第41話 リア神と初デート 終


 パレードが終わり、さっきまで鳴り響いていた陽気な音楽はなくなり、代わりに園内には静かな音楽が流れている。

 それは、夢のような時間が味わえるこの遊園地の終わりを意味していた。


 そんな中、俺と凛は並んで歩き、さっきまで繋いでいた手はもう離していた。


 俺は自分の手を開いては閉じ、開いては閉じと落ち着かず。

 そして自分のゴツゴツとした手を犬の肉球を触るように何度も触り、寂しくなった手の感触を惜しんでいた。



 女子の手って柔らかいんだな……。



 それが正直な感想である。

 ただ、そのことを今思い返してみると——


『女子と手を繋いだ』しかもその場の雰囲気で……という事実が俺の顔を熱くしてしまう。

 きっと、顔が赤くなっているに違いない。


 俺は心を落ち着かせようと深呼吸をする。

 そう、手を繋いで以来、胸の高鳴りが治らない。



「どうかしましたか? 何か怪我でも……」



 そんな俺の様子に違和感を感じたのだろう、凛が心配そうな視線を俺に向けた。

 すぐに「大丈夫だ。なんでもない」と首を横に振る。


 凛は首を傾げ、少し寂しそうな顔をした。



「……あんなに多かった人も、こんなにあっさりといなくなるのですね」


「まぁ閉園時間だしな。でも、夏休みだから泊まりの客も結構いると思うぞ」


「泊まり……そういう選択肢もありましたか」


「いやいや、高校生が泊まるには高い金だからな? それは今後の時にとっておけって、今は年相応に楽しむのが1番だよ」


「そうですか? 泊まりも楽しいと思いますけど」


「はっ、変に背伸びする必要はねぇーよ」



 細々と、できる範囲で楽しむ。

 それが何より楽でいい。

 無理する必要はない。



「それにしても、今日は楽しかったですね。人生で1番はしゃいだかもしれません」


「人生で1番は言い過ぎじゃないか?」


「そんなことありませんよ? 私、今までこういった所にきた経験がないのですが、すっごく楽し——」



 俺と凛の脚が前方の人たちを見たことによって止まる。

 進行方向にいたのは抱擁を交わし、熱烈に口を合わせるカップルだ。


 誰も触れまいと人の流れがそこだけおかしい。

 俺は嘆息し、道を変えようと振り返る。


 同じことを思ったのか、凛が俺をじっと見ていた。


 目の前でカップルのイチャつきを見たせいか、顔が真っ赤である。



「「……………………」」



 微妙な気まずさと気恥ずかしさで、2人で無言で見つめ合う。

 凛が俺の手を握り、俺にもたれかかるように体重を預けてきた。



 何か言うべきなのか?


 わからない。

 自分のことも、凛のことも……。


 少なくとも、嫌われていないのはわかる。

 そこまで馬鹿ではない……。


 ただ、確証を得ない限りは行動してはいけない。


 親愛を深愛と思ってはいけないから……。


 でも迷ってしまう、鈍ってしまう。

 その感性が、凛の距離感でわからなくなってしまう。


 くそ……、感情の整理ができない。

 俺の頭が疑問で埋め尽くされていく。



 馬鹿か!

 普通に考えろよ、俺……。



 これはフィクションじゃない。

 ドラマのような劇的な展開も未来もあるわけがない。



 だからなんてことは、万が一にもあり得ないんだ。


 思い返してみても理由が見当たらない……。

 寧ろ、全くない。


 この奇妙な関係は突然のことだ。

 あの日より前に彼女と話したことなんて、なかったんだから。



 そう……だから『夢をみるなよ俺!』


 忘れてはいけない……1番恐ろしいのは“勘違い”なんだから。


 リア神の近くにいたことがあるという事実だけで充分だ。

 それで満足するしかない……。


 もし、満足できないのであれば……。


 今の関係が少しでも長く続けば嬉しい。

 その程度だけは考えておけ。


 だが、それ以上は望んではいけない。



 俺はため息をはき、星ひとつない真っ暗な空を見上げる。

 そして少し目を閉じて、表情を作る。



「凛、また来ような」


「勿論です」



 一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに微笑み透き通るような声で返事をする。

 その笑顔が焼き付けられたように頭に残り、そして心に突き刺さった。



 ◇◇◇



 帰りの電車では、何気ない会話をして、そして凛の家の前まで送る。

 時折、俺の表情を窺うような視線を向けるので、凛に対して笑顔を見せるようにした。

 けど、それをする度に“苦しい”そう感じたのだった。


 そんなことを気にして、考えていたせいか少しぼーっとしていたのだろう。


「翔和くん」と声を掛けられるまで、家に入って行ったと思っていた凛が目の前にいることに気がついていなかった。



「……ど、どうした……凛?」



 突然、目の前に現れたように感じ俺はたじろぐ。

 そんな俺を澄んだ瞳で見つめる。

 ただいつになく、視線は鋭い……そして少し怖い。



「やっぱり、おかしいです……」


「……何が?」


「おかしいですよ、翔和くんが笑顔なんて……」


「それは酷くないか?」



 笑顔おかしいと言われ、思わず苦笑する。

 ただ、同時にチクリとした。



「酷くないです。翔和くんの笑顔ってアルバイトみたいに時にすることですから……」


「………………」



 言葉が出てこなかった。

 あまりにも的確に言い当てられたことに。



「作られた表情ぐらいわかります。それに私は知っていますから、翔和くんはぶっきら棒で無愛想で、素直に笑えない人ということを」


「いや……そんなことは」



 上手く言葉を見つけられない。

 屁理屈の1つも出てこない。



「だから、私は決めました」


「決めた……?」


「はい、覚悟を」



“覚悟”

 そう言って凛は深く深呼吸をした。



「手緩かったということでしょう」


「手緩い?」


「正直なところ、恥ずかしいです……。ただ生半可なことでは、牙城を崩すには不十分ということがよくわかりました。だから、私も覚悟を決めます」



 さっきから何を言っているかわからない。

 けど、間違いなく俺が関係している。

 彼女に覚悟を決めさせるほどのがあったのだ。


 しかしわからない。

 いつ、どのタイミングで、何をきっかけに何の覚悟を決めたのかわからない。


 混乱する俺を無視するように、凛は言葉を連ねていく。



「だからこれは私の宣戦布告です。もっとも、今の翔和くんにはなんのことだか、わからないと思いますけど……」


「……すまん」


「大丈夫です。どんなに曲解しても、その答えにしか辿り着けないって理解させてみせますから」



 俺に人差し指を向け、堂々と凛々しく宣言する彼女。

 そして、その指を自分の唇に当て「だから覚悟して下さいね? 」と言った。


 俺と凛の間を空気を変えるような、暖かい風が駆け抜けていく。

 それは、本当の始まりを告げる合図。


 そんな感じがした。

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