」
「それで荷物が多かったわけね……」
「備えあれば憂いなしですからね。何が起きても大抵のことには対応出来るようにしていますよ」
「そりゃあ頼もしいな。ま、もしもの時は頼むわ」
「お任せ下さい! 精一杯、尽くしますから」
凛は手を前で組み、なんだか気合が入っているようだ。
用意周到と言えば聞こえはいいが、多過ぎるとただの心配性だよなぁ〜。
ってか、最後の発言おかしくない?
……いや、いつものことを考えるとそういう見方もあるかもしれないけど……。
まぁ、深くは考えないでおこう。
俺は凛の荷物を掴み、いくつかある荷物の一つを肩に掛けた。
「とりあえず持つよ。これでもバイトで多少は鍛えてるし」
「え、それは悪いですよ。それに、電車へ乗る前にも持ってくれたではないですか……」
凛は首を横に振り、自分で荷物を持とうと手を伸ばす。
しかし俺が身体を捻らせて躱したせいで、何も掴むことなく空を切った。
目をぱちくりと瞬かせ、少し困ったような顔で俺を見てくる。
その姿は目を潤ませたチワワを彷彿とさせ、ただ避けただけなのに罪悪感が込み上げてきそうだ。
「翔和くん。本当に……重いですよ?」
「このぐらい平気」
「荷物が多いのは、私が好きで勝手に行っていることですし……」
「じゃあ、俺も勝手に持つってことで」
「「……………………」」
ジト目で俺を見つめる凛。
そして、機嫌を損ねた子供のような表情で不満そうに頬を膨らます。
だが、その膨らませた頰は紅潮していた。
「翔和くんって意外と頑固ですね」
「凛には言われたくないな」
まるで睨めっこをするように凛と顔を見合わせる。
すると次第に口元が緩み「ふふっ」と小さな笑い声が漏れ出た。
「では、お言葉に甘えさせていただきますね。ありがとうございます」
「ま、気にすんな。これは“ただのお節介”だからさ」
凛は俺の言葉に一瞬だけ目を丸くし、そして花が咲くように次第に唇を綻ばす。
そして——
「“ただのお節介”ですか……。なんだか懐かしいですね……初めて聞いた時が」
と呟き、照れたように顔を背けてしまった。
凛の表情は見えなくなってしまったが、風でなびく髪の間からは赤くなった耳が見え隠れしている。
「まぁ、そうだな……」
なんとも言えない気恥ずかしさに俺は頭を掻き、苦笑する。
「んじゃ……とりあえず行くか」
「そうですね」
二人で横に並んで歩いてゆく。
数ヶ月前、警戒されていた時のことを思い出すと、自然と笑みが溢れてきた。
今は、肩がぶつかるぐらいの距離。
随分と変わったもんだな……。
いつのまにか雲は消え去り、代わりに夏の日差しが俺らを照らしていた。
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