第77話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが①


 ——真夏の昼下がり


 自己主張がやたらと激しい太陽は、これでもかと言わんばかりにぎらぎらと照りつけている。

 電車内にいる俺にもその日差しが突き刺さり、冷房が効いなければ溶けていたかもしれないと思わせるほどだ。


 このまま外に出たくないなぁ……。


 冷房の効いた電車は心地よく、お手軽な避暑地と言ってもいいだろう。

 ゆらゆらと揺れる電車は、眠りへと誘うゆりかごのようで周りを見ても寝ている人が何人もいた。


 いいなぁ、寝れて……。


 そんな人たちを恨めしそうに見ながら嘆息する。


 俺は頰を軽く抓り、そして気分を変えようと肩に感じる重みを無視しつつ窓から外の景色を眺めることにした。


 窓越しに見える景色は、青々とした山々や田園風景。

 いつものような見慣れた灰色の建物は、俺が見える範囲では1つもない。


 ——自然。

 そう、見事に緑一色である。

 綺麗な深緑にまだ若々しい黄緑色……。


 田舎はいい。

 都会の喧騒は皆無だし、なんだか心が洗われる気分になってくる。



「ふぅ……」



 のどかな風景は見ているとなんだか心が落ち着いてくる。

 大きく空気を吸うと、電車内だというのにマイナスイオンたっぷりな気がするのが不思議だ。


 俺はそれを満喫するように大きく深呼吸をする。

 空気と一緒に運ばれる甘い匂い……。


 これを嗅ぐと落ち着きが……。


 …………そう落ち着いて……くる。

 そう、落ち着いて——



「すー……すー……」



 って……落ち着けるわけあるかぁあ!!


 俺の肩にもたれかかって寝る凛を見て、ため息をつく。

 眺めていたい衝動に駆られるが、ずっと見るわけにもいかないので、俺はすぐに窓の外へ視線を向けた。


 くそっ!!

 こんな状態で落ち着けるわけないだろ!


 心頭滅却、煩悩退散……。

 だが、いくら掻き消そうとしても雑念が消えてはくれない。



 あー……、無理無理……。

 この状況、抵抗なんて無意味だ。


 いつも通りの寝息だけだったら、多少慣れていたから大丈夫だったかもしれない。

 まぁ……それも決して大丈夫とは言えないが……。


 けど、家で寝る分には回避が出来る。

 きつかったら洗面所とかに逃げればいいし、凛と距離を置いて寝れるから問題はない。


 残念ながら大して意味をなしてないけどね……。

 気がついたら大体隣にいるし……。

 もし、逃げようなら『そんなところで寝ていたら風邪をひきますよ?』と連れ戻されてしまう。


 だから最近は諦め気味だが……。


 まぁともかく、電車だと家以上に回避が大変しにくい。


“席を立てばいいんじゃないか?”と言われるかもしれないが……それは出来ない。

 今、凛は俺の肩に寄りかかって寝ている。

 ここで、俺が動こうとしたなら、すぐに起こしてしまうことだろう。


 布団からゆっくりと脱け出すこととワケが違うのだ。


 それに——凛は普段、夜遅くまで家のことをやってくれている。

 家事全般に俺の家庭教師、そして自分の勉強。

 たまに、先生から頼まれた仕事をしてるし……。


 寝不足であることに間違いはないだろう。


 だからこそ、ここで起こすという選択肢はとれない。

 お世話になっている人物に対して、土をかけるような行為は憚られるのだ。


 そこまで人でなしにはなりたくない……。



 ——けど、この状況に困るのも事実。


 電車だとより密着度が高い。

 隣にしかも端っこの席だと余計にだ。


 そして、よりにもよって今の季節は夏……。


 俺の位置からだと、凛の自己主張が強い場所を自然と視界が捉えてしまうのだ。


 ライトブルーのブラウスにスカート。

 台形の形をしたスカートは少し短めで、凛のすらっとした脚が見事に強調されていた。


 はぁ……。

 凛にはもう少し、考えて服を選んで欲しいんだけどなぁ。



「こっちの気も知らないで……」



 俺は自分の不満を訴えるように、すやすやと気持ちの良さそうに寝てる凛の頰をつつく。


 うん……。

 相変わらずの見事な弾力。


 太っているわけではないのに柔らかく、夏だというのに汗によるベタつきは皆無だ。

 寧ろ、サラサラとしている。


 本当に病みつきになるなぁ〜……。


 つつく度に「ううん……」と艶めかしい声が出なければだけどね……。



 俺は再びため息をつき、気持ち良さそうに寝ている凛を横目にちらりと見て、そのまま風景へと視線を落とした。



 夏だからか、身体が妙に火照る。

 断じて、凛が寄りかかっているせいではない……。


 俺はそう何度も言い聞かせ、この状況を作り出した悪友に『余計なことすんなよ』と心の中で文句を言った。


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