第76話 なぜか、リア神との生活が終わらないんだが⑥

 今日の凛はぐいぐいと来るなぁ。

 まるでジャブを入れて、その後のストレートを入れる準備をしているみたいだ。



「そういえば、翔和くんって誰かとお付き合いしたことありますか?」


「——ごほっ!?」



 俺は唐突に来た凛の質問に驚き、咳き込む。


 あー、なんか変なところに水が入って痛い……。

 つか、心を読んだようにその質問を投げかけてくるなよ。

 心臓に悪い……。


 ……でも待てよ。

 凛のことだから言い回しに語弊があるだけで違うことを聞こうとしてる可能性もあるか……。


 凛は、俺の背中を「大丈夫ですか?」と言いながら優しく撫でる。



「すいません。突拍子もないことを聞いてしまいまして……」


「まぁ、大丈夫……。付き合うってあれか? 買い物とかそういう——」


「いえ、男女交際の方です」



 再び咳き込んでしまった俺は、ティッシュで口元を拭く。

 そして、心配そうに俺の表情を窺う凛を見た。



「……どうして急にその質問?」


「えっと……実は、以前から気になっていたことだったので、せっかくですしこの機会に聞いてみようかと……」



 どんな機会だよっ!!

 と言うツッコミが出そうになったがぐっと堪える。


 ってかこの質問、凛からじゃなかったら普通に嫌味にしか聞こえない。

『どうせいないだろうけど、面白そうだから聞いてみようぜ!』

 みたいに馬鹿にしてさ。



「凛は切り出しが唐突だよなぁ……。ま、いいけど」


「それで、どう……ですか?」



 普段、気になったことを聞く時はわりと興味津々のキラキラと輝いた表情なのだが……。

 今は神妙な面持ちで俺を見てきている。

 どこか不安気でそわそわするした様子だ。


 俺は頭の後ろを掻きながら、面倒くさそうにする。



「ないな」



 一言だけそう答えた。


 凛の強張った顔が少しだけ緩む。

 しかし、すぐに気を引き締めるかのように表情をいつものポーカーフェイスに戻した。



「一度も?」


「なんで疑うような目をしてるんだよ。疑問に思わないだろう、普通……。つか、普段の俺を見ていたらいないことぐらいわかると思うけど」


「そうですか?」


「なぜ、首を傾げる……。ってかこの話題、そんなに気になること?」


「はい! とっても気になりますっ!」


「えー……」


「この際、色々と教えてください! 私も聞かれたら答えますので。これはあれですね、よくある高校生の“語り合い”です!」



 うわぁ……。

 子供のようなあどけない表情にどきりとする。


 俺は視線を落とし、凛の顔を見ないようにため息をついた。



「はぁ……。気になるって言われたって……俺の残念な女性経歴を話したところで、同情と哀れみしか生まれないからな……。マジで何もないし……」



 圧倒的虚無感……。

 まぁ、男女の恋愛なんてどうでもいいが……。



「そうなのですか……意外ですね」


「単に嫌味にしか聞こえないぞ?」


「いえ、本心ですよ?」



 えー……。何、俺が間違ってるの?

 なんで凛の方が『おかしなこと言わないでください』みたいな表情してんの?



「俺のことより、凛の方が話題に事欠かないだろ。まぁ、聞くまでもないか……」



 学園の女神様と呼び声が高いのだ。

 どうせ、引く手数多……。


 告白の1つや2つされていないわけがない。

 その中で1回だけ付き合ったとかあってもおかしくはないだろう。


 男女の恋愛において好き同士が付き合うというのも勿論あるが……。


 告白されてから『好きってわけではないけど、告白されたから試しに付き合う』みたいに試供品のように試す奴もいるぐらいだしね。


 ……凛がそうじゃなければいいなという気持ちは……少しは……ほんの少しだけはある。

 あくまで少し……。



「私も翔和くんと同じで何もないです」


「いやいや……。告白ぐらいはあるだろ?」


「たしかにそれはありますが、お付き合いしたことはないです」


「意外だなぁ……」


「そうですか? 私はよく知らない人とはお付き合いしたくないですし……。それには全くと言っていいほど、そう言ったことに興味がありませんでしたから」



 その部分に突っ込んで欲しいのか“以前”を強調したように言う凛。


 俺はそれを聞き流すように「人は変わるもんだなぁ〜」と天を仰ぎながら言った。

 勿論……彼女の方は見ない。


 だが——



「だからこうやって、寄り掛かったりしたこともないのですよ?」



「翔和くんだけです」と呟き、俺の肩にもたれかかってきた。

 まるで『流さないで下さい』と訴えかけてくるように身体を俺に預けてくる。

 凛がいる方に意識がゆくと、鼓動が大きく主張を始め身体は熱を帯びてきた。


 ……さらさらとした髪がくすぐったいな。



「翔和くんを見ていると……なんだかぎゅっとしたくなってしまいます。不思議ですね……」


「そんな不思議な体質は俺にはないと思うんだけど……?」


「していますよ。まるで掃除機のような吸引力です」


「褒められてんのかぁ、それ……」


「勿論です」



 にこりと笑うリア神。

 その魅力的な表情を向けられると、より動悸が激ししさを増してゆく。



「なので翔和くん。後ろからでいいので……ぎゅっとしても……いいですか?」



 俺に追い打ちをかけるように凛は言葉を連ねる。


 正直……破壊力が凄まじい。

 本能に身を任せれば、楽になることは間違いないだろう。

 でも……。



「断る」



 俺はなるべく平静を装うために声のトーンを落として言った。



「あれ……?」



 返しが予想外だったのか、凛はきょとんとして目をぱちくりと瞬かせる。



「えっと、いつもみたいに“好きにしてくれ”とは言わないのですか?」


「さすがに言えねぇーよ。それに——」


「それに?」


「……たまには反撃したくなるだろ?」



 俺の言葉に凛は頬をぷくっと膨らませる。

 大人びた彼女らしくない子供のような表情だ。


 俺は、そんな文句を言いたげな彼女を横目でちらっと見る。

 拗ねたような様子が可愛くて、思わず笑いそうになるが口元を押さえて見えないようにした。



「むぅ……。翔和くん意地悪です……」



 凛はそう言うと俺の服を掴み、自分の存在をアピールするようにぐいっと引っ張ってきた。

 きっと、目が潤んだ例の表情をしていることだろう……。


 あー……ったく。


 俺は後ろ髪を引かれる思いをぐっと堪える。

 そして、残り僅かな料理を一気に口に流し込んだ。

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